脳死判定された女の子から大阪の男児へ心臓移植手術が無事成功 | AKI(あき)ののブログ 

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参考記事:http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20141125-00000017-jnn-soci

脳死と判定された女児から摘出された
臓器の移植が行われました。

国内では2例目の症例となり、
新聞やニュースで大きく取り上げられました。

両親の発表した手紙もあり、
臓器移植に至るまでの心境をうかがい知ることができた。

それと同時に、現代における医療と命と生き方について、
考えさせられる内容が多くありました。


まず気になったのは、私たちの臓器移植に関する意識です。

臓器移植法の施行から久しくなり、
また成人だけではなく今回のように小児からの
臓器移植も可能となるように広がってきました。

保険証などにも臓器移植を希望するかといった
意思確認の記載が付随するようになっています。

またドナーカードは、コンビニなどのカウンターの
隅の方に設置されており、珍しいものではなくなった。

しかし、どれほどの人が自分が
臓器を提供する側になるのか、
またどれほどの臓器移植希望者や待機者が
いるかしっかりとした実感がないと思います。

ドキュメンタリー番組等でたまに取りあげられることはありますが、
その切実さは日常生活の喧噪に消されているように思います。

そして、脳死という状態ににおける命の倫理観についても重要だと思います。

そもそもの人間の根源に触れる話題なので、
非常にセンシティブな部分があると思います。

また私たち日本人はこういった個々に考え方の異なる
話題について意見を交わすことに消極的であります。

簡単にひとことでまとめると、
生きているとはどういうことなのか」ということなのですが、
人には親があり、親から広がる家系があり、
友だちや恋人など様々な関係性で繋がっている。

一人の命は一人のものではないことを考えると、
自分の意思表示が困難になったときに、
自分の命がどう扱われるのか。

医療技術が発展するに従って、
いままで命を諦めざるを得なかった病気でも生存率の
上昇が見込まれています。

しかし、医療を受けながら生きることができても、
完全な回復が見込めない場合もあります。

その他にも、安楽死や尊厳死の問題も話題になります。

これからさらに医療が発展していく中で、
避けて通れない部分なのではないかと強く思いました。