「勉強とは自己破壊である」
この言葉を聞いて
長男はこの本を読み始めた。
長男に私がこの本を使って外側から長男をコントロールしようとしていると捉えて欲しくなかったので
長男とは本についての会話は控えた。
感じ方は長男の自由である。
長男がこの本を読んでしばらくすると。
文理選択の最終決定の時がきた。
すべてを長男にまかせた。
「理系にする」
長男が決めた。
自分の好きなことを続ける進路を選択した。
長男は自分で学校の仲間から
評判の良い塾を聞き出してきて
「塾に行かせて欲しい」と伝えてきた。
そして先日
塾に通い始めてから初めての定期テストが終わった。
「うまくいったかい?」と聞くと
「手応えがあった」と。
自習室に行ってテスト勉強をする長男も
「手応えがあった」と言う長男も
初めて見る姿だった。
「やらされていたテスト」が
少し「自分ごと」に変化したように感じた。
本の言葉からだけでなく
私の知らない他のきっかけもあったと思う。
長男が自分の内側に少しだけよりどころを持てたように感じ少しだけ頼もしく見えた。
これで全てがうまく運ぶわけではなく
また長男にブルーハーツが流れることもあるだろう。
そんな時にまたうまくは応えられなくても
長男が相談できる親でいたいと思う。
長男は自分を内側から支える
普遍的な考えを求めているのだろう。
外側の考えは外側の都合で
言っていることが簡単にひっくり返ることを
長男は経験しすぎた。
外側からくるものに反発したいのではなく
自分に納得して生きたいだけなのだろう。
そして
外側からの圧力から自分を守るばかりの自分や
どうしようもできない自分を感じ続けてもいる。
そんな自分に疑問を持つことは
これまでの自分を否定するするようなことでもある。
この本はそこをまるっと肯定してくれる。
自分に疑問を持っていい。
自分にツッコミをいれて
そこからまた広げていけばいい。
それが勉強だと。
自己破壊という強い言葉とは裏腹に
私はしなやかに生きるヒントを与えてもらった。
高校受験おわって1年足らずで自分の道を定めなければならないという現実にも疑問が湧くが。
今はその中にいてもがく長男を肯定しつづけよう。
私の学生時代は「あなたのために」と自由を抑圧された世代。
私はブルーハーツを体に染みこませながら
はみ出さないように生きてきた矛盾の人。
そもそもそんな私から出る考えの中に
思春期長男の心を動かすものがあるはずがない。
ツッコミどころまんさいだ。
疑問しかない。
「勉強とは自己破壊である」
子育ても自己破壊だ
本をたくさん読みたくなった。
おわり。



