ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ -29ページ目

ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

ソーシャルワーカーこまりです。

自分の住んでる市町村で仕事をするということ。

大都会に住んでいるとどっからどこまでが地元かとか曖昧だし、職場は列車で何駅向こうとか微妙に生活圏と離れていてイマイチピンとこない話かもしれません。

私は独立後は住んでいる街で相談業務をしています。

メリット、デメリットどちらもあると思いますが。


その人や世帯の情報を扱うような
銀行
郵便局
教育機関
病院
役場
介護、福祉施設
などなど。

個人情報を取り扱う仕事は色々とやっぱり気をつけなきゃいかんなぁと思います。

自分や自分の家族との共通項を見つけても
『あ、○○にお住まいなんですね、私も近くなんです』
とか
『あれ、息子さん、中学校?だったらうちと一緒かしら?』とか
自分の個人情報込みで

要らんこと言わんほうがええと思う。

それで親しみやすくなって
またその人から仕事や契約とれると思ったらちょっと違うと思うわ。

そんな『共通項』で営業されたら断りにくいし
共通項で物買わされたりしたら
不可避であってもつきあいにくい。
何かを販売しているお仕事だったら
無理やり『お友達価格』の交渉されたりするリスクもあるし。

偶然『共通項』に気が付いても
サラッと触れずに粛々と必要なことをする。

自分自身の情報公開は気をつけんといかんと思います。

だから
あえて
私はSNSでもある程度自分の情報を公開しています。

扱う事柄が病気や障害、介護などなど
積極的に話したい内容ではないから。

その情報から
こまりにそれを話したいかどうか
決めてもらえたらいいと思います。

ソーシャルワーカーこまりです。

人に優しくすると
損ですか?
優しさって
使うと
減りますか?

優しくできればそれだけ自分もまわりも
ハッピーになると思うのに。

優しくすると損するみたいに
恐い顔している人がいる。

そっちの方が
随分と
損していると
思う。

優しいは強い!はず。
ソーシャルワーカーこまりです。

以前こんなことを書いたことがあります。


同業者に厳しいという話。

きっと
自分自身が
厳しく育てられたんだと思います。
人としても専門職としても。

特に
今ケアマネ業務をになっている世代(30代後半~)は厳しさも優しさの一つみたいな価値観の中で育った人も多い気がする。

でも。
私は思うのです。

人を人として
一人前の大人として
扱わないような
態度や言動は

愛ある厳しさでも
厳しさの中にある愛でも
なくて
ただの人権侵害。

結構気が付かずに
やってる人が
人を支援する人を
育てる立場の人の中に
いたりするので

ちょっと残念な気持ちになることがあります。

対人援助職の育つ土壌に
もうちょっとアサーティブが
根付きますように。


ソーシャルワーカーこまりです。

人の思いや感情は自由です。
思うこと、感じることに本当は蓋はできません。

でも
小さい頃から
こんなこと
思っちゃいけない
悪く言ってはいけない

と言われ続けたら
そういうもんだと
思い込んでしまいますよね。

ずいぶん前になりますが
困難事例のケース検討をしたときに
言われたことを思い出しました。

家族に対して不適切なかかわりを繰り返すクライアントに対して私は苛立ちや怒りを感じてしまい
冷静になれないので検討して整理したい
というのが事例提供のテーマだったのですが…


クライアントのことを悪く思っちゃ、いけません!
との『ご助言』(;´Д`)

思ってはいけない?!

これって
思想、思考をコントールしようとしてね?滝汗

年末に放送される
『笑ってはいけない』

よりも
過酷やと思うで。
『思ってはいけない』

あ、思ってはいけないのご助言して下さった方、後日別の場所でお会いしたときには
『ある日、突然クライアントさんにお前なんか嫌いじゃ!来るな!って言われてショックです。なにがいけなかったんだろう??』
っておっしゃってました。

私も
あなたも
思いや感情は自由。

それに気付けば
楽だし
急に嫌いじゃ!って言われる確率
グッと減ると思うわ~♪


ソーシャルワーカーこまりです。

ここ数カ月、私のまわりで起こる
ちょっとイラッとすること。

正しさの押しつけ真顔


誰かの正しさで
誰かが傷つくことって
結構よくあるなぁと思う。

特に
福祉や介護、教育の業界では

私は正しいことをやってるんだから
賛成、賛同、協力して貰って当然ニヒヒ

という思考が
当然のように受け入れられているように思う。

なんかモヤモヤすると同時に
自分も
正しさを主張して押し付けて
触る者皆傷つけていたかもしれないと
ちょっと反省。

押しつけられて
初めてわかる
そのウザさデレデレ

白か黒か
ゼロが百か
善か悪か
正しいか間違っているか

そんな
二者択一で
はかれないことが
起こるからこそ
人の暮らしは
面白いのです。

白黒つけない
つけなくてもいい
存在でありたい。