ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ -15ページ目

ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

ソーシャルワーカー小松麻理です。

今日は真面目に?!
資格取得の話。

私は今、ソーシャルワーク系の国家資格は
社会福祉士と精神保健福祉士を取得しています。
どちらも社会人になって働きながら取得しました。

社会福祉士取得の時は
半年間ほぼ毎日五時起きで早朝勉強。
執念で国家試験まで勉強していました。
それぐらい
自分でも是が非でもとってやる!と思って執着していました。

一方。
精神保健福祉士の取得は…

もう、動機からして不純?でした^_^;

当時、たまたま前の職場で精神障害の方への支援をすることになって
精神科病院や訪問看護、デイケア、地域の保健師などとの連携を始めたばかりでした。

動機はただひとつ。

『あんた、精神の専門じゃ、ないよね?』
と、他の専門職にバカにされたくなかったから。
ただそれだけの今思えば
ぐたらない理由でお金と時間をかけました。
誰もバカになんかしてないのにね。

でも
勉強の課程で知り合った『同級生』との繋がりは今でも続いているし、
発達障害、統合失調症、うつ、躁うつ、依存症高次脳機能障害、認知症など多くの精神障害の方やその家族との面接に一番やりがいを感じながら仕事をしています。

不純な動機でユルく始めたことが
意外と一番ハマっている。

偶然とか、たまたまとかいうきっかけも
悪くないなぁ、と今では思うのです。

医療機関を知らない精神保健福祉士。地域をフィールドにした精神保健福祉士として足りないところは教えてもらいながら
まだまだ仕事を続けようと思います。

私が3歳の時に妹が生まれました。

その頃のことはあんまりよく覚えていません。

なので祖母や母親から聞いた話が中心になります。

 

祖母によると産後に入院中の母親を見舞いに行くときに

すねてぐずってすごく手をやかしたそうです。

 

一丁前に「赤ちゃん返り」をしていたのかもしれません。

 

実は妹が母親のおなかにいる時の記憶もあんまりありません。

気がついたら妹が家に居た、みたいな感じです。

 

中学生になってから母親に聞いた話。

 

当時、父親がギャンブルにハマり、借金を繰り返していたようです。

(これをギャンブル依存というのかもしれませんが、その後父親は特に治療は受けずギャンブルはやめています。)

そんな中での妊娠だったので

妊娠、出産にはかなりの葛藤があったのだと。

一度は死のうと思って家を出たそうです。

これが最後の食事になる、と決めて外食をしたのですが、

3歳ぐらいの私が母親に

「お母さんも食べや、たべや。」と

ずっと話しかけていたそうです。

 

結局

死ねもせずとぼとぼと家に帰ってきて

姑(私の祖母)に勝手に長時間出て行っていたのをこっぴどく叱られたのだそうです。

 

わたしはこの「最後の晩餐(予定)」の記憶もありません。

 

あれだけ辛かった食事での躾の記憶は鮮明にあるのに。

こんなことがあったのだと

後で聞かされるまで全く「知らない」ことでした。

 

辛すぎる記憶は忘れるようにできているのかもしれません。

 

でも。

私は自分の娘が小さいころ(当時の私ぐらいの年齢の頃)

二人で外食する時に

えも言われぬ焦燥感や悲しみを感じることがありました。

記憶のどこかに出来事が、3歳の頃の私がいたのかもしれません。

今となっては分からないことです。

そしてそれは過去のことなのです。

 

このエピソードを聞かされた当時は

父親に対して

激しい怒りの感情を持ちました。

(それまでも持っていたのですが、やっぱり疫病神はお前か!みたいな気持ちです。)

こんなつらい思いまでして育ててくれた母親には感謝す「べき」だと強く思いました。

死なずに育ててくれたんだから母親が悲しむようなことはす「べき」ではない

母親には従う「べき」であると。

 

自分史を書くことで過去を過去としてとらえ直している今、

そして

奇しくも

対人援助職として

家族関係や子どもの発達、依存症、精神疾患等についてより客観的に捉える視点を得ている今、

 

3歳の頃の私

母親

父親

中学生の頃の私

 

それぞれを冷静に理解することができます。

書き出して良かった。

生きていて良かった。

私はそう思います。

 

最後の晩餐はもう少し先でいいです。

 

 

 

ソーシャルワーカーこまりです。

毎年この時期には桜の記事をアップしている。 今年は早くに咲いてもう4月には散ってしまうみたい。 そして年度の変わり目。 新しいご相談も入りつつあります。 この4月でケアマネジメント13年目に突入。 すっかり地域が私のベースになりました。 今日は数年前に担当していた方に偶然出逢いました。 『こまつさぁ~ん♪』と、今でも声をかけて下さります。 平成24年4月に始まった計画相談支援。 人生初のケアマネが私だった人もこの地域には結構いるよなぁ、としみじみと思い返す。養護学校高等部卒業して 家庭訪問なんて1年に1回なのにケアマネは毎月自宅に来るなんて?!と負担に思ったご家庭もあったと思う。 でも、そうやって訪問してお話ししてちょっとずつわかり合っていったことはムダではなかったことを今日の再会に感じました。 ケアマネにとっては訪問は当たり前。 だってご自宅に訪問して対象者や家族、支援者と面接しなければケアマネ業は給付が算定できないから。 でも。家に他人が来る、しかも毎月! 結構ハードル高いと思う。 わぁ、4月は我が家も年に一度の『訪問される』月( ´艸`) そんな私たちの訪問を受け入れてくださって色々なお話をしてくださることにただただ感謝です。 そんな貴重な時間だからこそ、訪問での相談面接は大事にしたいと思います。 ケアマネ13年目の春。 分かってきたことも少しありますが まだまだ教えていただくことがたくさんです。 #相談支援 #相談支援専門員 #ケアマネジメント #ソーシャルワーク #社会福祉士 #精神保健福祉士

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タイトルの『移住者支援』とケアマネジメント、ソーシャルワークって結びつかないと思っていたのですが
いやいや、私も移住者支援の端っこの方にいるなぁと最近自覚した^_^;

私がお仕事しているところは昭和時代に作られた障害者施設がたくさんあるところです。
今でこそ障害があっても『住み慣れた街で』『在宅で』暮らすという価値観が一般的ですが
大きな施設が作られた頃は施設入所が当たり前、『障害のある人は一生施設で幸せに暮らす』のがいいんだという考え方でした。
なので他県や県内各地からこちらの施設に入所という名の『移住』をしてこられた方がたくさんいます。

一般的に考えられる移住は
どこに住みたいか、どんな暮らしをしたいか、
自分たち家族で決めて
『したい暮らし』を求めてという積極的な理由なのですが

上記の施設入所だけでなく
病気や障害、DVからの逃避、災害など
やむを得ない理由で移り住んでくる人もたくさんいます。

必ずしも積極的名理由で移住したわけではなかったとしても、選べなかったとしても
この土地にご縁があり住むことになった方々との出逢い。
それもまたご縁です。

少しでもここでの暮らしが
ここで暮らして

良かった

思えるように

ほんの少しのお手伝いを
しています。

福祉サービスや医療につながってさえいたら
障害や困難がある人の暮らしは成り立つかというと
そういうわけではない。

むしろ『福祉』以外のネットワークや人とつながってこそ
そこでの『暮らし』が豊かになる。
暮らしている実感が湧く
そう思います。

そんな私自身も実は
移住者?!
就職を機にこの街で独り暮らしを始めたのがちょうど19年前です。

まだまだこの街のことを知らない、
住んでて良かった!の実感も正直なところ微妙です。
私自身がもっとこの土地の人や資源とつながって
この土地を好きになる
良いところを見つける

チャレンジは続きます。


先日はとても素敵な勉強会に参加させていただきました。
恥ずかしながら19年住んでてはじめてです。
福祉や介護の人はその他の資源とつながってないことが結構多い-_-#
私もそんな一人です。

自分の暮らしも大事にしないと、と反省です。


こまりです。

 

昨年度からぼちぼちと

これまでなんとなく引き受けて続けてきたことを

お断りしています。

なかなか。←こちらでも書いていますが、私は断るのが下手でした。(いまも下手かな?)

 

1年ぐらい前から

一大決心をして

嫌だな。って思うことは

もう続けないことにしようと決めました。

 

この「嫌だな」のレベルですが、

体や心を壊すほど強烈に嫌なわけではなく

 

気の合わない人がいる

とか

内容がイマイチ

とか

なかなか連絡をくれない、コミュニケーションが取りにくい

とか

引き受けることに意味が見いだせない

とか

私でなくてもできる人いるよね?

とか

 

これまであんまり断る理由にしたことがない理由であっても

お断りをしました。

 

一見すると

すげーわがままな理由と思われるかもしれませんが…。

 

人には断る権利がある。

 

そうなんですよね。

そして選ぶ権利もある。

日々選択しているはずなんです。

 

子どもさんの支援をしていてこれはいいな!と思ったことがありました。

 

児童発達支援などでは

発達障害の子どもさんにも

きちんと「断る」「いらないです」が表現できるように

セッションしています。

凄く大事なことだなあと思います。

 

私も受けたかった~(_ _。) としみじみ思います。

 

 

 

嫌なことは

断る。

もう少し続けてみようと思います。

 

 

ソーシャルワーカー小松麻理です。

相談支援の現場で知的障害や発達障害の当事者の方とお話しする機会があります。

 

その中で結構頻繁に聞くご意見。支援者に対してのご意見ですが…

 

「僕たち(私たち)に、分かりやすいように教えてほしい」

 

当然のご意見なんですけれども。

以前にもブログに「伝える」ということについて書きました。

伝えるという仕事

 

 

そして4月からは法改正で新たなサービスができたり

サービス内容や対象者が変わっていたりするものもあります。

利用時間、送迎、個別支援計画、各所との連携についても細かく変更がありました。

 

支援者だけが分かったつもりになるのではなく、

きちんと対象者にも情報提供できること

 

改正内容についてだけでなく、

どんなことにも必要な事だと思います。

 

と、言いつつ

法改正の内容については支給決定市町村や事業所さんと

やり取りしながら確認している

4月始めでございます。