援助職として
自分がAC(アダルトチルドレン)だった、とか
機能不全家族の中で育ったとか
発達障害かも?
という話を
同業者にすると…(滅多にはしませんが)
ちょっとひかれます^_^;
私も自分のことに気がつくまでは
こういう話をされると
実際、ちょっとひいてました。
家族会とかも苦手です。(今も。)
当事者性やピアカウンセリング、ピアサポート、家族の力なんて全く信用していませんでした。
で、やっぱりひかれる、ということは
援助職全般、まだまだ当事者の力や家族の力を信じるのが難しいのが一般的なのかも知れません。
このことが悪いとかいいとかではなく
ちょっともったいないなぁと思います。
確かに
病気や障害、これまでの人生経験で
傷つきやすかったり
疲れやすかったり
その他諸々、しんどいことや難しいこともたくさんありますが
当事者だからこそ
できることもたくさんあるということは
最近ハラに落ちて理解できました。
私はそれを依存症治療をされている方、回復されたかたからも学びました。
そして
これは私の勝手な理解なのですが…
対人援助を仕事にしている人の中には
愛着や発達の課題をもっている人が本当に多い。
決してマイノリティーではないと思うのです。
一般的には人と関わる仕事はその仕事の特性から葛藤が多かったり、給料や働く待遇があまり良くないのですり減ってしまって離職やメンタル不調につながっている、と言われますが
もともと生きづらさや対人関係の課題を抱えた人がよく選ぶ職業で
仕事での葛藤などで余計に自分自身の課題をこじらせて不調や離職につながっているともいえる。
傷ついたことに
気がつくこと
それがより良く生きる第一歩なのかも知れません。
自分史を書き始めてより強く思うようになりました。
自分史の内容はズバリ、ひかれるような内容です^_^;
でも
私はブログで書き続けようと思います。
当然、
何コイツ?!って思う人もいるでしょう。
やだなぁと思う人は見ないで下さい。
こういうカミングアウト系の内容を公開するのは例えるならば
アタマとココロのゴミ屋敷の片付けを
一般公開しているようなものです。
テレビでもゴミ屋敷ドキュメントは嫌な人がいる。
見てみて『私も片付けてみようかな』と思う人もいる。
私のこれからのスタンスは
自分自身の当事者性を肯定して
愛着や発達の課題を整理しながら(アタマとココロのゴミ屋敷を整理しながら)
人と関わる仕事を続けている専門職
です。