父親のこと①
母親のこと
当時の家庭はまさしく機能不全家庭の状態でしたが、
外側には何事もないように取り繕われていたと思います。
しかし、こんな状態で母親も平気でいられるわけはなく、
徐々に神、仏に頼るようになります。
私は生まれた頃から体が弱く、そんな長女のことや夫の嗜癖などを相談するのに
とある教会に通うようにもなりました。
当時、あまり供養されていなく、放置されていた墓地も見つかったことから
母親はこの嫁ぎ先の先祖供養と墓の立て直しに躍起になりました。
それをしているから、その供養や宗教心がなかったから病弱な子どもが生まれたり、一家の主がギャンブルに走るのだと信じて疑いませんでした。当事者である父親は墓参りも教会やお寺へのお参りもそれほど興味はなく、母親に引きずられるように墓参りや教会に行っていた姿を思い出します。
近所の菩提寺のお手伝いもするようになりました。
4,5歳頃の風景には
菩提寺に母親と一緒に時々手伝いに行ってはよそのおじさんやおばさんに混ざって掃除をしたこと
鎮魂歌というのか、「御詠歌」というのを墓前やお寺の本堂で歌う(みんなは「御詠歌をあげる」という言い方をしていました」信者さんの姿
教会のお祈りはとても眠くていつも最後には寝てしまっていたこと。
おかげで幼稚園児の頃には「玉櫛の捧げ方」を覚えていたこと。
「般若心経」も5歳ぐらいでそらんじていたこと。
お金はなかったのですが神棚と仏壇は立派なものがうちにはありました。
この環境は私にとってはとてもよかったと思います。
嫌な思い出になってないので今でも神社やお寺は大好きです。四国八十八カ所も30代の頃から巡礼しています。遍路でのお作法などもなぜこうするのか?ということを知ると神仏への畏怖だけでなく人への思いやりやより良く生きるための知恵にあふれています。
当時の
母親の口癖は
『ウソをつくな。神、仏は見ている。悪いことをするとバチがあたる』
『親、先祖を大事にしない者は地獄に落ちる。』
この二つでした。
確かに間違いではないし、正しい主張かなぁとも思うのですが禁止や否定の表現って息苦しいなぁと今でもおもいます。
正直であれば幸せ
親や先祖に感謝できれば幸せ
そんな風に言い換えると受け取りは全然違います。
人生を彩り、充実させる条件は
正しさだけではないのでは?と思います。
私は信仰する風景が小さい頃から身近にあって救われたなぁと思うのですが
母親は
『すべき』と『すべからず』に縛られていたのだなぁと思います。
私は様々な思想、哲学、信仰は
人がより良く生きるため、幸せになるためにあると思っています。
より良く生きる、幸せになる、ということは
不幸にならない
地獄に落ちない
と同じ意味でしょうか??
人生において
どちらの表現を採用するかによって
思考や行動、選ぶ言葉は随分と違ってくるようにも思います。
『自分史』は、毎月私の誕生日の16日、9の倍数の9、18、27日の4回アップしています。
(たまにアップする日がズレるかも知れません。)
