自分の心のクセを修正したい想いで書くことを始めました。
今回は自分史を書くことに至った経緯について
少し長くなりますが綴ってみました。
怒りを感じた時や出来事について書き出して手放すようにしました。
もう2年半ぐらい実践しています。
ちょっとづつ執着しないようになってきています。
これを始めてからなぜか
ちいさいころのことを良く思い出すようになりました。
しかも
母親に叱られた記憶ばかりが思い出されます。
時は少し遡って
4~5年位前から気が付いたこと。丁度30代半ばの頃から
それは…。
私は母親のことが嫌いということ。
でもそれは世間一般の常識や育った環境から植え付けられた価値観に覆い隠されて記憶の奥底に深く沈んでいた感情でした。
10代始めから20代、結婚してもなお30代半ばまで
母親は私にとって
敬う「べき」、感謝す「べき」、愛する「べき」、そして従う「べき」存在でした。なんの疑いもなく。
少しのきっかけがあり、実は「べき」ではないのではないか、違うことは違うと言っていいし、価値観が違ってもいい、従わなくてもいいのではないか、という気持ちが湧いてくるとともに、ちいさいころは厳しい躾けや価値観の押し付けで息苦しさを感じていたことも思い出しました。
母親と一緒に居ても安心できない。いつ、私の間違いや誤りを指摘されて叱られるか分からない。私のやりたいことや行きたいところ、欲しいものはすべて否定され、「どうせ、聞いてもらえない、言っても叶わない」と、たくさんの「主張」をあきらめたこと。本当はやりたくないことをしたり、行きたくないところに行ったり、「母親の命令だから仕方なしに従う」ということをずっと繰り返してきた人生があったことを認識しました。
そのことについて今更母親を恨むつもりも責めるつもりもなかったのです。認識できたのでこれから母親の「べき」から解放されればいい、
そう思っていました。恨んではいないと。
ないと思っていたのですが。
丁度1年前、
私は怒りを爆発させてしまったのです。
本当にきっかけは些細な出来事でした。
親戚とのやり取りなどに母親から干渉をされることに嫌気がさし、しばらく母親に連絡も取らず、電話にも出ないことが続いていました。(実際、仕事中や移動中に電話がかかることが多く、不在着信のまま出られるときに電話に出ればいいやと思っていました。)
ある日の電話に出た途端
「あんた、いつまで怒ってるの?親子は色々あっても仲直りするものじゃない?いい加減に電話にでなさいよ。親をないがしろにする人間は幸せになんかなれないんだから。あんたが幸せになるためにはいつまでもそんな態度じゃダメよ。」
とまくしたてられました。
この言葉で
私の中で怒りや恨みをせき止めていた堰が崩壊しました。
「あんたはいっつもそう。私が悪いと否定する。否定されるばっかりの人生。そうね、そんな人生だもの。あんたの子どもで幸せだった時なんて一瞬もなかったわ‼」
そう叫んでいました。
その時、胸の中から悪いものがグワーッと出て行く感じがしました。ちょうど映画の「エイリアン」で人の体からエイリアンが出てくる、そんなイメージでした。
40年生きてきてここまで母親に怒りをぶつけたのは初めてのことです。
その後の母親の言葉。
「あんたにそんなに怒られるとは思いもよらなかった。あんたは長女だし、いつも頼りにしていた。これからも頼りになると思っていたのに。もう頼りにはしない。そんなに恨みに思ってたのなら私の育て方が悪かったんやね。ごめん。」
母親とはそれ以来一切連絡を取っていません。
最後の言葉を聞いた時
ああ、やっぱりなあ。となぜか思いました。怒りに任せて暴言を吐いてみても、お前のせいだと責めてみても
何が辛かったのか、嫌だったのか、どうしてほしかったのか、どうしていきたいのか
そんなこと一つも理解されていないということ。伝わらないということ。
でも言わずにはいられなかった。
胸の内から巣食ったエイリアンが飛び出したとしても。
そしてまだ私は母親とは言葉を交わせずにいます。
このままなのかもしれません。
今度会っても暴言を吐いて責めるのかもしれません。
母親との関係が今後どうなるか、どうしていきたいか、今は意識に上ってきません。
でも、怒りをため込んで垂れ流して生きていくことはしたくないなあとその時思いました。
それこそ幸せじゃない。
母親と仲直りしたいわけではなく、
今更子ども時代に満たされなかった恨みつらみを分からせたいわけでもなく
もちろん、母親のことを変えたいわけでも、変わってほしいと思うわけでもないけれど
きちんと子ども時代をとらえ直して
過去のことにしてしまいたい
怒りを手放したい
そう思うのです。
それが正しいのか、適切なのかはわかりません。書き綴っているうちにココロのバランスを崩してしまうかもしれない。しんどい思いをするかもしれない。
でも
自分の人生を自分で理解して
今も、これからも生きていきたい。
そのためには「過去を書き出す」「書き出して過去と向き合う」ことをしたい、と思いました。