書くということについて① | ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

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自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

小松 麻理です。

 

今年、2018年は「書く」ということにこだわって

チャレンジしています。

プロローグ。 自分史を書くことも始めました。

 

私には起こった嫌な出来事や人から言われた嫌なことにすごく執着したり、怒りをため込んで手放せないという

ココロの癖があります。

いつまでも根に持っている

思い出して責めたくなる、腹が立つ

その繰り返しでした。

ネガティブな感情を手放せない

そのことについて数年前までは自分では特に課題とは考えていませんでした。

(私が嫌な思いをずっとしなければいけないのは嫌いなあの人やあの出来事のせいだと思っていました。)

 

でも、ここ最近、

怒りや悲しみに執着して手放せない、思い出しては怒りがこみあげてくる

そんな自分に嫌気がさしてきて、これってエネルギーの無駄使いをしているのではないかなあと考えるようになりました。

もうちょっと楽に生きたい。

 

怒りや悲しみは

感じたことを自覚して手放していけるのではないかなあと思うようになったのです。

 

まだまだうまくいっているわけではありません。

腹も立つし悲しかったり怒ったり苛立ったり

些細なことで傷つく

とても面倒くさい自分がいます。

 

この

感じたことを自覚して手放すためにはどうすればいいのかなあ?と考えた時に

「書く」ということを思いつきました。

ココロの中に渦巻く怒りや悲しみを

一旦、書き出して 吐き出す

客観視する。

なかったことにはならないまでも

一回感じて「終わったこと」にできる。

そんな感覚を得ることができました。

少し生きやすくなりました。

 

メンタルヘルスに課題を抱える人の中には

治療の一環として日記を書いて振り返るという方法を

とられている方もいます。

なので「書き出す」という方法は

結構健全なセルフヒーリングになるのではないかなあと思います。

 

怒りや悲しみを書き出して吐き出している最中に

よく子どもの頃を思い出すようにもなりました。

 

その多くは

母親に叱られた記憶です。

 

ここから私が自分史を書こうと思い立ったことにもつながります。