ケアする人をケアしたい。
現役ソーシャルワーカーCo.mariです!
ケア職人も15年戦士になった私。
適度にヨレヨレになり、くたびれ感も漂う今日この頃。
ケアの本質、対人援助の本質は見失いたくない、そう思いながらも
「一丁あがり!」のケアプランで流してしまって、
あとで猛反省をすることもしばしばあります。
猛反省のきっかけになるのは
当事者の反応や発言、家族からの指摘によると事が大きいです。
単なる苦情やクレームとして嫌々対応するのはもったいない!
攻撃的な表現であることが多いのですが、
その主張の中の「真実」を読み取ることの手応えを学んだのもつい最近のことです。
そして、苦情やクレームの種となるのが
意外と(?!)
支援者側の「よかれ」と思う支援の押し付けだったりするのです。
解決すべき課題の最優先にされがちな
「服薬管理ができる」
や、
「清潔保持」
支援を利用する当事者にとって「服薬管理ができること」や「清潔保持」がどういう意味を持つのか、それを課題にして取り組むことによる本人の個別のメリットは何なのか?
その視点抜きにして服薬管理や清潔保持の妥当性だけを主張したケアの導入は
絵に描いた餅であり、支援者側の「押し付け」となる可能性が大いにあると思います。
エラそうな記事になりましたが、
私自身も日々、「押し付けケアプラン」を作っている可能性は十分にあり…。
常に
「誰のための何の支援なのか?」
は、問い続けていこうと思います。