TとSに別れを告げ、よちよち歩きで大阪城北詰駅まで戻った。
今の足の具合で階段を使うと危険なので、エレベーターとエスカレーターを活用した。
日曜日の昼前、車内は空いていたのでゆっくり腰を下ろす。
自宅の最寄駅までのんびりうとうとしながら帰った。
しかし、最寄駅に着くと立ち上がることができない自分に驚いた。
このままでは降車できないと焦ったが、必死の思いで足を動かした。
そう、エクストリームウォークはまだ続いている。
自宅に帰るまでがエクストリームウォークだった。
不安をいっぱいに抱えながら、駐輪場に向かい自転車に乗ってみる。
相当危険な運転だったと思う。
何せ左股関節が曲がるたびに悲鳴が出る。
普段なら10分程度の駅から自宅までの距離を、事故を起こさないように丁寧に運転して帰宅した。
自宅では家族にその緩慢な動作を笑われる。
昼間から風呂に入ると気付かぬうちに擦れていたお尻が湯に染みた。
節々が痛む。
やはり体温は高く、最高38℃でこの後しばらく微熱が続いたため、数日間カロナールを服用した。
少し仮眠をとり、天皇杯準決勝をテレビ観戦する。
ガンバ大阪の延長後半の逆転弾には、動かせる範囲で喜びを表現した。
決勝までには必ず治す。
翌日はさっそく仕事に行く。
中央省庁の方が監査に来るため、休暇は許されなかった。
仕事に行きたい気持ちは山々だが、足は動かないため、妻に相談した。
その一週間、妻は毎日私を駅まで送り迎えしてくれた。
迎えの際には次女まで面白がってついてきてくれた。
二階に上がることが辛いため、妻はお布団を一階の和室まで運んでくれた。
職場の同僚達は笑いながら褒めてくれた。
かなりのリスペクトが込められていたと前向きに感じている。
中央省庁のお方もエクストリームウォークのことを存じておられた様子で、「出たんですか?先週は東京でもやってましたよね」と労ってくれた。
監査にも関わらず、体を張ってひと笑い取れたことに満足だった。
右膝裏と左股関節の痛みはずっと残り、よく見ると特に右足が腫れていた。
座ったら二度と立てない地獄もしばらく続いた。
電車が特に危険で、他の乗客への迷惑にならないか心配だった。
ただ、それらの不自由や不安は新たな気付きにもなった。
私は過去に高齢者施設でお仕事をしていたが、関節痛等で緩慢な動作の方々の気持ちを100%理解できていなかった。
彼らもシャキシャキ動いていた頃があり、さぞかしもどかしかっただろう。
今ならわかる。
来るべき高齢化の擬似体験にもなったのだ。
そして、家族をはじめとする周囲の人間の温かさに触れてしまった。
孤高の福祉識者、一匹狼の社会福祉士で名を馳せる私が他者の温もりに甘えるなんて。
そんなことをエクストリームウォークが教えてくれた。
Tに誘われ、Sが支えてくれたおかげである。
これから出場を検討されている方には、まずは止めておけと言う。
しかし、どうしても歩きたい馬鹿者は、誰かを追うために誰かと一緒に歩けと助言したい。
そして、怒りは最大の原動力にもなる。
他人に迷惑でなければ、怒りに身を任せてがむしゃらに行動するのも悪くはない。
何度でも言おう。
私は二度と参加しないと。