残酷な時間の流れ | コマオオフィシャルブログ

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結論から言えば好きにしなさいと言うことになる。

午前8時前、私は一人で自宅を出た。

普段は小さなカバンに財布とカードケースを入れ、ポケットにはハンケチを持って出かけるスタイルだが、今日はガンバ大阪の2WAYバッグにレジャーシートと暇つぶしの小説、水分補給用のペットボトルを入れて行った。

行き先は長女の通う小学校。

そう、本日は長女の初めての運動会だ。

保護者の方々は午前8時10分に西門が開門されるので、場所取りをしなければならない。

私もそのつもりで自宅を出たわけだが、プロの保護者の方々がすでに何十人と待機列を作っており、完全に出遅れる形となった。

ガンバの開場前の雰囲気と少し似ているが、異なる点は皆から殺気を感じることができることかも知れない。

キャンプ用のキャリーにテントやレジャー椅子を入れた重装備の方も多く見られたが、開門して列が動き始めると段差にはまってキャリーがコケたり動けなくなる人もいた。

しかし、誰も助けない。

私も助けなかった。

私は素人なりに運動場隅に土地を確保し、妻子と妻の友人Y田さんたちを待った。

天気は良いがかんかん照りではないので助かった。

これも日頃の行いと確信した。

待ってる間も妻へ状況報告をし、レジャーテントと忘れ物の一眼レフカメラを持って来るよう依頼した。

長女の出番は午前中に2回、午後に1回であった。

午前中は長男、次女もいたのであまり自由がきかず、シャッターチャンスをだいぶ逃した。

お昼ご飯は妻とY田さんが腕によりをかけたお弁当を囲み、皆でワイワイ食べた。

長女はこうしたピクニック気分が大好きなパリピ予備軍なので、たいそう喜んでいた。

午後、私を残して皆は徒歩2分ほどのY田家に避難した。

おかげで私は長女の玉入れを最前列で撮影でき、非常に満足している。

お家に帰ったら長女に見せてあげよう。

ふと気付いたが、次女が小学校を卒業するまであと11年間は毎年ここに来なければならない。

その頃私はアラフィフなのだ。