先日、春休み中の姪っ子を連れて母がお出かけしました。
その道中、電車の中で遭遇したのは特性のあるお子さんを連れた家族連れ。
お子さんがどうしても叫んでしまうので、親御さんが口の中にタオルを入れて、それでも叫ぶ我が子を叩いて怒っていたようです。
それを泣きながら話す母。
電車の中はそこまで混んでなかったので、その様子が母たちにも見えたようです。
同じ子どもを持つ親として男の子も親御さんもいたたまれない気持ちになりました。
病院でもたまにみかけますが、特性のあるお子さんってきっと自分のこの不安な気持ちを行動や大きな声を出すことで折り合いをつけようとしている子が多いのかなと思います。
親御さんも生まれてからずっと我が子と一緒だからそういう不安な気持ちや行動を受け止めようと必死なのかもしれない。
母の話を聞いて思ったのは、その親御さんもやりたくてやっているわけではなくて、今までの外出のときの積み重ねでそうせざるを得ないんじゃないかな?ということ。
子どもがどうしようもなく泣いてしまったり、大きな声を出してしまったり、それは仕方のないことだと思います。
うまく言葉で自分の気持ちを伝えられないから一生懸命に伝える努力中なのかもしれないです。
そういう場面に遭遇したとき「そういうこともあるよね」と思うのですが、子どもを生む前は「なんで泣いてるのに何もしないの?うるさいんだけど!!!」と思う自分もおりました。
両方の気持ちを経験しているから思うことは「そういうこともあるよね」みたいな優しい世界が縮小していっているのかも。
例えばSNSやニュースでは頻繁に「ベビーカー蹴られた」「子どもがうるさいと怒鳴られた」「子どもが知らない人に小突かれた」みたいな不安になる出来事がたーーーーくさん出てきます。
伝聞や実際に経験したことが積み重なって「この状況をどうにかしなくちゃ!!」と親御さんが強く思うことで冒頭の場面につながったのかなと思ったのです。
実際、娘と2人で公共交通機関に乗って娘がぐずったとき、娘への声掛けは「なんで泣いてるのかなーママ困っちゃうなー」と自分も困ってますよ、というアピール系です
でも家では「なにか嫌なことあった?ママに教えて。えんえんしているとママも悲しくなっちゃう」と全力で娘に寄り添ってます。
この違い、私も気持ち的に「周囲への迷惑」というのを気にしているのかもしれない。
たまに、優しい方が「子どもはそういうものだから気にしなくていいのよ」と声をかけてくれることもあるけど、そう思っていない人が一定数いることもわかります。
不安な気持ちを泣くことだけでなく、大きな声や叫ぶことでしか表現できない子に出会ったら「そういうこともあるよね」という気持ちで見守りたいな、と思ったのでした