不動心 |  とある尼さんの誰にも言わないお話
今テレビで

ニューヨーク911の例を出し


当時のジュリアーノ市長が

テロの不安に怯える市民に

事あるごとに

『普段どおり、皆さん
普段どおりの生活をして下さい』



呼びかけていたという話をしていました。





テロ後の
未だ焦げ臭さが残る街で

人々が恐怖に負けず

社会をパニックに
落とすことのないように


そこに住む一人一人の

気持ちをしっかり守ること



テロに屈服しない

最大の防御でした。







事情が違えど

この度の大震災は
未曾有の非常事態

日本の最大の危機です。



このような状況で

日本の国民が

あちこちで
ヒステリーを起こしてしまったら


それこそ
日本という船は
沈没してしまう。




買い占めが一段落したと思ったら

過度の自粛

偏見による被災地差別



特に

原発問題による
福島以南地方の農産物の買い叩き

のみならず

何の根拠もなく
福島からきた客を
「入館お断り」などとして
拒否する業者さんもいたり…






どうかどうか


皆で冷静に

非常事態だからこそ。

不安な気持ちはみな一緒なのですから




今ACでさかんに

「日本の力を信じてる」

と言ってますよね。



それって言い換えれば

「自分自身を信じる」

ってことじゃないのかな?





【仏性ぶっしょう】

というのは

命あるものすべてに存在すると

おっしゃった方がおられます。



かつて

『この身体

鬼と仏とあい住める』

と詠んだ死刑囚がおりました。





岐路に立たされたとき、

おのれの中の

仏と鬼

どちらを択ぶのか

決めるのは私達自身です。








逆に言えば

そんな時

私達が自分の中の

『光=仏』を信じずに

何を信じるというのでしょう。

















おのれこそ 

おのれのよるべ  

おのれを措(お)きて 

誰によるべぞ

                
よくととのえし 

おのれにこそ  

まことえがたき 

よるべをぞ得ん

                                           
(法句経 160番)