いのち、
奇跡ですね。
『奇』は不思議なさま、
『跡』はしるし。
わたしたちが
ここに在ることが、
そのまま『有り難い』こと
なのでしょうね。
日本では
『数え年』という
概念がありますね。
つまり、
生まれてきた年を
一才と考えるのです。
そして元旦が来るたび
一年ずつ年をとる。
…これは、
肉体に宿る以前の
魂の存在を
指しているように感じます。
そう考えれば、
受精のとき魂が
(肉体に)宿るという感覚は、
正しいのかもしれません。
どういったシステムで
ここへ在るのか
わかりませんが、
『有り難い』
私たちのいのち。
誰かの名のもとに、
大義の名のもとに
犠牲になって良いいのちなんて
この世には存在しないのです。
いのちは各々異なっていて、
いずれ消えゆくものですが、
本来絶対平等であるべきです。