王への挨拶を済ませたヨンとウンスはその日の午後から休みをもらっていた。
屋敷に戻った二人は明日の婚儀と祝宴の段取りの最終確認を行っていく。
チェ家の慶事に屋敷全体が既に浮き立つよう雰囲気が漂う。
宴に向け、板戸を取り払い大きく開け放った座敷には卓が置かれ、卓の上と座敷の隅には色とりどりの花が飾られていて、屋敷の中で特に華やかな雰囲気を醸し出していた。
使用人たちは忙しく動きながらもその表情は明るい。
ウンスは使用人たちを集め、膳の位置や料理を出す順番などの確認した後、既に明日に向けてご馳走の下ごしらえを始めている厨房に顔を出した。
「明日はよろしく頼むわね」
「はい、奥様」
「迂達赤や手裏房の子たちはいっぱい食べると思うから、とにかくたくさん作ってちょうだい!マンボさんたちからは多すぎるくらい食材送ってもらったから、家の人たちの分も忘れずにね」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ!皆にはたくさん世話かけるんだもの」
「ありがとうございます」
祝宴の準備はこれくらいで大丈夫かしら。
あとは婚儀の準備ね。
ウンスは屋敷の外で明日使う馬車の確認を行っているヨンの元へ向かった。
「終わりそう?」
「ええ、大方の荷物は積み込みました。あとは衣裳を積み込めば完了です」
明日は朝早くに馬車で婚儀を行う寺へ向かい、そこで婚礼衣装の着付けや化粧を行う段取りになっている。
そのため今日のうちに馬車に積み込める物は積み込んでおき、衣裳だけはあまり早くに積み込んでしわになっても嫌なので、明日の朝に馬車に積む予定にしていた。
「他に何か確認することはあったかしら?」
「これくらいで大丈夫でしょう」
「そう?」
「ええ、あとはイムジャが寝過ごさなければ」
「もう、怖いこと言わないでよ~!ちゃんと起こしてよ」
こういう時にスマートフォンのアラームや目覚まし時計はありがたいものだったのだとウンスは改めて実感した。
「いらっしゃいませ、叔母様」
「世話になるよ」
明日の婚儀に向けて、チェ尚宮は今夜一晩チェ家に泊まることになっていた。
久方ぶりに訪れた屋敷は以前とは違い、温かさで溢れている。
兄が生きていた頃に戻ったようだとチェ尚宮は屋敷を見て感じた。
3人で夕餉を囲む。
ご飯に汁物、塩漬けされたキムチにナムル、山菜の天ぷらチヂミといった料理が卓に並んだ。
「初めてですね。こうやって3人で食事をするの。叔母さま、たくさん食べてくださいね」
「はい、いただきます」
「もう、そんな堅苦しい言葉遣い止めてください。身内になるんですから。ね?この人にするみたいに話してください」
「ですが」
「お願いします」
「では、そうさせてもらうよ」
「はい!」
チェ尚宮はウンスの食べっぷりに少々驚きながらも、初めて身内で囲む食事を楽しんだ。
食事を終え、ウンスが淹れたお茶を飲みながら明日の婚儀の流れを確認しておく。
祝宴の会場も見てもらい、問題ないだろうとチェ尚宮のお墨付きをもらい、ウンスは少しだけ肩の荷が下りた。
そこへ下女のミンスが、湯浴みの準備ができたと告げにきた。
「叔母様は湯浴みされます?」
「湯浴み?湯殿があるのか?」
「はい!この人が作ってくれたんです」
チェ尚宮はじろりとヨンを見た。
この嫁馬鹿め。
そう視線で言われているようで、ヨンはチェ尚宮から目を逸らした。
「なら言葉に甘えようか」
「はい、着替えと体を拭くタオルは新しいのがあるからそれ使ってください」
ウンスがチェ尚宮を湯殿に案内しているとふとチェ尚宮が口を開いた。
「時に、そなたの寝所はどこにあるのだ?」
「この廊下の突き当りを右に曲がった一番奥の部屋ですよ」
ウンスが示した場所はこの屋敷の中で一番奥に当たる位置だ。
まあ妥当なところだと屋敷の守りについてさっと思考を巡らせる。
「彼奴の寝所は?」
「?あの人も一緒ですけど」
「……」
「え、何かおかしいですか?」
「あ、いやそういうわけではないが」
この時代、夫婦の寝所は別というのが一般的だが、天界は違うのだろうか。
この方の突拍子もない言動は今に始まったことではないので、そこまで驚くこともなくなったが、まだ慣れぬことも多い。
だが、同じ寝室で寝ることは何も悪いことではない。
かつては迂達赤兵舎の隊長室で共に寝泊まりしていたのだ。
ん?待てよ、とそこではたと気づく。
もしやその時から手を出しておったのではあるまいな?
まあ良いか。
こうして晴れて夫婦になるのだ。
遅いか早いかの違いだけだ。
とチェ尚宮は納得した。
ヨンが医仙のために作った湯殿だけあって浴槽も広く立派なものだと、湯に浸かりながらチェ尚宮は思った。
贅を尽くすなどチェ家の家訓には反するが、そういえば兄上も義姉上にだけは甘かった。血筋だろうか?とチェ尚宮は遠い昔に思いを馳せた。
チェ尚宮が湯浴みを終え居間に戻ると談笑しているヨンとウンスの姿があった。
ウンスの話を穏やかな表情で、時に笑みを浮かべ聞いているヨンをチェ尚宮はまじまじと見つめた。
11年前のあの出来事があってから笑わなくなったあのヨンが、一人の女人と出会い変わってきた様はこの目で見て来たが、ウンスが戻ってからはさらにヨンに笑顔が増えた。
そう感じるのは自分だけではない。
皇宮の二人の噂は耳に入ってくる。
大護軍が医仙と居る時は別人のような顔を見せると。
……まあ、仕方あるまい。
「あ、叔母様。湯加減はどうでしたか?」
「ああ、ちょうどよかったよ」
「良かったわ。貴方先入る?」
「イムジャが先にどうぞ」
「そう?じゃあ行ってくるわね。貴方の着替えも持っていくわね」
「ああ。助かる」
ウンスが湯浴みに向かい、その場にはヨンとチェ尚宮の二人になる。
「いよいよ明日だな。お前たちにはやきもきさせられたが」
その自覚はある。
叔母にはたくさん心配をかけただろう。
俺が想像している以上に。
死んだように生きていた7年間。
あの方が不在の4年間。
それ以前にも母を早くに亡くしてから役目の合間をぬって何かと手をかけてくださった。
幼い頃、武術の基礎を教えてくれて最初の師匠でもある。
赤月隊に入った後も何かにつけ援助をしてくれていた。
いつも何も言わず見守ってくれた。
「叔母上」
「なんだ」
「今まで本当にありがとうございました」
「いきなりなんだい」
「これからもあの方共々よろしく頼む」
「……幸せになるんだよ」
「ああ」
甥が嫁を娶る日が来ようとは。
天界の女人に地上の男が懸想をするなど、恐れ多いことだと思うていたのに、ついには天女を嫁にもらうとは我が甥ながらすごい男よ。
そして医仙には感謝してもしきれぬ。
嫁にきてくれることはもちろんだが、死を待つように生きていた甥を救うてくれた。
それが何より有り難かった。
彼女はまさに医仙なのだろう。
ヨンにとっての。
ヨンを救ったのはその優れた医術と、ヨンを一途に想うその心だ。
それにしても、ヨンは致し方ないとしてもまさか医仙もヨンを想うてくれるようになるとは。
甥の医仙への想いも、医仙の甥に対する想いも間近で見てきた。
己よりも甥を案じ、己の命を顧みず甥の気持ちを優先する。
そして甥も。
あの方がいないと生きていけぬと。
あのような甥は初めて見た。
あれほどまでの激情が甥の中にあったとは知らなんだ。
まるでお互いが己の命だと言わんばかりに想い合うておる。
お互いのために存在しているような、相手こそが幸せの形だと、互いに思うているようにも見える。
その二人がついに夫婦になる時がきたのだ。
どうか二人には末永く幸せになってもらいたい。
兄上、義姉上、どうか二人をお見守りください。
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徐々に婚儀が迫って参りました。
けど修正&校正が間に合わず更新が遅れそうです (゚Д゚;≡;゚д゚);
