ヨンが湯浴みをしている間、ウンスは客間に布団を用意させ、そこにチェ尚宮を案内した。
ウンスが部屋を出て行こうとしたところで、チェ尚宮はウンスに声をかけた。
「医仙」
「はい」
「あやつの叔母として、改めて言わせてください。あの子を助けてくださったことまことありがとうございます。あの子の元に戻ってきてくださったことも」
「そんな……お礼を言われるようなことじゃありません。私があの人の傍に居たかったんですから」
「ヨンのこと、これからもよろしくお願いします」
「よろしくしてもらうのは私の方です。これからもたくさん迷惑かけちゃうかもしれませんよ。あの人にも叔母様にも」
「承知の上です」
「その言い方、あの人みたい。不束者ですが、これからもよろしくお願いしますね」
*
ウンスは寝所に戻り、明日のために肌の手入れをいつもより入念に行った。
自作の化粧水と乳液で肌を整えた後は、ヨンから贈られた柘植の櫛で丁寧に髪を梳いていく。
梳かせば梳かすほどに髪に艶を与えてくれる櫛はウンスのお気に入りだ。
いよいよ明日。
待ちに待ったあの人との婚儀。
ようやくあの人と一緒になれる。
これまで本当にいろいろなことがあったけど、やっと。
ウンスはヨンと出会ってから今日までの日々を思い返した。
コエックスの学会で初めてあの人を見た時。
ウンスの中に残ったのは、あの強烈な衣装よりも遠目に一瞬合っただけのあの目だった。
心の奥に届くような、とても深い目。
そんな目が何よりもウンスの中に強く印象に残った。
その後は最悪だったけど。
プレゼンは台無しになるわ、拉致されるわ、無理やり手術させられるわ
挙句に高麗時代って……
なんの冗談かと思った。
冗談じゃなかったけど。
こんな時代から一刻も早くソウルに帰りたいと思っていた。
それなのに、あの人のことがやたらと気になって仕方がなかった。
気になって、目が離せなくて……
あの人が抱える悲しみや背負うものを知っていくうちにあの人を一人にしておくことができなくなった。
気づけばあの人のことばかり考えてたっけ。
あの人に惹かれていく自分の心に必死に線を引いて、私はこの時代の人間じゃない、いつか帰らなきゃいけない、好きになってはいけないってそう言い聞かせてきたのに。無駄な努力だったわ。
あの人の不器用な優しさや口下手なところ、あの人を知れば知るほど彼に惹かれていく自分を止められなかった。
一度、自分の気持ちを認めてしまえば、もう止まらなかった。
あの人の瞳、あの人の声、あの人の手。
眼の前に在るそれらが恋しくて仕方なくて。
あの人のことを考えるだけで胸が締め付けられるように苦しくて。
なんだか悲しいような、切ないようなそんな気持ちになるけれど、それ以上に嬉しくて幸せな気持ちになった。
あの人の存在が、恋しくて愛しかった。
その頃には既にソウルへ帰りたいという気持ちよりもこの人のそばに居たいという気持ちの方が強かった気がする。
あの人の重荷にならないように帰らなきゃって思っていた時もあったけど、歴史を変えることになっても私はあの人のそばにいたかった。
両親や友人たちと二度と会えなくても、あの人のそばで生きる道を選んだ。
あの人と一緒に生きていきたかったから。
あの人と離れ離れになった時は本当に辛かった。
あの人は生きてる。
そう信じて、あの人が倒れた場所に菊の花を植えて。
絶対あの人のところに戻る。
そう信じて、毎日あの丘を登った。
開かない天門を前に心が折れそうになる日もあった。
信じているけど、不安に押し潰されそうになる日もあった。
毎日、何度何度も問いかけた。
そこにいるのって?
そうするとあの人の声が聞こえてくるような気がした。
ここにおりますって。
あの人と再び会えた時、最初は信じられなかった。
幻かと思った。
そうじゃなかったら自分に都合の良い夢を見ているか。
そうでもしないと心が崩れてしまいそうだったから。
もし期待して本物じゃなかったら、しばらくは頑張れないかもしれない。
そう思ったから。
だけど夢でも幻でもなかった。
あの人の眼差し
あの人の匂い
あの人の感触
あの人の息遣い
あの人の声
全部本物だった。
名前を呼べば、同じ想いで呼び返してくれて、抱きしめれば、同じ強さで抱きしめ返してくれる。
もう二度と離れたくなかった。
離れていた時の分まで、あの人の全てを感じたかった。
初めてあの人に抱かれた時は、嬉しくて、幸せでどうにかなってしまいそうだった。
ううん、今でもそうだわ。
あの人に触れられるだけで、とてつもない幸福感に満たされて……。
って私ったら何考えてるのかしら。
だいたいあの瞳がずるいのよ。
どれだけ私を愛してくれているか。
どれだけ私を大事に想ってくれているか。
あの眼差しから痛いほど伝わってくるんだもの。
まさに目は口ほどに物を言うよ。
「何がずるいのですか?」
いきなり声をかけられて、ウンスは驚きにビクッと身体を震わせた。
「もう、驚かさないで」
ウンスは唇を尖らせて、閨の戸口に立つヨンを見て、ドキっとする。
いつもきっちりと服を着こなしている人なのに、纏った夜着の襟元から分厚い胸板が覗き、髪から落ちる水滴がなんだか色っぽくて、無造作に髪を拭く仕草は少し雑だけど、それがまた男らしい。
それなのに額や頬に張りついた、長めの髪が普段のヨンより少し幼く見せていて。
そのギャップにキュンとする。
こんな姿が見られるのは私だけだと思うと、くすぐったいような、嬉しいような、そんな気分になる。
「叔母上は?」
「お部屋にご案内したわ。……ねえ、ちょっと話さない?独身最後の夜よ」
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