ウンスはヨンの手を取って縁側に向かった。
その場にヨンを座らせるとウンスはその後ろに回り、濡れているヨンの髪をタオルで拭き始めた。
髪を拭くウンスの手が気持ち良くて、ヨンはウンスに身を任せる。
ある程度髪が乾くとヨンはウンスの手を止めさせ、その細い腕を引いて胡坐をかいて座る自分の脚の間にウンスを導いた。
腕の中にウンスを囲うと、ウンスは自然とヨンの胸に身を預けてくる。
こうして触れ合っているだけでも心が満たされる。
「月が綺麗ね。明日は満月かしら?」
ウンスの言葉にヨンも空を仰ぎ見た。
夜空には、丸く明るく澄んだ月が浮かんでいた。
「いよいよね」
「はい」
「ここまで、長かったわね」
「ええ」
「ねえ、初めて会った時のこと覚えてる?」
「忘れたことはありませぬ」
「私も」
「ねえ、ちゃんと聞いたことなかったけど、いつから私のこと好きだったの?」
「……」
なぜこの方だったのか、ということは幾度も考えた。
いつからこの方を想っていたか、か。
考えたこともなかった。
初めてこの方を見た時、一瞬で目を奪われた。
大勢の者がいたにもかかわらず、この方以外は目に入らなかった。
呼吸の仕方さえも忘れてしまったかのように息が上手く吸えず、ただただその大きな瞳に魅入った。
この方が探し求めている相手だと、俺の中の何かが告げていた。
そして一瞬の迷いもなく貴女を攫った。
攫った女人は……こちらの言うことも聞かない、口うるさい女人であった。
「最初は面倒な女人だと、そう思いました」
「ひど~い!」
「事実ゆえ」
泣いたり、怒ったり、喚いたり、かと思えば笑うたり。
何を考えておいでなのか、とんとわからぬ。
かつて、これほど人に振り回されたことなどなかった。
そしてこれほど扱いに思案したこともなかった。
「向こう見ずで、やることなすこと突拍子もない」
「あら?それはどっかの誰かさんも同じだと思うわ」
必ず帰すと約束した。
その約束を守るためには、この方が生きておらねば叶わない。
だから俺のそばにいろと言った。
ただそれだけのはずだった。
「だが、気づけば貴方から目が離せず、貴女のことばかり考えていた」
あなたの我儘に呆れたこともあった。
泣かれたらどうしていいのかわからず、貴女が笑えば安堵している自分がいる。
長い間、感情を持つことを忘れていた俺に再びそれを思い出させた。
それは良いことばかりではなかった。
当初は不安や焦燥感の方が多かったような気がする。
貴女の一挙一動に気を揉み、貴女を失うのではないのかと心の底から恐怖したこともあった。
それと同時に今まで感じたことのない感情まで俺に教えてくれた。
こんなにも誰かを恋しいと思う感情が己の中にあるなどイムジャに出会うまで知らなかった。
自ら何かを望んだことなど、これまでなかった。
失うばかりの道を歩んできた己が、初めて欲を出したのがこの方だった。
生きる時も住む世界も違う天界の女人。
この方だけが欲しかった。
俺を見つめる大きな瞳
俺を呼ぶ柔らかく澄んだ声
俺に向けるその笑顔
俺を抱きしめてくれる温もり
その全てが恋しくて堪らなかった
「いつからかはわかりませぬが、初めから貴女のことしか見えておりませんでした」
「……」
なんて殺し文句を言うのよこの人は……!!
と、ヨンの言葉にウンスは絶句した。
「そういう貴女はどうなのです?」
「え、私?」
そうねぇ。
「私もいつからとは断言できないけど……割と早い段階からあなたに惹かれていた気がする。でも、そんな自分の気持ちからは目を背けていたわ。だって私とあなたは住む世界が違ったんだもの。この人を好きになってもいつか離れ離れになっちゃう。だから好きにならないようにしてた。それなのに、貴方に惹かれる気持ちは止められなかった」
「イムジャ」
でもダメだと思えば思うほど、想いは止まらなくて。
真っ直ぐに見つめられると、息さえ苦しくなる。
貴方の誠実さ、貴方の困った目、貴方のすべてに心を奪われていく。
自分の身に危険が及ぼうという時でさえ、この人のことしか考えられなくなっていた。
「すっごく迷ったわ。元の世界に戻るか、貴方のそばにいるか。決心がついたのはいつだったかしら?」
ウンスはしばし逡巡し、その時を思い出したのか手をパンと叩いた。
「あ!きっと、あの時ね」
「あの時とは?」
ウンスはヨンの顔を覗き込んで、そっと囁いた。
「キス…接吻、された時」
あの時は、あの男と結婚させられそうになって。
逃げ出そうにも王様の命を盾に取られて、もうダメだって思った。
そんな時、貴方は来てくれた。
その時だけじゃない。
「貴方はどんな状況でも私を助けに来てくれる。血の臭いを纏いながらも、必ず私の元へ駆けつけてきてくれる。どんな時でも私を守ってくれる。貴方の言葉なら信じられたし、貴方と一緒だったら何も怖くなかった」
貴方とだったらどんなことでも乗り越えていけると思った。
「貴方になら人生を預けてもいいって、そう思ったわ」
それにね。
「貴方を一人にしたくなかった。貴方が私の心も体も守ってくれるように、私もあなたを守りたかった。貴方は、世界で一番大事な人だもの」
「イムジャ……」
ヨンはウンスを力強く抱きしめた。
その強さがウンスには嬉しかった。
「俺はどうしたら貴女を幸せにできますか」
「もう十分幸せよ。こうして貴女の傍にいられるんだもの」
ああ、とヨンはウンスから目を離すこともできずに喉を鳴らしそうになった。
その言葉だけで俺が今どれだけ幸福なのか、貴女には分らないだろう。
俺が攫った女人。
俺の心を攫った美しい女人。
どうしても欲しかったその人。
ユ・ウンス。
「ずっと、俺のそばに」
「いるわ、貴方のそばに」
「一生離しはしない」
「うん、一生離さないで」
一日でも、一年でもない
生きている限り、共に……
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