「以前申し上げた、兄の日誌の話を覚えておいでですか?」
「興味深い内容が書かれているっていう?」
「ええ。本日のお二人を見て、兄の考えは誤りではなかったのだと、そう思いました」
「どんなことが書いてあったんですか?」
「お二人は魂で繋がっているのではないか、というような内容が書かれていました」
チャン侍医は二人に向けて笑みを深めて、静かに語りだした。
「王命により大護軍が医仙様を天界よりお連れしたその当時、大護軍は魂に傷を負っていたと聞いています。兄は何度も大護軍の心の傷を治療しようとしましたが、それを癒すことはできなかった。体の病を治すには技術を会得すれば良い。されど心の病はそうはいきませぬ。まずは心を傾ける力を身につけなければならない。それは天が授けぬ限り、努力では到底辿り着けぬ境地。なぜならそれは人の魂に触れる力なのですから」
「魂に、触れる力……」
「そうです。そして魂に傷を負う者だけがその力を持つ者を見抜くことができる。医仙様こそがその力の持ち主ではないかと、兄は思ったようです」
「私が?」
「ええ。どれ程辛い状況でもいつも笑顔を見せ、明るい気を放つ天界の医員ならば大護軍の魂を治せるのではないかと。実際、医仙様は大護軍の魂の傷を癒すことができた」
そうでしょう?というチャン侍医にヨンは頷いた。
「天界より医員をお連れする際、なぜ医仙様を選ばれたのか。それは魂に傷を負っていた大護軍は本能的に己の魂を癒してくれる力を持つ医仙様を選んだのでしょう。それは本能というより、大護軍の魂が医仙様の求めたのかもしれませぬ」
チャン侍医の言葉には確かに頷けるものがあるとヨンは思った。
実際この方は俺の魂に触れた。
あの虚無の中から救い出してくれた。
その明るい気で。
かつてテマンに愚痴ったことがあった。
天界には他にも医員がいように、何故あの女人を連れてきてしまったのだろうか、と。
初めてこの方を見た時、引き寄せられるようにこの方から目が離せなかった。
たった一瞬出会った女人が、何故こんなにも胸に深く入り込んだのか、自分でも戸惑いを感じたが、この方が探し求めていた相手であることは確かだと俺の勘が告げていた。
あの時は王妃の首の傷を治せる神医だと思ったが、この方は俺にとっての神医だったのだ。
「そしてこれは推測ですが、恐らくは医仙様にも同じく魂に傷があったのではないでしょうか。それを癒せるのも恐らくは大護軍だけだったのでしょう。……ということが兄の日誌に書かれておりました」
「チャン先生が……」
「ええ、日誌の中でもお二人の幸せを願うておりました。今日という日を迎えられたこと兄共々嬉しく思います。どうか末永くお幸せに」
*
たんまりと用意した料理は底をつき、祝宴にようやく終わりが見えてきた。
招待客たちは帰り支度を始め、最後に改めて祝辞を述べ、一人また一人と屋敷を後にしていく。
「医仙様の婚礼衣装、本当にお綺麗でした」
「大護軍と末永くお幸せに!」
「今後もしっかりとお守り致します」
「今日はありがとう、気を付けて帰ってね」
武閣氏たちを見送り
「私も今日は皇宮へ戻るよ」
「ああ、世話になった」
「叔母様、今日はありがとうございました」
チェ尚宮を見送り
「本日はお招きいただきありがとうございました」
「チャン先生、トギ、今日はありがとう。また典医寺でね」
「はい、今後もよろしくお願い致します」
トギとチャン侍医を見送り
「チェ・ヨン、医仙、改めて此度はお祝い申し上げる。医仙こやつを頼みますよ」
「はい」
それから、アン・ジェはヨンの腕に首をかけニヤリと笑う。
「この後、頑張れよ!」
それはもちろんウンスに聞こえていて。
「アン・ジェさん!」
はは、とアン・ジェの背を見送り
「大護軍、医仙様、本日はありがとうございました。大護軍、これからも精進致します故、何卒ご指導の程よろしくお願い致します」
「死なぬ程度に鍛えてやる。覚悟しろよ」
「は!!」
迂達赤たちの一部を見送る。
残りの一部はと言うと。
「大護軍、医仙様、おめでとうございます」
「何度目だ」
「何度でも言いたいのです。俺は……俺たちはあああ」
とトクマンとチホは抱き合いながら叫んでいる。
それを見て爆笑しているテマンとシウル。
あんたたち、いつまでやってるんだいとマンボ妹が窘める。
それから二人に向かい合って、ヨンの左手とウンスの右手を片方ずつ握った。
「二人で幸せになるんだよ」
「ああ」
「はい」
「夫婦喧嘩した時はいつでもおいで」
「マンボ、要らぬことは申すな」
「もしもの時はよろしくお願いします」
「イムジャ!」
それじゃ、あたしたちもそろそろお暇するよ、とマンボ妹は飲んだくれの兄の元に向かった。
「チュソクやとトルベもあの世で喜んでいることでしょう……」
そっか。
いなくなってしまった人たちの分まで幸せになろうね。
そんな想いを込めて。
「イムジャ、疲れたでしょう。先にお下がりください」
「でもまだ……」
「あとはこちらで対応します」
「そう?」
「ええ、今のうちに少しお休みください。……今日はまだ終わりではないですから」
耳元で囁かれる。
言われている言葉の意味を理解した、ウンスは顔を赤らめた。
そうよね。
今日は特別な夜よね。
そんなことをウンスが考えていると。
「ヨン!もうおっぱじめる気かァ?ここは寝所じゃねえが、新房覗きをするってなら俺が見届けてやらァ」
マンボが大声で叫ぶので、まだ残っていた迂達赤たちと手裏房の二人がニヤニヤとヨンとウンスを見た。
「新房覗きって、あの新房覗きよね?」
「ご存知で?」
「あれでしょ、親戚や近所の人々が新婚初夜の寝室を覗くっていう」
「ええ」
新婚初夜の伝統的な風習だということは知っている。
現代でこそなくなってきているが、伝統的ということはこの時代では行われていてもおかしくはない。
でもそれは、昔は早婚だったから幼い夫婦が失敗しないように見守るためだって聞いてたけど……
「やらないわよね?私嫌よ。誰かに見られるなんて」
「当たり前です」
あの白い肌を知るのも
あの甘い声を聞けるのも
あの艶めかしい顔を見られるのも
俺だけだ。
他の奴に見られるのも聞かれるのも死んでも御免だ。
ヨンはウンスを自分の背に隠すようにいて、ニヤニヤしている迂達赤や手裏房たちに鋭い視線を向ける。
普段だったらヨンのひと睨みで、震え上がる迂達赤たちが今日ばかりはヨンの睨みも怖くはなかった。
「大護軍、ふぁいてぃん」
ウンスから教わったであろう天界語を使うトクマンが腹立たしく、今日は1度も叩いていなかったその頭を叩く。
チュンソクやテマン、チョモも真面目な顔を繕っているが、上がる口角は隠せていない。
チホやシウルに至ってはにやけ顔を隠そうともしもしない。
「お前ら、早く帰れ!!!」
「何?早く子作りしてぇって?」
「師叔!!」
「おめーら早く帰らねえと雷攻が飛んでくるぞ」
笑いながら手裏房たちが帰っていく。
「大護軍、医仙様、我々もこれで」
チュンソクが真面目に締めようとしているのに横で、トクマンが「医仙様とお幸せに~」と茶々を入れる。
だいぶ酔っているのかその足元は覚ついておらず、がチョモとテマンがその体を支えている。
チュンソクはトクマンの口を塞ぐと、「ではこれにて」とトクマンを引きずりながら屋敷を後にした。
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これにてにぎやかだった祝宴は終了です (´Д`*)ノ~~☆
