香和家の厠


 「仕出しませ」と女の声がする。
 声のした方を見上げると、顔に白粉を塗り、唇に紅を差し、和服を着た女がいた。目にも隈取りのような墨を入れていて、素顔をうまく想像できない。髪もおそらく鬘だろう。
 そこは半地下にある便所で、私は『香和家』とある看板から公衆の厠と思って寄ったのだ。
 思えばおかしな状況で、罠にかかった獣、釣り針にかかった魚のような気分にさせられたのも事実だ。
 女の言った言葉の意味も能くわからないが、おそらく店で食べていけ、いや食べていきませんか、と誘うのだろう。すると、ここは料理店のトイレなのだろうか? 私は何か社会人の大人として恥ずかしいことを仕出かしたのだろうか?
 そこで、女の言葉に従って階上へ上がり、勧められた席につく。確かにそこは料理店だった。やや遠くにだが、ガラス越しに川が見える。メニューは昼膳しかなかった。それに、驚いたのは店の名前で、『香和家』だと言うのだ。
 やがて出てきた料理も川魚ばかりだった。
 ――鯉の刺身、鮎の塩焼き、アマゴの甘露煮、川海老の天ぷら
 これらにご飯と吸い物がつく。
 それで川魚屋ということなのだろうか?
 今どき「厠」などという言葉は使わない。「便所」はやや汚い響きがあるし、「トイレ」がいちばん一般的だろうか。英語でも "toilet" より "rest room" と言うらしいから。とにかく私は今日、トイレという止むを得ない生理現象で釣られたのだ。餌によって逃げられない檻の中に閉じ込められた、鋭い返しのついた針に口を引っ掻けられたようなものだった。
 いずれにしてもなんらかの形で騙されたのだろう。だが、それほど本意ではないとはいえ、もう昼時なのだし、食事をして悪いことは何もなかった。
 その時、ふと思いついたことがあった。ガラスは人間の素晴らしい発明品だと思うのだ。外の光の明るさを維持したまま外界と遮断できるのだから。こう語ると変に思う人もいるだろうが、もしガラスがなければ外界と繋がっているとはいえ、或る事情でどうしても外界と遮断せねばならないとすれば、真っ暗な中で過ごさねばならないはずだ。
 また、人が四季を感じ取りにくくなったのは、エアコンのせいかもしれないな、とやや極端なことを考えたりもした。ガラスの窓や壁で囲まれた部屋の中で外界の自然と遮断された状態で日々を過ごすことになるのだから。人は自然と触れ合いたく思ったとしてもできないでいるのだ。
 食事を終え、私は会計のために席を立った。
 「お客様はどちらからいらしたんですか?」
 「東京です」
 「まあ、そんな遠くからわざわざ、ありがとうございます」
 「これは旅ですから、日常から離れるほど、生活より遠ざかるほど、その旅はうまくいったのです」
 「そうですよね。それは、わたしにもわかります」
 一息置いてから彼女はこう付け加えて言った。
 「では、これからお戻りになるんですね、お客様の生活に」
 「もちろん」

 こんな夢を夏の或る暑い夜に観た。