1990年7月28日の記録
<略>下の敷き布団が薄くてまいったが良く眠れた。食堂で朝食を待つ間に、小屋に備え付けの、紹介記事のあった2年前の『岳人』で最後の確認をする。
5:15 発。出掛けに、おばさんに促されてか、見たことない男が現れ、「問題になるところはない。ただひたすら踏跡を辿って行け。(高天原まで)10時間みておいてくれ。薬師見平まで5時間だ」と言う。
高天原新道の入口を示すプレートがヒュッテ手前の蔦の絡まる樹の幹に打ち付けてあった。急登からザレ トラバース、巨木越えなどをして、30分で顕著な沢へ長いロープで降りる。渡ってしばらくは登りが続く。トラバース気味となり、6:10 の地点で、急斜だが開けた、赤土の露出したところへ出たので休む。対岸のやや左手にひときわ高いピークが見える。
そこから15分で顕著な尾根をほぼ水平に西へ辿る。風が吹き過ぎる。少し降りたがトラバースは続く。7時ちょうどにガレた沢を渡るが、対岸の取り付きがわかりにくい。1ピッチ目をとばしすぎたせいか、ややバテ気味。ほぼ同時に出発した釣りパーティは来ない。7:10 にいよいよ沢への下りとなる尾根に出る。開けているので休む。黒部本流の谷は遠く、沢音も聞こえない。
7:15 発。緩やかな下りが次第に急降下となり、20分ほどで沢へ降り立つ。途中、赤い岩肌の滝が連続し、最上部に雪田の見える沢であることが認められた。口元のタル沢になるのか?このピッチで、今まで続いていた足跡がなくなる。ロープはしっかり付けられていた。対岸の取り付きがわからず少し迷ったが、少し上流の高いところの枯れ木にプレートが打ち付けられているのが見えた。わかりにくい。こっち側は赤いペンキ印が岩に付けられていたので、下の岩ばかり見ていた。ちょうど陽が差し始めた。
8時ちょうどに出発。赤い滝の右脇から取り付く。樹林中に入ると、最初のうちは熊が寝ていそうな大岩の穴がそこかしこに開いているところで、その通過は気味悪かった。やがて雑林中の登りとなり、陽が差すところでは暑い。30分で尾根とのジャンクションへ出る。先の、向こう岸の尾根と同高度となる。そこからはほぼ一直線の登り。傾斜はきつくない。15分くらい辿ると、平坦な、風の吹き渡る尾根となり、ゆっくり行く。左には沢音が近い。1時間点の樹の脇に腰を下ろして休む。あと1ピッチだ。
緩い登り。樹林が低くなると、西側に一時赤い山肌の尾根が見えた。20分くらいで切り開きに出る。2710m とある。(注:メモにこう書いてあるのだが、ここは 2100m 付近なので 2110m の間違いだと思う。僕の間違いではなく、プレートに書いた人間の間違いかもしれない。また地形図に 2210m ピークがあるので、実際は 2210m と書いてあって、もう少しで 2210m ピークだということかもしれないが、やや不自然だ。)45分点の尾根上とここで休めば良かった。上の尾根へ登り詰めると、そこはちょうど赤牛岳(かなり近くに見える、灰色の岩塊)からの尾根が伸び降りているところだった。下には薬師見平が広がり、薬師岳の稜線が一望できる。
5分くらい降りると平へ出る。ようやく天が開けた。誰もいない。9:50。
湿原の中へ入るが、まったく人の入った気配のない素晴らしいところだった。一つ一つの原や池がハイマツで区切られている。一番大きな、上から確認できた池へハイマツを苦労して越えて行く。
モウセンゴケがびっしり生えていて、その上を歩くとはっきり跡がついてしまう。できるだけ乾燥したところを歩くように努める。
花はワタスゲくらいしか見られなかったが、本当に美しい仙境だった。
ヤブを抜けて来て山がこうした秘密を隠し持っているのは驚きだった。が、昔は北アのあらゆるところがこのようだったのだろう。雲がだいぶ出て来た。
10:35 に去る。しばらくは湿地ふうのところを行ったが、下に姿見平と思われるところを見下ろすようになると樹林中の急降下となる。約30分で沢に出る。顔を洗い、水を補給する。そこから10分くらいで傾斜湿原に出るが、美しいところではなかった。風が少し出て来た。11:40 まで休む。
ここで突然比較的新しい足跡が出て来た。さっき通過した沢の近くに新しい焚火跡があったがどうしたのだろう?こっちの道は笹で覆われたところが多い。12:20 に沢を横切る。さっきほど大きな下りではなかった。沢は赤い石のガレといったところ。ここが赤牛沢なのだろう。(注:これもメモにそう書いてあるのだが、もう一本北の沢のようだ。赤牛沢は遡行可能な沢という認識を持っていたので、次の崩壊沢ではないと思ったのだろう。)対岸高くにペンキ跡を見つける。水に流されるのを配慮してのことなのだろうか?少し登ると上に連瀑帯が見えて来た。
次の谷は大崩壊していて、幅も5~60mはある。一休み。1時ちょうど。
1:43 に再び崩壊気味の谷に出る。このピッチで夢ノ平に出ると思ったのに。気のせいか硫黄の臭いがするので水は飲まず。崩壊地を上から巻くと草原風となり、2時少し過ぎに夢ノ平に着く。乾燥しかけた湿原にしか見えぬ。こう思うと薬師見平の存在は奇跡的だな。道標は『東沢出合~高天原』となっている。
少し下ると竜晶池だが、陳腐というべきか。昔はどこへ行っても薬師見平のようであっただろうに。人が山に入ることが空恐ろしくなってしまう。自然が人間に侵された今日、山旅をするなんて単なる運動でしかないのだな。
もう谷を渡ることはなく、尾根状から突然のように露天風呂が見えて来る。初めて人間を見る。4~5人が入っていた。ゆっくり着替えなどの支度をしてから入る。3mくらいの円形。中央が深くなっている。下はギザギザの岩で、これが良くない。
沢をつめてしまった。源泉を見て来る羽目になる。もっとも踏跡は赤牛岳の稜線へ続くそうだ。なんだか疲れている。山荘へは登りがあった。宿泊申し込みをしてロング サイズのビールを頼む。朝食は5時半というのでパス。弁当にする。4時少し前だった。
畳一枚に2人という状態になる。150人くらいいるのだろうか?外のベランダで水晶岳を見ながらビールを飲む。5時半に水晶岳を眺められる一等席で夕食をとった。<略>







