太陽の子 ~日本の原爆開発計画~ | こむぎブログ~猫とコンピュータ~

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【B-29と原子爆弾】

※B-29の3Dモデルは3D Warehouseより707氏の作品を使用させていただきました。

 

首都空港東京第一で、太平洋戦争で日本の主要都市を空襲攻撃した、当時の大型爆撃機ボーイングB-29の稼働機体と、長崎に投下されたプルトニウム原子爆弾「ファットマン」のレプリカが展示されているということで、見学にきた獅子堂先生と麦ちゃんたちです。

 

麦ちゃん 「北関東にある猫山市も空襲を受けて、大勢の人が亡くなったのね」

童子さん 「中島飛行機の軍用機工場があったからね。みんな火傷でひどい姿だったわ…」

獅子堂先生「おいおい家鋪、まるで見てきたように話してるな」

童子さん 「あっ、あっ!!と、図書館で記録写真を見たことがあるんです」

 

童子さんの正体は、猫山市にある小さな山、猫山に400年以上前から住んでいる座敷童子なので、人々のそれまでの歴史を実際に目にしているのですが、さすがにそれは誰にも言えません。

 

 

【日本を空襲したB-29爆撃機】

太平洋戦争当時、世界最大の爆撃機だったB-29ですが、人類史上初の核兵器「原子爆弾」はかなり大きくて重く、B-29でもその運搬は慎重に行われていました。

 

 

【日本の原爆開発計画】

太平洋戦争当時、日本でも原子爆弾の研究が進められていたことは、すでにほとんどの方が知っていることと思います。

陸軍の依頼を受けて、当時、東洋一の基礎科学研究所を有していた財閥の理化学研究所(戦後、財閥解体令を受け、現在は国立研究法人)が、そして海軍の依頼を受けて、京都帝国大学(現在の国立大学法人京都大学)が原子爆弾の研究を進めていました。

 

理化学研究所(理研)の仁科博士が中心となって進めていた「ニ号研究」は、日本でも割と有名で、知っている方も多いと思います。

 

原子爆弾はウラン235元素の核分裂反応による莫大なエネルギーを利用するものですが、天然鉱石として産出されるウランは、その99.3%が核分裂反応を起こさないウラン238で、わずか0.7%しか含有されていないウラン235をいかにして分離して濃縮するかが開発のカギとなっていました。

当時、原子爆弾を研究していたと言われる国は、アメリカ、ドイツ、そして日本でした。

日本は今でもそうですが、原子物理学・理論物理学では世界で最先端の研究成果をあげていました。

それだけにアメリカを初めとする連合国軍は、日本の研究の動向が気がかりとなっていました。

 

理研と京都大学では、そのウラン分離濃縮法はそれぞれ違うアプローチで行われました。

同じやり方で研究を始めて、それが間違いだったときは共倒れになるからです。

 

資金や資材が不足する中で、研究者たちはウラン235の分離・濃縮の基礎実験に成功するのですが、そこで得られた結果は、原子爆弾を実現するためには今ある機材では半世紀はかかるというものでした。

おそらく連合国軍もこの大戦中には原子爆弾を作ることはできないだろうと、軍部は結論を出したのですが、アメリカは「1台の分離機で50年かかるなら、100台あれば半年でいける」と、早々にウラン分離を進め、さらにそのウランを燃料にした世界初の原子炉を使い、人工元素のプルトニウムの量産を始めることに成功していました。

 

まさに日本は「貧すれば鈍する」状態に陥っていて、「100台の分離機を作る」という発想はだれも出来なかった状態でした。

 

その後、広島そして長崎に、アメリカは原子爆弾を投下し、広島で14万人、長崎で7万人以上もの一般人が殺戮されたことは承知の通りです。

 

 

【もし日本が原爆を先に作っていたら】

歴史に「もし」はないのですが、もし日本がアメリカに先立ち原爆を完成させていたら果たしてどうだったでしょうか。

おそらくは何のためらいもなく、連合国軍に原爆を使用したのではないかと思います。

 

日本は世界で唯一の原爆被爆国です。

ですが、日本でも原爆を開発し、それをもって戦局を大逆転させようと軍部は目論んでいたわけで、状況次第では、日本が原爆を人間の頭上で炸裂させた唯一の国家になっていた可能性もあったということは一考するべきかもしれません。

 

 

今夜7時30分からNHKで、これまであまり語られることがなかった、京都大学の原爆研究「F号計画」をテーマにしたドラマ「太陽の子」が放送されます。

 

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