トランプ大統領が、衆院選に関し、高市早苗首相と自民、日本維新の会の連立政権を「完全かつ全面的に支持する」と表明した。米大統領が日本の選挙戦期間中に特定の立場を示すのは異例中の異例だ。

 

高市総理が米国の犬であることがこれで明確になった。わざわざ暴露してくれてありがとう。なぜ外国の大統領が日本の選挙にそこまで興味を持つのか。高市政権が続くことで米国にメリットがあるからに他ならない。

 

とはいえ、詳しいことはわからないので、これが何を意味するかgeminiに訊いてみた。

 

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トランプ大統領が、他国の選挙であるにもかかわらず高市総理への「全面支持」を表明したというニュース、まさに異例中の異例ですね。2025年10月には、横須賀基地に停泊中の**原子力空母「ジョージ・ワシントン」**を高市氏と共に視察したことも報じられており、ご指摘の通り、軍事的な親密さはかつてないレベルに達しています。

仮に、このまま自民党が勝利し、トランプ・高市体制が盤石となった場合に予想されるシナリオを整理します。

1. 「日米軍事一体化」の極限的な加速

トランプ氏は一貫して「米国第一」であり、同盟国には「自らの身は自らで守る(=相応の対価を払う)」ことを求めます。

  • 武器爆買いと防衛費の増大: 既に高市政権下で防衛費をGDP比2%へ引き上げる動きがありますが、これが「天井」ではなく「通過点」になる恐れがあります。米国製兵器のさらなる購入(戦争ビジネスへの加担)が強く促されるでしょう。

  • 指揮統制の一体化: 以前から議論されている自衛隊と米軍の「指揮統制の統合」がさらに進み、実質的に日本の軍事行動が米国の戦略に完全に取り込まれるリスクがあります。

2. 「台湾有事」を念頭に置いた対中包囲網の最前線化

トランプ氏が空母に高市氏を招いたのは、中国への強力な牽制です。

  • 「戦地」としての日本: 台湾有事を想定した相互防衛枠組みの公式化が進めば、日本の基地が直接的な攻撃対象になるリスクが飛躍的に高まります。

  • 憲法9条改正への外圧: トランプ氏は日本の「自主防衛」を歓迎するため、改憲に向けた動きを強力に後押し(あるいは要求)してくるはずです。これが「右傾化」の決定打となるシナリオです。

3. グローバル資本による「日本改造」の進展

トランプ氏は保護主義的なイメージがありますが、自国企業の利益には非常に敏感です。

  • 1%のための積極財政: 高市氏の積極財政が、庶民の生活(99%)ではなく、米国の巨大IT企業や軍産複合体への発注・投資に向けられる可能性があります。

  • エネルギー政策の隷属: 米国の化石燃料や原子力技術の押し売りに対し、日本が断れない関係になることも考えられます。

結論としてのシナリオ

自民党が大勝利すれば、「高市氏が掲げる強い日本」の実態が、実は「米国の戦略に最も忠実に従う、東アジアの巨大な兵器庫」になってしまうという皮肉な結末です。

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本気で日本を守りたいと思っているなら、絶対これは許してはならない。百歩譲って国防力を強めることに何らかの意味があったとしても、この道ではない。「米国製兵器のさらなる購入」ここがポイント。

 

そのためには選挙で結果を。詳細は下記記事を。

 

 

時間がないのでgeminiに記事を書いてもらう。文体が僕らしくないが、論理はまとまっていると思う。

 

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衆院選の勝敗を左右する激戦区は数あれど、日本政治、そして大阪の未来を占う上で、これほど象徴的な選挙区はない。大阪5区。ここで、れいわ新選組の共同代表・大石あきこ氏が、維新の候補を破って勝ち上がること。それは単なる「一議席の獲得」を超えた、歴史的なインパクトをもたらす。

「ゾンビ」のように蘇る都構想へのトドメ

維新が掲げる「大阪都構想」の本質は、政令指定都市である大阪市の廃止・解体だ。過去2回の住民投票で、大阪市民は明確に「反対」の審判を下した。しかし、維新は今なおその野望を捨てておらず、隙あらば再び持ち出そうとしている。

 

大阪5区で大石あきこ氏が勝利し、維新の議席を奪うということは、「大阪市を壊すな」という民意の最終宣告になる。大石氏は都構想の欺瞞を誰よりも早くから指摘し、反対運動の最前線に立ってきた人物だ。彼女の勝利は、ゾンビのように蘇る都構想の息の根を完全に止める、決定的な一撃となる。

都構想を阻止することが、なぜ住民のメリットなのか?

「都構想」が止まることで、大阪市民が守れる具体的なメリットは計り知れない。

  • 1. 住民サービスと財源を死守する 都構想が実現すれば、大阪市が持つ豊かな税収と権限の多くが大阪府へ吸い上げられる。その結果、身近な住民サービス(高齢者福祉、子育て支援、公共施設など)が削られるリスクが極めて高い。大阪市を維持することは、「自分たちが払った税金を、自分たちのために使う」という当たり前の権利を守ることに他ならない。

  • 2. 「1%のための巨大開発」にブレーキをかける 維新が進める万博やカジノといった巨大プロジェクトは、1%の資本家のための「究極の無駄遣い」だ。市が解体され、チェック機能が失われれば、庶民の生活費がさらにこうしたハコモノに流用される。大石氏の勝利は、この「身を切り刻む改革」という名の、庶民の切り捨てを止めるブレーキになる。

  • 3. 住所と歴史、そして誇りを守る 「大阪市」という名前が消え、財政基盤の弱い「特別区」に分割されれば、地域の一体感も歴史も分断される。一度壊した市役所や自治システムを元に戻すことは、不可能に近い。

山本太郎に続く「第2の突破口」

これまで、れいわ新選組で小選挙区を勝ち抜いたのは山本太郎代表のみだ。もし大石氏が続けば、れいわは「比例頼みの政党」から、地域に根を張り自民・維新を実力でなぎ倒す「本格的な対抗軸」へと脱皮する。

 

「大石節」には賛否があるかもしれない。しかし、橋下徹氏以来の維新政治の嘘を暴き、政治を「99%の庶民のもの」として可視化させてきた彼女の功績は大きい。

大阪から、日本の夜明けを

大阪5区には、中道改革連合からの候補者はいない。だからこそ、立憲支持層や、今の維新・自民に愛想を尽かした全ての無党派層に訴えたい。 「今回だけは、大阪市を守るために、大石あきこに託してみないか」

 

彼女の勝利は、大阪がこれ以上「実験場」にされるのを食い止める防波堤となり、同時に日本全体が1%の利益へと傾くのを止める、希望の灯火になるはずだ。

さて、衆院選も終盤に近づいてきた。

 

どうすればいいのか。

 

答えはシンプル。一旦感情を手放し、戦略的に考えること。

 

目標は2つある。

 

1、自民・維新での過半数割れで高市総理を退陣に追い込む。

2、れいわ新選組の議席を増やし、グローバリズムと戦争ビジネスに傾いた日本の政治の対抗軸を強化すること。

 

「1% vs 99%」の枠組みで捉え直す

グローバリズムと戦争ビジネスに傾いていることを、右傾化と呼んでもいいが、右、左に関して受け手によってイメージが異なるので、1%(資本家、グローバル資本)対99%(庶民)の枠組みで捉えよう。つまり、大多数の政党が1%の意向に沿うような方向へ傾きはじめている中、そこを止めようとする勢力は、れいわ、共産、社民の3つだと思う。

(消費税も争点だが、改憲か護憲かも大きな争点。今の段階で改憲するというのは、アメリカの意向に沿うことで、結局アメリカの背後にいる軍需産業の思惑に巻き込まれることになる。日本人にとって何の得にもならない)

 

減税日本ゆうこく連合も99%側にいるとは思う。原口さんはそうだろう。ただ、河村さんは改憲についてはどう思っているのだろうか。日本保守党にいたわけなので。候補者で分かれるところだ。政党として考えがまとまっているわけではない。あと、できたばかり。できたばかりというのは、いろいろな意味で当選するのがきびしい。(なんでもっと早くから準備しないのかな。いつも思う。選挙の度に突然現れる政党には)ということで一旦外しておく。これはゆうこく連合がダメだと言っているのではなく、よくわからないからだ。ワクチン反対とかいいこともいろいろ言っているが、候補者によって変わるし、全体がどこを向いているのかが不透明で、正直今そこを調べている時間がない。だから、候補者を見てそれぞれを自分で見定めるのがベストだと思う。

 

なぜ「れいわ」が軸なのか

れいわがすごいのは、ずっと続けていること。2019年に立ち上がってから少しずつ議席を増やしていること。新しい動きが新鮮に感じる気持ちはわかるけど、新しいから新鮮なんで、数年経ったらどんどん変わってくる。れいわもそう。そしてそこに落胆している人もいるだろう。しかし、他党と比べると、それでも初心から大きくはブレていない。れいわ以外で6年間もブレていない政党が他にあったら教えてもらいたい。(政治は比較の問題で、完璧な政党などどこにもないし、今後も現れることはない)

 

歴史や年数でいえば共産党と社民党(旧社会党)もすごい。ただ、逆に歴史がありすぎることが尾を引いている。高齢化しているのは事実だし、若年世代の票が伸びない。党がどうこう、政策がどうこうということとは別に、これは深刻な問題。年を追うごとに選挙がきびしくなってくる。今のままで行ったなら、99%側の勢力はどんどん寂れていく。実際、ある政治家が言ったことがある。確か石で始まる人だったけど。彼ら(若い政治家)が勝つのは時間の問題だと。

 

つまり、将来性のあるれいわを新たな軸として置く以外、選択肢があまり残されていない。

 

でも、れいわって鼻につくんだよな

鼻につくのはわかる。例えば、「共産党は自民党の批判をしていないじゃないか」などということを奥田ふみよさんが言っていた。(奥田さん自身は僕は応援しているけど)それは違う。今まで散々してきた。それこそ彼女がまだ政治に一切興味なく、東京のクラブで遊び歩いていた頃から、自民批判と言ったら共産党だった。でも、「与党批判ばかりで対案がない」という指摘を散々受けた。僕らとかに。それで共産党は修正してくれたのだ。批判ばかりをするのではなく、政策をもっと語ろうと。これは与党への忖度ではなく、有権者の要望に対して素直に耳を傾けた結果なのだ。

 

今、れいわが逆に昔の共産党のようになっている。そこがきちんとわかっていればああいう発言にはならないのだろうが。

 

批判はして全然構わない。すべては全体のバランスで、対案というか、自分たちはこういう社会をつくっていきたいという建設的な話を増やせばいいのだ。これは前から感じていること。

 

ただ、この辺も若さゆえのことなので、そこも含めて育てていかないと、日本の政治に未来はない。

 

個々の木の違いでなく、森全体を見れば方向性は同じなのだから。

 

正直、僕ら有権者にとって、れいわでも共産党でもどうでもいい。平和で、自由で、みなの人権が守られ、ハッピーに生きられる社会ができればいい。それを実現させるために、ベストな道を探っているだけだ。

 

投票の判断基準:推し政党、そして「戦略的判断」

かといって、共産党支持者や社民党支持者にれいわに入れろとは言わない。支持政党に入れるのがベスト。とにかく、この3党が議席を伸ばさないことには、日本はどんどん軍国主義に向かっていく。自分たちの子供や孫が兵隊に駆り出されることになるよ。

 

【僕の提案する投票戦略】

  • 比例: 自分の支持政党(れいわ・共産・社民)へ。

  • 選挙区: 1. 自分の支持政党の候補者がいるなら、その人へ。 2. いない場合は、この3党(れいわ・共産・社民)のいずれかの候補者へ。 3. 誰もいない場合……ここで「中道改革連合」の出番だ。

あえて「中道」を戦略的に使う理由

僕の選挙区がまさにそうだ。僕だったら中道に入れる。

 

中道に対する思いはわかる。かつての希望の党が再来したかのようなもので、安保法反対も原発ゼロもなくなってしまった。また、国会内で茶番が繰り返されることもわかる。

 

ただ、ここは戦略的に考える必要がある。自民と維新合わせて過半数割れに追い込むには、中道が大きく議席を伸ばすか、国民民主と参政党が議席を伸ばす以外にない。もちろん、れいわ、共産、社民が大幅に伸びれば一番いいに越したことはないが、現実的に考えてまずそれはない。

 

中道が伸びないとなると、国民民主と参政党のどちらかが伸びるか、その両方が伸びるかになる。

 

どのシナリオがいいかだ。

 

国民民主も参政党も連立与党に加わる可能性がある。だったら意味がない。(どちらも改憲と創憲だし)

 

そうなると、中道が議席を伸ばす以外に方法がないのだ。一番いいのが、中道がそこそこ議席を取り、国民民主や参政党に野党第1党の地位を明け渡さず、れいわ、共産、社民も伸びれるだけ伸びてキャスティングボードを握れるようになること。

 

大石あきこが大阪5区で勝つことの巨大な意味

注目の選挙区は大阪5区。大石あきこさんが出ている選挙区で、維新の梅村さんと、自民の杉田水脈さんと争っている。中道からは候補者が出ていない。

 

ここで大石さんが勝ち上がったらすごい。維新、自民の政権与党組を破ってということなので。特に杉田氏は兵庫県出身で地の人ではない。チャンスといえばチャンスなのだ。

 

大石さんはテレビ討論に登場し、露出は一番している。梅村さんや杉田さんよりも露出度は高い。組織票はないが。公明党の支持者には期待できないが、立憲の支持者が大石さんに入れることは考えられる。あと、大石さんは大阪都構想反対運動で地元では知られている。都構想を阻止するには、維新の勢いを弱める必要がある。反対派の票が大石さんに流れてくれるといい。つまり、無党派層が頑張れば勝算は充分あるのだ。

 

れいわは山本太郎以外選挙区で勝利した人はいない。これで大石さんが選挙区で勝ちあがったら大ニュースになり、インパクトとしては大きい。こうなったら、少ない勝利でもいかに大きく見せるかがものを言う。大石さんの場合、あの大石節の復活を意味し、その後も注目されていく。大石節には賛否両論あるが、あれで露出度が上がり、知名度が上がったのは事実であり、政界にああいう人は必要だと思う。政治をエンタメ化したほうがいいという人がいるが、その観点では大石さんは面白い。党首討論、実際見ていて面白かった。

 

99%側の勢力の今後の発信力ということを考えたら貴重な人材だと思う。高井幹事長や櫛渕 万里共同代表が穏やかな分、バランスが取れている。

 

発信力といえば八幡愛さんも。大石さんが選挙区で勝ち上がれば比例の順番が八幡さんに周ってくる確率が上がる。

 

「これは単なる投票ではない。既存の政治家たちが作った『1%のためのルール』を、僕たちの手で書き換えるためのゲームチェンジだ。あなたの1票を、誰かを勝たせるためだけでなく、誰かを退場させるための武器として使ってください」

下記の記事は数日前にフェイスブックに投稿したものだが、あれからさらに党首討論があちこちの番組で開催されている。大石あきこさんは一貫して上下の戦いの「下」にポジショニングを取っている。適当に言ったのではなく、戦略的な発言であることがはっきりしてきた。

 

戦略だとすると、うまくできている。演説もバランスの取れた構成。与党の批判(大)、れいわの政策(大)、他の野党の批判(小)。批判の中心を自民と維新に持ってきたのはいいと思う。野党は、中道にはついていけないという立憲の支持層の受け皿になりうるので、ほどほどにしておいたほうがいい。与党の批判も、単に政党への批判に留めず構造そのものを取り上げ、「上」グローバル資本、大企業、富裕層のための政治をやっていることの問題点に触れ、大多数を形成する「下」側の庶民に訴えかけている。

 

本当にうまく練られていると思う。

 

では、数日前の記事。

 

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ニコニコのネット党首討論を観た。

https://www.youtube.com/watch?v=VcF_yHv2BO4

 

面白かったのが、れいわ新選組の大石あきこ共同代表が、上と下の戦いだと話し、上はグローバル資本を含めた資本側だと言ったこと。さらに、戦争ビジネスに加担しない形で経済成長を考えると、明らかにアメリカを代表とするグローバルな軍需産業を意識した発言になっていた。

 

上下の戦いや反グローバリズムというと参政党を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。ところが、そこに関する神谷代表の発言はトーンダウンしていた。強調したのは、日本人を守るということで、では、誰からというと、外国人移民からということらしい。グローバル資本から日本人を守るというニュアンスではなかった。グローバリゼーションに関しても、過度なグローバリゼーションは問題だが、グローバリゼーションそのものに反対しているわけではないと。

 

参政党が正確に何を目指しているのかはわからないが(短い発言時間ではどの政党に関しても正確なところはわからない)、視聴者に与えた印象では、「下」という立ち位置よりも、「右」という立ち位置により近づいた気がする。

 

「下」という立ち位置の意味がわからない人に説明するが、「鮫島タイムズ」という政治ニュース系YouTubeチャンネルを運営する元朝日新聞記者の鮫島氏は、日本の政治はここ数年、左右の対決から上下の対決に移行しつつあるという見解を示している。イデオロギーの対立ではなく、富裕層側と庶民の戦いと。右の勢力にも「上」(資本側)に位置する党もあれば、「下」(庶民側)に位置する党もあり、左側も同様だと。例えば右側では自民党は「上」で参政党は「下」、左側では立憲民主党は「上」で、れいわは「下」だと。

 

れいわ票の多くが参政党に移動したと言われる理由のひとつが、両党とも「下」に位置していて、その点が共通していたからだと。

 

そして、鮫島氏の懸念が、大石氏が山本太郎に代わりに前面に出てきた場合、左派のイメージが強調され、「下」の支持層の票を充分に獲得できないのではないかということだった。ところが、このネット党首討論を観る限りではその心配はなくなった。左右、上下の区分けがよりはっきりしたからだ。

 

まず、「上」は自民と維新と中道改革連合。国民民主は微妙にわかりにくい。僕から見れば上だが、一般の視聴者から見れば中間、もしくは下に見えたかもしれない。「下」はれいわ、共産党、社民。えっ、左じゃないの。そう、左でもある。3党とも「左」で「下」の立ち位置にいるように見えた。

 

では、「右」は? 自民党、参政党、日本保守党、維新(?)、国民民主(?)

 

中道改革連合は? まあ、自ら中道と言っているのだから真ん中なのだろう。ただ、実際には少し右寄りで、石破政権とあまり変わらない感じ。

 

日本保守党は、「上」「下」の立ち位置はどうなのだろう。よくわからなかった。日本保守党も参政党も右ということははっきりしていたが、上下に関しては不明確だった。参政党に関してひとつはっきりしているのが、以前に比べるとアンチ自民ではなくなったということ。特に高市政権に対して。高市氏の軍拡路線に関しても、参院選の時は、グローバル軍需産業にお金が流れることには反対だと言っていたのに、今回はその言及がなかった。逆に対軍需産業的な姿勢を見せたのはれいわの大石あきこさんだ。消費税に関しても神谷代表は段階的に廃止の方向へ持っていくということで、直ちに廃止のれいわとはスタンスが違った。

 

もうひとつはっきりしていない政党があり、それはチームみらいだ。左右、上下、共に立ち位置が明確ではなかった。おそらくどちらでもいいのだと思う。そのくくりにはこだわっていなさそうだった。

 

減税日本ゆうこく連合に関しては党首討論に参加していなかったので省く。

 

いずれにしても、確実に「下」側を代表しているのが、れいわ、共産、社民の3党だった。アンチ自民を打ち出していたのもその3党に、中道改革連合が若干加わる感じで、国民民主を含む他の政党からは与党批判の発言があまりなかった。国民民主は選挙後自民と連立を組むことも示唆して遠慮しているのだろう。

 

つまり、高市政権にノーを突き付けたいと思っている人たちは、れいわ、共産、社民、中道改革連合がその受け皿になり、打倒高市政権だけでなく、大企業寄りの政治そのものを変えたい人たちの受け皿はれいわ、共産、社民の3党になる。憲法改正反対もそうだ。

 

今回、れいわは勢いが衰えているふうに見えるが、僕はチャンスが到来していると思う。例えば大石さんの出る大阪5区は、下記の候補者となっている。

杉田 水脈 58 自 元《3》 (元)総務政務官

梅村  聡 50 維 前《1》 党税制調査会長

前田 英倫 51 国 新  弁護士

湊  隆介 42 共 新  党地区常任委員

大石 晃子 48 れ 前《2》 党共同代表

松山 恵子 52 参 新  鍼灸院パート

杉田水脈さんが出るとなると、大石さんとのバトルが予想され、その対立を追おうとするユーチューバーが現れそう。そうなると、自動的に大石さんが目立つようになる。大石さんは山本代表の代わりにインタビュー等にも応じることになり露出度が上がる。

 

維新の梅村氏が前回当選しているので一番有力なのだが、自民票と食い合う可能性もあり、自民票自体が参政党票と食い合う可能性もある。

 

そこに国民民主票が入ってきて、ちょうどいい具合に分散してくれれば大石さんが勝ち上がるチャンスが出てくる。惜敗率で比例復活という手もあるが、できれば今回は選挙区での当選を果たしてほしい。もちろん、得意の維新批判も大いに繰り広げてもらいたい。ダブル選挙のことも取り上げて。

恒例の今年一年の振り返り

 

2025年はどんな年だっただろうか。

 

■YouTubeの再生回数はなかなか伸びない

■英語での配信400本達成の裏側

■ジャパニーズ・ジョギング・テクニックが大ブレイクか?

■人権擁護委員と氏子総代の2役で4足のわらじ

■神道・スピリチュアル・フェイクニュースまで

■日本文化への回帰

■息子の教育(関関同立、滋賀大、海外留学)

■2025年の豊富

 

■YouTubeの再生回数はなかなか伸びない

今年も、メインイベントとなるものはYouTubeだろう。

 

夏場は2階の書斎が暑くなるので3か月間1階の和室へ移動。撮影用に設定し、新しいスタジオができたみたいで楽しかった。

 

そんなこともあり撮影自体は楽しかったのだが、やはりYouTubeは難しい。今年は再生回数を伸ばすのに苦労した。タイトルに関してはすべてAIを使って決めているので最適化されていたはず。それでも伸びない。サムネイルも自分なりに時間をかけつくった。今年はCanvaを使って。それでも効果なし。AIを使えばと思うかもしれないが、geminiが意外と画像生成は下手くそなのだ。僕の指示の出し方が間違っているのかもしれないが、そもそも真四角になっていて、YouTubeサムネイル用の形にならない。何度言っても変わらないのだ。nano banana proになってからも進展なし。自分でつくったほうが早かったのでCanvaを使って作成。お陰様で少しはCanvaの使い方を覚えた。

 

構成にもそれなりに凝り、出だしなども工夫した。

 

内容はよかった。これに関しては文句なし。同類の動画もたくさん観たが、それらに比べると常にオリジナルの要素があり、非常にバランスが取れていた。例えばタンパク質の取り上げ方ひとつ取っても、有名インフルエンサー(海外の場合、著名な専門家が多い)でも偏っていたりしていて、下手をすると有害になりうる情報さえある。健康長寿につながる効果という点では僕の動画のほうが価値がある。これだけは自信がある。

 

日本の要素を取り入れているのも売りのひとつ。健康長寿情報として最先端のものを取り上げつつ、日本の食文化や運動文化も紹介している。それでいて日本の学者の情報とも違う。日本の医者、科学者の配信動画を観てよく感じるのが、世界レベルでの共通認識に疎いように思う。日本の視聴者にとっては新鮮な情報でも欧米のバイオハッキング界隈では10年前のネタだったり、知識の層が全体的に薄い。自分の専門分野しか知らない。インフルエンサーになっている欧米の専門家は自分自身でポッドキャスト番組を持ちいろいろな専門家をインタビューしているので、専門分野以外のことでも一通りは把握している人が多い。筋トレの専門家であっても有酸素運動や栄養学についてもわかっている。日本の場合、腸活の専門家がオートファジーについては一切触れなかったり、ゾーン2の有酸素運動について一切触れなかったりすることが多々ある。オートファジーの専門家は逆に腸活に触れない。

 

従って、日本発の情報を発信する時は、そのギャップを穴埋めするために補足情報を追加している。

 

長さも平均20分でべらぼうに長いわけではない。インフルエンサーの動画のほうがよっぽど長い。

 

それでも伸びない。

 

なぜなのだ。

 

あの手この手を試みたが効果なし。

 

結局最高で2,8000回。2番目が2,3000回と、目標だった100,000回には至らなかった。登録者は15,000人になり、5,000増えたのだが、去年の伸びに比べると大幅に伸びたわけではない。

 

■英語での配信400本達成の裏側

せめてもの救いが英語で配信していることで、再生回数にかかわらず希少価値のある動画が溜まっていくことだ。とうとう400本。日本人で英語で配信している人の数は未だに少なく、いたとしても内容が大きく異なる。ここまでの情報量(科学的、哲学的)のものはなかなかない。日本語ではあっても、英語ではない。

 

それが唯一のモチベーションになる。誰も観てない動画をアップして何になると思うことはもちろんある。それでも、今は再生回数が少なくても、いつかどこかで、誰かのためになる可能性はある。

 

あと、毎回が英語への挑戦なのだ。勉強というか練習、挑戦といったほうがいい。今回は前回よりもっとうまく話そうと。単語自体、毎回新しい単語が出てくる。専門的な内容になればなるほど知らない単語がどんどん出てくる。こちらはかなりgeminiのお世話になっている。

 

ちなみにこれは最高の学習法だと思う。ネイティブとの会話よりもいい。ネイティブとの会話の場合、相手が途中で割り込んでくるので、言いたいことがすべて言えないうちに終わってしまうことも多い。その中途半端な状態での会話をいくらやっても表現力の精度は上がらない。ところが動画配信だと、テイク1、テイク2と積み重ねていくうちに、よりスムーズに話そうとするので精度は上がっていく。

 

とはいえ、難しいことに変わりないが。ただ適当に何かを話せばいいのではなく、メチャメチャ濃い内容のプレゼンなのだ。毎回違うネタなのでその都度覚えることが多い。同じテーマの講演を何十回やるのとは違う。週2回ペースで講演の依頼を受け、その都度違うテーマで話してくれと言われているようなもの。パワーポイントも使いまわしができない。

 

■ジャパニーズ・ジョギング・テクニックが大ブレイクか?

自分自身の健康管理は今年もうまくいった。ジャパニーズ・ジョギング・テクニックと僕が名付けたジョギング法を一番たくさんやった。月、水、金は必ず。この動画が28,000回再生の今年のトップ動画となったが、はたして視聴者がみなこれを実践しているかどうかまではわからない。でも、僕の中では有酸素運動、筋トレ、骨トレとマインドフルネスを兼ねた最適な運動法。懸垂、逆手懸垂、スプリント、ボックスジャンプの自己流HIITも火、木、土とやった。週1の36時間断食も継続。まあ、自身のバイオハッキングに関しては言うことがない。配信がこのようにうまくいってくれればいいのにな。

 

■人権擁護委員と氏子総代の2役で4足のわらじ

今年から人権擁護委員の活動が始まり、なおかつ集落の神社の氏子総代の役があたった。人権擁護委員とは、法務大臣から委嘱され、各市町村の住民の中から選ばれた民間人で、地域で人権侵害がないか見守り、人権相談に応じ、法務局と協力して被害者の救済を助け、人権思想の普及・啓発活動を行う、人権擁護のボランティアのこと。自治会長から話を持ち掛けられたので、地域の役(民生委員など)のひとつだと思って受けた。ただ、厳密には国が統括する組織のようだ。年間なんだかんだ言いながら20回ぐらい業務がある。氏子総代はもっと大変。いずれにしても、2つの役を同時にこなすことになり、かなりの時間を取られた。正直、配信が手薄になったのも事実だ。週2回の配信でも1本の動画配信に約2日半かかる。2本をほぼ5日かけて配信することになる。もちろん英会話教授の仕事もあるので、4つをジャグリングしながら回していかなければならなかった。一点集中型の僕にとっては非常に骨の折れる作業だった。

 

畑は今年1年は諦めた。絶対できないことがわかっていたので、結局植えたのは大豆だけ。それですら不充分で、草の管理もままならなかった。

 

いや、本当に大変だった。全くの初めてで覚えることも多かったので、精神的にものすごくエネルギーを費やした。特に神社関係は用語のひとつひとつがすべて初めて聞くものばかり。うちはキリスト教で神棚もなければ正月に鏡餅を飾るような習慣がなかったので、三方とか八足とか何もかもが外国語だった。しかも、置く位置、向き、運び方などすべてに決まりがあり、頭が痛くなってくる。こうした神社行事が里山生活に組み込まれていると思うと、田舎暮らしについて改めて考え直さなければならない。

 

神社に関しては思うことがいろいろあるのだが、それは以前書いたのでそちらを参照してもらいたい。

 

 

 

■神道・スピリチュアル・フェイクニュースまで

神社に関連してスピリチュアルについても少し書いておこう。2025年はスピリチュアルな転換期になると年始には僕も言っていた。蛇年ということも含めて、大きな変革がやってくると。R・F・ケネディ・ジュニアのMAHAを始めいろいろな変化が起きると。7月には大災害が起きそれを機に社会が大きく変わるとの予言がたくさんあったことも影響し、いよいよ今年は何か起きると思っていた。

 

7月には何も起きなかった。まあ、7月の予言に関してはそこまで信じていなかったので、いつものことだと受け止めることができた。1999年、2012年と予言が外れたことは初めてではない。

 

問題は、7月に限定されず、こうして12月まで来た現在、何も起きていないことだ。3度目の正直だといい加減に疑いたくなる。予言だけでなく、ここ数年占星術等で言われていた風の時代についても、疑問が湧いてくる。

 

僕にとっては、占星術も含めて、そうした目に見えない世界に対する疑問が大きく生まれた年になった。氏子総代の役があたった時、できれば引き受けたくなかったけれど引き受けたのは、2025年という特別の年だったからだ。日本の霊的伝統について学ぶいい機会になると。

 

実際、いい学びにはなった。神道がいかに日本の文化に深く根付き、慣習の多くがここから発生していることを知った。

 

そして、一通り経験してみて、自分の中でこれは違うと思った。例えば作法ひとつ取っても、神様に向かって90度の礼をしないと失礼などというものがある。そうした階級の上下があることは、僕が今まで探求してきたスピリチュアリティとはかけ離れている。様々な細かい決まりがあり、それを守らないと罰が当たるという心理構造は受け入れがたい。ユダヤ教に似ているという指摘もあるが、あそこまで細かい形式は、旧約聖書で神が古代イスラエルの民に与えた律法を思い出す。旧約聖書と新約聖書を両方読んだことのある人なら、そのエネルギーの違いがわかると思うが。もちろん、これは自分にとっての真実であり、神道の是非を問うものではない。これが正しい、間違っているなどというつもりは毛頭ない。自分とは波動が合わない。それだけのこと。そう、すべて人に寄るのだ。健康法にも合う合わないがあるのと同じように、万人全員に統一した真理という発想自体を変えなければ。

 

神棚での参拝もやめた。今の家に移ってから神棚での参拝を始めたのだが、毎月1日と15日の儀式をやめ、日々の参拝もやめた。中途半端な気持ちでお参りしても意味がない。ただ御利益があるからという理由だけで祈るのは不謹慎だ。御利益がなくなったとしても、信念に従うべきで、成功は実力で勝ち取ればいい。

 

神道だけでなく、スピリチュアルな世界全体に対して疑念のほうが大きくなった。やはり科学的に考えることが大事だと。科学に限界があることはもちろんわかっているので、部分的に見る科学ではなく、ホリスティックに捉える科学だが。ただ、何事もきちんと検証することが大事で、そうした土台なしに何かを信じるということがいかに愚かであるかを痛感した年だった。

 

ネット上の情報もそう。情報のフェイクさが明らかになった年でもある。フェイク・ニュースと信仰には似た要素がある。感情が論理を飛び越え、情報だけが独り歩きする。オールドメディアやディープステートという仮想敵を作り出し、そこと戦う同志という幻想は感情に大きく働きかける。もちろん、ではそれらに全く問題がないかと言えばそれはまた別だが、一括りにするのではなく、事実のひとつひとつをきちんと検証することが重要だ。それに気づかされた年でもあった。

 

科学というより、僕にとっては哲学だろう。宗教的な、あるいは目に見えない世界に特化されない形で愛、自由、幸福などについて探求する人生哲学。それがもともと僕が10代の頃に興味のあった分野。上からこれが真理だと与えられたものでなく、一から自分で考え、実験し、体験し、形作っていくもの。目に見えない情報よりも、目に見える現実世界で生きる人々の体験を尊重し、そこに寄り添った文化を創り出す。伝統は一旦ゼロにしたほうがいい。そう、すべての宗教は一旦なくなったほうがいい。キリスト教等の一神教だけでなく、多神教も含めたすべての霊的伝統は一旦幕を閉じたほうがいい。新しい文化が生まれるスペースをつくるために。改めてそう思った。

 

それ自体は、実際に起きたら大変革になりうるが。

 

■日本文化への回帰

今年は日本文化に関心を向けた年でもあった。映画などは洋画しか観なかったのが、今年は邦画や日本のテレビ番組をストリーミングでたくさん観た。その傾向は昨年末の『おれは男だ』に始まった。2月には『オフラインラブ』という恋リアにはまった(2周したからね。登場人物の動画もいくつか観たり)。

 

その後邦画を観まくった。

 

改めて日本の良さを知り、日本人である自分のアイデンティティを再確認した。神社神道に対する思いと矛盾しているかもしれないが、日本の文化そのものには引かれた一年だった。

 

■息子の教育(関関同立、滋賀大、海外留学)

息子も中2になり、身体はどんどん大きくなってきている。この時期は一気に成長するので小学校の頃とは雰囲気が変わった。成績はいいほうでクラスでも上位だ。今の調子で行けば高校も志望校には行けそうだ。大学に関してはまだわからない。去年は大学に行きたくないと言っていたが、今は行っても行かなくてもどちらでもよさそうだ。AIが普及した5年後では大学教育の意味も大きく変わっていると思ったので、そこを含めてgeminiに訊いてみた。すると、意外な答えが返ってきた。むしろ、大学に行く価値は高まるということだった。特に人文科学に関する勉強がAIが導き出してきた回答を判別する上で役立つと。オンラインではなく、物理的なキャンパスで人間関係をつくることも。なるほど、そういうことか。

 

その頃たまたま観た邦画の舞台が関西大学と同志社大学だったので、関関同立について調べてみた。関西における私立の名門校グループ。ついでに国立大学も。国立は京都、大阪、神戸大学が名門で、滋賀大は大きく落ちると。関関同立よりも下だと。ところが、経済学部に関しては企業からの評価は高く、関関同立よりも高いケースもあるという。

 

滋賀大には息子も多少の興味を示した。滋賀大か。滋賀大だったら一番近くていい。国立というのも財布には優しい。もっとも経済学部に行きたいかどうかはわからないが。まあ、レベルなんてどうでもいいのだが。そもそも自分の時は偏差値など一切考えずどこの大学がどのレベルかも知らなかったのだから。ただ、当時の僕と息子では成績が全然違うので、その実力相応の場所をイメージしているだけ。でもこれはもう少し将来の方向性が固まってこないと。海外の大学という手だって残っているので。

 

■2025年の豊富

来年も引き続きIkigai Bio-Hackingの普及に専念する。科学と精神性が融合したこの哲学は新しい文化になりうると思う。健康について科学的に割り出せるのと同様に、幸福や自由、平和についても科学的に導き出せるはず。エビデンスが出てくれば、誰も戦争して儲けようとか、病気にして儲けようとかできなくなるはず。その動きを先導したい。健康・長寿はいずれネタが尽きる。多くのことが解明され、最適な食事法、断食法、運動法などが確立してくるだろう。そうなると、次に向かうのは幸福だ。そして、幸福になるためには自由と平和が必要になってくる。

 

方法としては、引き続き動画制作に力を入れたい。なんだかんだ言って今のところこの方法が一番効率的だ。自宅にいながらできるという点で僕にとっては一番やりやすい。今度こそ登録者10万人を目指す。銀の盾。これが今年の目標で達成できなかったことが悔しいが、何年かかろうが到達するまで諦めない。再生回数もゼロではない。数百は確実に行くし、時々千も超える。コメントもそこそこ入り、観てくれている人は確実にいる。

 

まだまだ自分の配信方法に課題があるのだ。編集の技術をもっと覚え、AIの使い方も上達させれば、結果は変わってくるかもしれない。来年は配信計画をきちんと立てよう。ただ配信に追われていくだけでなく、編集等について学ぶ時間も確保すると。氏子総代も3月で終了するので、4月からは時間も取れるし。

 

とにかく、2026年は馬のように飛躍するぞ。

れいわ新選組の代表選が行われている。自民党の代表選は非常につまらなく一切観ていなかったが、こちらは面白い。そもそも一党だけの代表選にあそこまでメディアが騒ぐのはどうかしている。いつものことだが。

 

だったら他の政党の代表選も取り上げるべき。そして、実際に面白い。候補者が面白いのだ。

 

・衆院議員の八幡愛氏(38) ・衆院議員の阪口直人氏(62) ・党ボランティアの青柳光亮氏(49) ・高校生の篠原一騎氏(18) ・参院議員の山本太郎氏(51)

 

正直言って今回山本太郎は落選するのではないかと思えるほど、他の候補者がすごい。

 

その中でも僕が注目したのは3人。

八幡愛さん

阪口直人さん

篠原一騎さん

 

八幡さんはトークがうまく、れいわの顔になった場合、メディア露出などでかなり期待できそう。実際彼女は様々な所に出演している。ネットメディアだが、れいわ応援団以外のメディアに出ることで、全く違う層に広まっていくので、これは今後のれいわの展開を考えた上で重要。リハックにでさえも声がかかれば出ると言っている。

 

坂口直人さんは政策的に一番いいと思った。話し方も落ち着いていていい。

 

一番インパクトがあったのは、高校生の篠原一騎さん。

 

宇都宮出身なので親近感がある。栃木にいた時は勤務地が宇都宮だった。

 

18歳には思えないとてもしっかりした口調。さすがN高だけある。そう、今話題のN高。

 

彼が代表になったら半端ない。話題性としては抜群でそれこそメディアから取材が殺到するだろう。広報的に考えてこれは非常に有効だ。ただ若いというだけでなく、ほんとうに自分の考えをしっかり持っていて、それをスムーズに表現できているので、代表にならなかったとしても、今後注目される存在になるだろう。

 

僕は、今回は山本太郎さんから変わってもいいと思っている。代表から降りたところで、彼の色は出続けるし、なんだかんだいいながられいわ=山本太郎というイメージはそう簡単には消えない。

 

そこにプラスアルファして新しい顔が生まれるからだ。

 

絶対に、れいわにとってプラスになる。もっと幅広い層に広まっていく流れができる。

 

【LIVE】第2回れいわ代表選 候補者街宣!(2025年12月3日)

 

 

息子が日野祭にハマッたのは小学生5年生頃だっただろうか。祭囃子の保存会に入りお囃子の練習を始めてから数年後のこと。5月の日野祭りが終わると、日野町ではどこでも祭囃子は聞かなくなる。しかし、我が家では違った。BGMとしてYouTubeでジャズ等を流すのが定例だったのが、それが祭囃子に変わり、6月になっても、7月になっても終わらなかった。

「いい加減にこれどうにかならないの?」と言っても息子は譲らない。

「日野祭りは年に一回しかないからいいの。その時だけだからみんな盛り上がれるの」と言っても、

「毎日が祭りや」と切り返してくる。

そんなカッコイイ台詞を言われても、毎日この同じお囃子を聞かされるのは勘弁してくれ。オーガニック系に流れるのなら何となく親の影響かと思うが、祭りというのは僕も全く予想していなかった変化球だ。いや、別に悪いとは言わないよ。伝統文化を守るというのは決して悪いことではない。とはいえ、そこは僕の興味の範囲にはなく、どう思ったらいいのかわからなかった。

 

結局、BGMは一年間変わらなかった。翌年の日野祭りまで我が家では毎日祭囃子が流れた。やれやれ。

 

小学校6年生の時、町内で開かれた青少年意見発表会に出場し、何と日野祭りについての熱意を語った。大人たちからは大喝采が沸き起こった。あらゆる伝統文化が失われつつある中、それを継承したいという少年が現れたのだから。教育長からも感激の言葉が聞かされた。

 

ちょっと待ってくれ。みんな勝手に盛り上がらないでくれ。相手はたかが12歳。いつまで続くかわからない。祭りの継承には賛否両論あり、維持していく上で様々な負担が強いられることも事実で、継承=善でもないのだ。

 

ただ、そんなことは12歳の子にはわからない。だから下手な期待は持たずに、淡々と遠くから見守るぐらいのほうがいい。彼が大人になった段階でどう考えるかまで。

 

そして、おそらく中学に行ったら別のことに興味が移っている。僕はそう思っていた。今までだって、サッカー選手、ユーチューバー、料理人、たこ焼き屋と何度も変わってきているのだから。

 

そんな息子も中2になった。祭りへの興味は褪せていない。当時はお囃子の練習も月に2回、鐘だけだったのが、さらにもう1回篠笛の練習も入った。今でも祭囃子は家の中で響き渡っているが、YouTubeのではなく、直の篠笛演奏。

 

将来は日野祭りを広めたいという。

「それは仕事にならないよ」

ということでいろいろ話し合った。その結果、日野祭りを軸に、日本文化全体を体験してもらうインバウンド・ツーリズム、YouTubeやインスタグラム等での英語での情報発信(これだったら僕のサポート範囲内だし)、祭囃子をさらにクリエイティブに広げた音楽活動(実は息子は合唱部に入っていて2年連続NHKコンクールの滋賀県大会で優勝を果たしている)などのアイデアが出てきた。

 

まあ、いずれにしても、最終的にどの道に進むかはまだ先の話。

 

土曜日の夜、たまたま博士ちゃんというテレビ番組を観る機会があった。すると、何と祭りオタクの中学2年生が出てくるではないか。青森県弘前市でねぷた祭りに夢中になっている博士ちゃん。9歳の時にねぷた博士ちゃんとして出演し、その5年後を追ったドキュメント。9歳の時点ですでにねぷたの絵師としてデビューしていて、部屋はねぷた絵で埋め尽くされていた。壁はすべて、そして天井にまで。息子の完全に上を行くオタクぶり。今では篠笛も吹き、何と横笛の全国コンクールで優勝している。しかも、14歳にして自らねぷた祭りの会を立ち上げ同世代の若者が集まっている。

 

息子の目は完全にくぎ付けになった。

 

響樂會(きょうらくかい)というその団体では、京都と兵庫でイベントを予定しているようで、テレビではその会議の様子も映し出された。

 

「京都に来るんだって、いつだろ」ということで調べてみると、なんと11月21日から23日だという。

「今やん」

 

ということで、翌日の日曜日に京都に行くことになった。まあ、どうせたくさん人が来るんだろうし、例え話せたとしてもほんの1、2分だろう。

 

もっとも、今までも様々な引き寄せが働いたことはあった。喜多朗さんに会いたいと思った日の晩に富士山で喜多朗さんにお会いすることができたり、たまたま立ち寄ったシューマッハー・カレッジでばったりサティシュ・クマールさんに出会い、そのままカレッジ内を直々案内していただいたり。

 

ただ、今回働いたのは僕の引き寄せではなく、息子のだ。そもそも僕は祭りになど興味がないのだから。

 

会場に到着するや否やねぷた博士ちゃんこと菊池虎太郎君に紹介され、その後も息子はかなり話す機会に恵まれ、インスタでアドレスまで交換した。その後、主催者から打ち上げに誘われ、虎太郎君とさらにじっくり話すこととなった。テレビで見たその翌日に、友達になってしまうとは。

 

やれやれ。これでまた刺激されると、祭り熱は当分止まないだろうな。

 

 

『This Japanese Jogging Technique Will Make You 10 Years Younger』という動画が『NEW Japanese Walking Technique 4x Better Than 10,000 Steps』を超えてバズり動画になった。現時点では両方とも23K viewだが、『This Japanese Jogging Technique Will Make You 10 Years Younger』が24Kに達するのは時間の問題だろう。パフォーマンス倍率という動画のチャンネル内での成功率を観る指標では、52xで、『NEW Japanese Walking Technique 4x Better Than 10,000 Steps』の46xを超えている。これは、チャンネル内の平均的な動画に比べて、それぞれ52倍、46倍優れていることを意味している。

 

23000回は一般的にはそんなにすごい数字ではないが、僕のチェンネル内の平均が300から500回なので、チャンネル内ではすごく。ここ一年では最高だ。それ以前には99000回、80000回、50000回などを記録したものがあるが、最近ずっと伸び悩んでいたので、久しぶりのバズり動画と言える。

 

ところが、これの面白いところは、単に動画がバズったという話だけではない。Japanese Jogging Techniqueというジョギング法自体が流行るかもしれないからだ。つまり、僕の編み出したジョギング法が流行ってしまうかもしれないということ。

 

もともと、Japanese Walking Techiniqueというものが流行っていた。信州大学が開発したインターバル速歩のことだが、日本のウォーキング技法として今実践者が世界中で増えている。その流行を生み出したのがTikTokでバズったこと。その後YouTubeにも広がり、多くの人がJapanese Walking、もしくはJapanese Walking Techiniqueというキーワードを使って動画をアップした。内容はほぼ一緒で、コピーのコピーのそのまたコピーといった具合に似たような動画が次々に出てきた。

 

僕がそのことに気づいたのはブームが始まって数か月経った時だった。通常なら遅い。ただ、僕はインターバル速歩について1年前に取り上げていた。『Forget 4x4! This Workout from Nagano May Be BETTER for Over 60s』しかも、かなり詳しく僕なりのテイストで。そこで、その動画を作り直す意味で、新たに動画をつくった。『NEW Japanese Walking Technique 4x Better Than 10,000 Steps』というタイトルは、パフォーマンス倍率36xの『NEW Japanese Walking Technique 2x Better Than 10,000 Steps』になぞった形だ。もちろん、中身は僕のオリジナル。

 

これが当たった。

 

そこでその後も関連動画をつくり続けたが、バズったのは最初の1本だけだった。そこで、そろそろ別のテーマに移ろうと思った時、締めくくりに自分の有酸素運動法を紹介しようと思った。インターバル速歩は簡単で60歳以上の人に向いたとても優れた運動法だと思う。だからこそ紹介し続けた。しかし、自分自身はどうかというとそれを実践していない。より最適な方法を知っているからだ。長寿菌と呼ばれる酪酸菌を確実に増やし、72時間断食に匹敵するレベルでオートファジーを活性化し、筋トレ効果も骨への効果もさらに高い、僕の知る限り最高の有酸素運動法だ。高強度インターバル・トレーニングよりもいい。

 

ゾーン2ジョギングとインターバル速歩を組み合わせたもの。全5キロのうち、最初の2.5キロはゾーン2レベルでジョギングする。ゾーン2というのは最大心拍数の60%から70%で、走りながらも会話が多少はできる程度。楽にはできない。できることなら話したくはない。ただ、話そうと思えば話すことが可能というレベル。

 

後半の2.5キロはウォーキングとジョギングのインターバル。約3分ずつ、ゾーン1レベルのウォーキングとゾーン2レベルのジョギングを交互に行う。僕の場合5キロで約45分かかる。それを週3回行う。月、水、金と間に休息日を設けて。そして、1回だけは60分行う。僕の場合約7キロだ。

 

60分する理由は、それが72時間断食と同レベルのオートファジー活性をすると言われているからだ。

 

一定のペースでのジョギングと、インターバル・ジョギングに分けているのは、それぞれのメリットを掛け合わすことができるからだ。

 

そして後ろ向きジョギングと後ろ向きウォーキングを100メートルから200メートル含める。こうすることで膝への負担を軽減できるそうだ。また、いいバランス・トレーニングになる。

 

インターバル速歩の原理を応用しているので、Japanese Walking TechniqueならずJapanese Jogging Techniqueと呼んだのだ。

 

そして、中身も徹底的に練ってうまく作り上げた。

 

それが功を奏したのか、ヒットしたのだ。

 

パフォーマンス倍率が52xまでいったのが嬉しい。コメント数がジャパニーズ・ウォーキング動画よりも多いのも影響しているのだろう。僕自身が36xの動画を参考にしたように、誰かが真似て同様の動画をつくるかもしれない。おそらくタイトルをそのままコピーしてつくってくるだろう。でもそうなるとこの方法に言及しなければならず、僕の名前も言及することになる。Japanese walking関連の動画もみな信州大学で開発されたIWT(Interval Walking Training)と言及している。

 

もちろん、インターバル速歩ほどは普及しないと思う。より複雑な方法なので。ただ、効能が半端ないので、コアな人たちの間では広まるだろう。僕自身がここ数年かけて、様々な要素を調べながらたどり着いたもので、これ以上のものが見当たらない。あったら実践している。

 

コアな層に広まるだけで充分だ。Japanese Jogging Techniqueが入り口となり、Ikigai Bio-Hacking自体が広まっていくのだから。

 

This Japanese Jogging Technique Will Make You 10 Years Younger

 

 

 

 

 

8月15日になると必ず話題になるのが靖国神社。誰々は参拝し、誰々はしなかったなど。では、そもそも論として、参拝した人たちはみな神道を信じているのだろうか。

 

今日は巷の議論とは全く別の角度から神社について考察してみたい。

 

いや、どうしようかと思ったのだが。かなりタブーになる話だから。文化的にも、スピリチュアルという観点からも、たくさん反論が来るかもしれない。でも、非常に大事な話で、日本が生き残るためには避けては通れない話。今までこの話を誰も取り上げなかったのが不思議だ。でも、その理由もわかる。だからこそ、誰かが取り上げなければ。そして、これまた不思議な偶然なのだけれど、これを書くうえで必要な体験がもたらされた。

 

よりによって、2025年の今年、世界が変わろうとしているこのタイミングで、氏子総代の役が当たるなんて。

 

■神社は里山の中心だ

■自治会の仕事の半分は神社関係

■神社と稲作

■信仰の自由はあってないようなもの

■神社は神社庁の配下にある巨大な組織宗教だ

■神社がなくなったら過疎化は弱まる

■農業にはAIが使われるようになるのか

■神社解体こそがディープステートの陰謀?

■僕は必ずしも神社がなくなったほうがいいと思っているわけではない

■日本を守るための交換条件とは

■なぜ神社とお寺の2つがあるのか

■2025年8月15日から新しい時代が始まった

 

■神社は里山の中心だ

田舎に来るまで神社がここまで日々の生活に関与しているなど全く知らなかった。自分の氏神様がどの神社かも知らずに育ち、神社といえば一年に一度初詣に行くだけの場所だった。

 

ところが、農村集落では、各集落に神社があり、そこが集落の氏神となっている。集落の住民はみなそこの氏子であり、神社を管理し、守っている。例えば僕の住んでいる集落では、元旦祭、春の大祭、秋の大祭という年3回大きな祭り(祭りというのは神道儀式のこと)があり、毎月1日には月次祭がある。神社は決して年に一度初詣に行くだけの場所ではなく、一年を通しての関りがある。祭りの開催は集落の住人で行い、準備から片付けまですべてを担当する。持ち回りで役を担当していくのだが。氏子総代というのは氏子の代表で、そうしたことの一番の責任者だ。神社会計にも携わる。そう、神社はタダではない。祭りには神主さんに来てもらって祝詞を上げてもらうのだが、謝礼が発生する。毎月の月次祭もだ。建物が壊れた時には修繕もしなければならない。氏子たちで。場合によっては一軒百万などということもある。建物はどこも老朽化しているので、これはどこも差し迫った問題だ。つまり、神社を維持するには労力とお金がかかる。

 

■自治会の仕事の半分は神社関係

各集落には自治会があり、集落を維持するために様々な業務がある。祭りの前には必ず神社掃除があり、それ以外にも春の総出と夏の総出という集落全体の草刈りや掃除がある。他にも運動会、日待ち、地蔵盆などいろいろあるのだが、それらを取りまとめていく役員が毎年選ばれる。区長、副区長、公民館分館長、農業組合長、そして氏子総代の5役だ。ただでさえ年間いろいろやることがあるのに、役員になればさらに時間が拘束される。

 

ゆえに、誰も役員にはなりたがらない。とはいえ、人口が減少している今、該当者が少なくなっている。同じ人たちが数年に一度は何らかの役を受けて回していくのが現状だ。

 

実は、これ自体が人口減少の原因のひとつになっている。

 

そして、自治会の業務の半分が神社関係なのだ。

 

■神社と稲作

では、神社は何のためにあるのだ。もちろん、神社とは神道の聖域で、宗教的な様々な意味合いがあるのだろうが、祭り等儀式の主な目的は豊作祈願だ。つまり、農村集落において神社の役割は豊作祈願をする場所で、昔はみなが農家だったので、集落の中心的な場所としてみなされていた。

 

ところが近年農家の数は減り、我が集落でも非農家の数のほうが農家よりも多い。もちろん、氏子は農家、非農家に関わらず全員なるので、非農家も神社を守っていく。

 

当然、何のためにやっているのだという疑問は生じてくる。豊作祈願? そもそも、これって効果あるの? なら、なぜ不作の年があるのだ。祈願は毎年同じようにやっているのになぜ効かないのかと。科学的な根拠はどこにもない。科学的根拠などもともとなかったが、昔(今役員をやっているアラ還世代の親の時代)は信仰があったから科学などどうでもよかった。しかし、僕らの世代にはそこまでの信仰心はないし、これだけの労力とお金を費やすとなると、それなりの科学的根拠を求めるようになってくる。そのお金があったら肥料等に費やしたほうが効果的ではないかとか。

 

■信仰の自由はあってないようなもの

もし、信じていなかったどうなるだろう。ここで生まれた人は自動的に氏子になるので、人生のある段階で自分で選んで神道を信仰するようになったわけではない。親がそうだったから、家がそうだったから、必然的にそうなっただけだ。神道の考え方に納得がいくので自分から進んで信じるようになったわけではない。

 

中には、人生のある段階で自分で選んで宗教を信じるようになった人たちもいる。通常別の宗教だ。創価学会員など。そういう人たちの中には神社行事には携わらないことを選択している人たちもいる。

 

憲法で保障されているので、もちろん神社行事を強制することはできない。

 

日本国憲法第二十条
1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 

僕自身、実のところ、家ということでいえばキリスト教だ。父親がクリスチャンだったので。ただ、5歳の時に父が亡くなり、母親はクリスチャンではなかったので、そのまま我が家は無宗教になった。僕は現在、自分なりに信じているものがあるが、それはキリスト教でも、神道でも、仏教でもない。つまり、神道を信仰しているわけではない。が、別に神道を否定しているわけでもない。なので、集落の役として誰かがやらなければならなかったことだし、いい経験にもなると思い、引き受けた。

 

ただ、これが宗教である以上、信じるのか信じないのかははっきりさせたほうがいいと思う。氏子の一人一人が。ただ伝統だから、しきたりだからという理由で意味もわからないのにやるのはおかしな話だ。

 

2025年は真実が明るみになる年だと聞いている。建前でなく本音で生き、自分の信じる道を生きるように多くの人が転換する時だと。

 

僕としては、半年関わった段階で、神道を信じるかどうかと聞かれれば信じないほうを選ぶだろう。それは、神道のすべてを信じないということではない。神社はいわゆるレイラインと言われるようなパワースポットに建てられているのかもしれないし、祝詞などには意味のあるものもあるかもしれない。ただ、細かい儀式や作法を形式通りにやらなければならないということについては、僕がこれまで探求してきたスピリチュアリティとは異なるものだ。

 

■神社は神社庁の配下にある巨大な組織宗教だ

氏子総代を務め、少しずつ神社の組織がどういうものなのかわかってきた。自分たちの神社は神主も誰もいない小さな神社だが、神主のいるより大きな神社の管轄にあり、その神社は滋賀県神社庁の管轄にあり、滋賀県神社庁は神社本庁の管轄にある。全国8万社ある巨大な組織の一員だ。組織には様々な規則があり、それらはいつの間にか決まっていて、我々のような一氏子集団はただそれに従うだけだ。月次祭をやめたい、それ以外の儀式を簡素化したいと思っても、集落で勝手に決められることではない。あるいは、決められることなのか。

 

戦前は国家神道だったが、今では形上、民間になっている。ただ、これだけ全国規模で展開していて、しきたりの多くは戦前から続いてきている。神社本庁は日本会議の主要メンバーであると言われている。日本会議といえば安倍晋三をはじめとする自民党政治家との関係が取りざたされているが、ここが政教分離におけるグレーゾーンだ。統一教会があれだけ問題視されたのに、なぜ誰も神社本庁について騒がないのか。

 

■神社がなくなったら過疎化は弱まる

自治会の仕事の半分が神社関係だと言ったが、仮に神社がなくなった場合、自治会の仕事はかなり簡素化される。過疎化の原因は他にもいろいろあるが、リモートワークなどが普及してきた今、都市を離れて田舎で暮らそうと思えばハードルはかなり下がった。自治会が唯一の足かせだとしたら、それが簡素化されることで、移住を決意する人は増えるはず。また、地元の若者で、留まる人も増えるだろう。

 

地方の過疎化問題は日本国という国の深刻な問題で、農業人口が減り、食料自給率が下がっている原因でもある。食料自給率を上げるには、農村地域の人口を増やす、少なくとも高度成長期以前の状態に戻す必要があり、自治会の問題は死活問題だ。伝統のどうのこうのと言っていられない。このまま行ったのでは消滅する。10年後なのか、20年後なのかはわからないが、いずれは維持できなくなる。先送りにすれば先送りにするほど修復が困難になる。

 

■農業にはAIが使われるようになるのか

人口を元に戻すといっても、必ずしも昔の共同体を復活させると言っているわけではない。これからの農業は、より少人数で、ある程度集約された大規模農業になるだろう。機械化され、AIなどを駆使し、ところどころ水耕栽培やハウス栽培も導入したもの。これには賛否あるだろうが、現実的に考えて従来の集落農業には限界が来ている。例えば異常気象ひとつとっても、露地栽培だけでやっていくのはかなり無理がある。平野部なのか中山間地域なのかによって状況は異なるが、農業人口が元に戻ることは考えにくいので、必然的に規模は変わってくると思う。つまり、人口が戻ったとしても、従来型の集落共同体の形は変わることになるだろう。

 

そうなると、そもそも論として、集落の中心に神社があってという形もなさなくなるのではないか。もちろん、それでも神社が必要だと思う人たちがいて、集落のみながそれを望むのなら、そうすればいい。ただ、それをする上でも、一度ゼロにし、新たに作り直したほうがいいのではないか。ただ意味も分からずだらだら続けるのではなく、神道という宗教を信じるのか、信じないのかを各自が決められる機会を設けること。信じたとしても、家にある神棚で拝むだけではダメなのか、なぜ、神社という場所が必要なのかをもう一度考えてみるといい。

 

■神社解体こそがディープステートの陰謀?

こういうことを言うと、おまえはディープステートの手先なのかと思う人もいることだろう。神道こそ日本の魂で、日本人の力の根源だと。それを解体することで日本人の底力は弱まり、彼らにとっては好都合だと。その可能性はゼロでないと僕も思う。

 

では、日本のスピリチュアリティを壊そうとしているのはGHQやディープステートだけなのだろうか。僕には、組織宗教としての神社庁神道が、本来の霊性から日本人を遠ざけているようにも思える。

 

全国の様々な場所で多くの人がいやいや神社維持に携わっていることが集合的にどのような波動を生み出しているか。彼らが自由になり、自分が心の底から信じられることに意識を向けられるようになったら、魂にどのような変化が訪れるか。

 

■僕は必ずしも神社がなくなったほうがいいと思っているわけではない

僕だって、文化という観点では神社はあったほうがいいと思うし、神社と鎮守の森というのは日本の里山の原風景だ。スピリチュアルという観点でも神社があることでいいことはたくさんある。しかし、信仰は強制されるものではない。もちろん、誰も強制されてはいない。でも、暗黙の了解で半ば強制的になっている。結局のところ、スピリチュアリティというのは個人的なものだと思う。それが国家的なものになったり地域的なものになったりして、その構成員に半ば強制されるような状態が健全ではないと思っているだけだ。

 

神道は多神教であり、ある意味自然に即したものだと思う。しかし、聖域の場所から、建造物の建て方、祈りの作法や捧げものの捧げ方まできめ細かい決まりがあり、それが正解とされている。上から示されているもので、個々が自分でたどり着いた結論ではない。例えば神様に礼をする時は90度と決まっているが、ここには確実に上下関係が存在している。

 

■日本を守るための交換条件とは

日本を守るというスローガンは最近政治家がよく使う。国防に対しては方法論で意見が分かれるだろうが、多くの人が一致しているのは食料自給率を上げること。いざ戦争となった時、食料の輸出をストップされたらそれで終わりだからだ。実際、第2次世界大戦中、連合国は戦略としてドイツへの食料の輸出をストップした。

 

本気で食料自給率を上げようと思ったら、時代に即したものに変えなければならない。しかし、その時足かせになっているのが伝統を守ろうとする気持ち。そして、不思議なことに、日本を守ろうという人に限って伝統も守ろうとする。いや、これは保守、リベラル関係なく、伝統は守らなければならないという考えは根強く残っている。しかし、その2つは両立できない。すべては交換条件で、あることを始めたら、あることをやめなければならない。両方やろうというのは欲張りだ。欲張りというより、どっちつかずになり、結局両方とも崩壊する。

 

神社そのものに問題があるというより、昔からのしきたりを続けていることに問題がある。明らかに時代に即していないとわかりつつも変えられない仕組み。組織が大きすぎて変えられない。同じことがあらゆる分野の日本社会で起きていて、そこを変えないともう社会がもたなくなってきている。これは決して田舎だけの問題ではない。

 

食料自給率を上げるうえでも経済を成長させるうえでも、今日本で一番必要なことは、あらゆる仕組みを時代に即したものにアップデートすることだ。ここまで非科学的な国は世界的に見ても少ない。伝統にしがみついていることこそが日本を弱体化させているとは思わないのだろうか。

 

■なぜ神社とお寺の2つがあるのか

こうした矛盾のひとつが神仏融合の文化。これこそが和の精神でありと、通常は肯定的に評価されている。異質のものを受け入れられるから日本人は平和的だと。仏教が入ってきた時、敵対することなく、受け入れたと。(実際には争いもあったが)その結果どうなったかというと、両方を信仰することになった。先ほど神社の行事を執り行う労力と出費の話をしたが、あそこにはお寺は含まれていない。僕は檀家ではないので、お寺のことはよくわからないから。でも、多くの家ではそこにお寺の行事が合わさる。費用も倍になる。建物が老朽化したら各家で修繕費を出し合うといったが、お寺も同じだ。時期が重なったらそれだけで家計を大きく圧迫する。自分の家の屋根を修復するお金がなくなる。

 

では、2つやることで効果は倍になるのだろうか。神社だけにお参りした時と、お寺でもお経を唱えた時と加護には差があるのだろうか。

 

いっそのこと、神道と仏教で争い、敗者がその地域から追い出されるという歴史だったほうが楽だったのではないだろうか。

 

もちろん、信じている人はいい。神道も仏教も信じているという人は。しかし、正直信じているかどうかわからないけれど、伝統だから守らなければならないという理由だけでやっている人にとっては負担が大きすぎる。

 

すべては交換条件だといったが、伝統を維持するための出費は、別の何かを削ることで生み出される。しわ寄せがいくのは子供たちだったりする。子供たちの教育費やいろいろなことを体験するための費用が削られるのだとしたら、日本の将来は誰が守っていくというのだ。

 

なぜ、神仏融合が起きたのかわからない。古いものを手放すことができない性質がそうさせてしまったのだとしたら。実際、集落の行事には、新しいものが始まっても、古いものもそのまま残っていたりすることがよくある。

 

縮小、簡素化はできても廃止にはできない。廃止にしてしまうと何か大切なものが壊されてしまうという強迫観念がどこかで働いている。

 

■2025年8月15日から新しい時代が始まった

2025年8月15日から新しい時代が始まったという人もいる。それについては何とも言えないが、今回こうして思い切って氏子総代としての経験を書いたのは、日本人の精神性の中心にあるからこそ、逆にこれについてしっかり考えることが必要だと思ったから。正解はない。解体することがいいかどうか僕にはわからない。では、観光資源はどうなるのだという意見も出てくるだろう。すべての儀式を廃止にするのではなく、月次祭だけ廃止にするという考え方もある。それも含めてみなで考え、話し合うことが大事だ。日本人としてどうしていきたいのか。そしてこれは必ずしも国として統一しなければならない問題でもないと思う。地域ごとに異なる選択をしてもいいのではないだろうか。

参院選長かったな。3週間は少し長すぎるんじゃないかな。しかもこの暑さの中で。

 

ということで一応総括をしておこう。総括というか、主に今後に向けた僕の個人的な提案であるが。

 

■数人分の働きができる人たちが当選

■消費税廃止に向けて動きはじめる

■参政党バッシングは続く

■れいわの支持を広げるには

■オーガニック左翼

■オーガニックの背後にあるスピリチュアル

■必ずしもスピリチュアルを語れという意味ではない

■対話を増やす

 

数人分の働きができる人たちが当選

自分が投票した人が当選したので、僕としてはまず嬉しい。選挙区のほうは叶わなかったけど。

 

奥田ふみよさんが国会に行ってくれることでれいわ新選組のパワーが倍増すると思っている。長谷川ういこさんが通らなかったのは非常に残念なのだが、僕はれいわのこの獲得議席数はある程度予想していて、そうなってくると目立つ人というのがポイントになってくる。1人で数人分もの存在感を見せられる人。

 

伊勢崎さんが当選したことも大きい。戦争に向かいはじめている新たな政党構成図の中で、少数派としてそれに立ち向かう時に1人で百万馬力を出せる人は国会で貴重だ。

 

木村さんの当選も本当によかった。今回は特定枠でなく当選したわけなので、その意味は大きい。

 

3議席。2議席から1議席増やしたことになり、結果としては伸ばした。ただ、多くの人が4,5席は期待していたと思うので、そこから見ると伸び悩んでしまった感じがする。

 

それでも1人で数人分の存在感をアピールすることができる人たちが入ったことで、実際にはより多くの議席を獲得したのと同じような効果も期待できるだろう。

 

消費税廃止に向けて動きはじめる

参政党の大躍進について落ち込んでいる人は多くいると思うが、ここは切り替えて、前に向かっていく必要があると思う。所詮参議院であり、衆議院ではないのだ。参政党の掲げた政策がすぐに導入されることにはならない。そして、政策の中には導入されたほうがいいものもあるだろう。参政党も消費税廃止を積極財政で目指している。れいわがその一点で協力すれば、他の野党と交渉する上で有利になる。国債発行について詰められると神谷さんはスムーズに答えられなくなる。ならばれいわが代わりに説明してあげればいいのだ。

 

立憲は食品だけでなく全体的な消費税減税について話し合いのテーブルに乗る考えを示した。

 

れいわができるのは東京選挙区で当選したさや氏と対話すること。さや氏は三橋TVで司会を務めてきていて、三橋さんとタッグを組んでいる。参政党から当選したのだが、三橋TVの視聴者からの支持も多く得ている。そして、彼らが望んでいることは積極財政と消費税の廃止なのだ。三橋氏もその点でれいわには親和的だ。神谷さんにとって消費税は最重要事項ではないかもしれないが、さや・三橋タッグにとっては最重要事項。

 

東京選挙区で2位当選したというのは、参政党の中でも強い影響力を持つ。しかも当確がすぐ出た。

 

あと、これはれいわが関与すべきかどうかは別にして、僕が個人的に進むといいと思っている参政党の政策は、パンデミック条約に反対というもの。

 

参政党バッシングは続く

参政党バッシングは今後も続いていくと思う。でも、れいわの支持者はあまりそれに関与しないほうがいいと思う。バッシングが続く理由は、SNS上のトレンド・ネタになってしまっているから。選挙が終わると政治系ユーチューブ・チャンネルの再生回数は減る。なので彼らとしては何としてでも選挙ネタを持続させたい。兵庫県知事選が終わった後も斉藤バッシングが続いたのにはそうした要素があったと思う。参政党や神谷氏には斉藤氏以上のスキャンダルが出てきているので、それらがほっておかれることはまずないだろう。それに多くの人が選挙結果に不満を感じている。そのやるせない感情を満たすのに最高のコンテンツとなるからだ。

 

それはほっておいても勝手に起きる。だから自分たちは何もする必要がないし、しないほうがいい。バッシングをすればするほど反動を呼ぶ。選挙中は過熱するのは仕方がないと言えても、終わってからもいつまでもやっているのは印象を下げるだけで、支持を広げる効果はない。

 

れいわの支持を広げるには

では、どうすればれいわの支持が広がるかだが、ひとつは、まず消費税廃止、もしくは減税をできるだけ早く実現させること。そしてそのためには参政党と組むことも考えること。組むというのは、あくまでもその1点においてであり、他の政策で反対なものに関しては異を唱え続けてかまわない。すべてを100かゼロで判断するのではなく、是々非々で進められることが政治家の力量であり、結果的に国民のためになるのだ。

 

今回の結果は歓迎するものの、本来ならもう少し伸ばせたという部分があったのは事実だと思う。そこに真摯に向き合うことも必要。

 

要因はいろいろあったと思うのだが、僕の個人的印象で言うと、あるいは僕のような支持層に対してのアプローチで言うとひとつ言えることがある。

 

その答えは三宅洋平氏にある。彼は最終日無所属連合の応援演説に入った。都知事選の時もうつみんの応援演説に入ったので、不思議なことではない。ただ、あの時はれいわ新選組は出ていなかった。しかし、今回はれいわが出ているのにもかかわらずだ。

 

三宅洋平といえば、2013年と2016年の参院選で山本太郎とタッグを組み、選挙フェスを繰り広げた。あれで政治に興味を持った人も多くいたと思う。市民に政治参加を呼び掛けた最初の草の根ムーブメントだった。2022年の参院選でも、三宅洋平は当時のツイッターで(これもギリギリ最後になってだが)れいわの支持を表明したのだ。

 

では、今回、なぜ、れいわでなく、無所属連合だったのか。

 

この理由を突き詰めて考えることが、支持を広げることの鍵になると、僕は個人的に思っている。

 

僕にはその理由が何となくわかる。僕も同じように考えているからだ。それでも、僕は今回れいわを選び、無所属連合は選ばなかった。でも、根底には同じようなモヤモヤ感があったことは事実だ。

 

これは一言では表せない。もっと深い要素がある。深いがゆえに、ここを理解することで支持が爆発的に広がると思っている。

 

オーガニック左翼

一言で言うと、2022年の参政党の台頭に対して三宅洋平が放った一言がヒントだ。

「オーガニック右翼」

 

つまり、僕らが望んでいるのはオーガニック左翼の誕生。

 

別に左翼でなくてもいい。実は、右、左はどうでもいいのだ。1%対99%の戦いで、99%の市民側に立てるかどうかなのだ。そして、残念ながらオーガニック右翼は、多くの部分で市民側に立っているように思えない。だから、多くの人は別の選択肢を求めている。

 

反グローバルもそう。もちろん、れいわは反グロだ。ただ、その部分が思ったほどれいわを知らない人たちには伝わっていない。反ワクがそのいい例。山本太郎はワクチンを打っていないし、ワクチン接種で被害を受けた人たちの救済には熱心だ。ただ、ワクチンの裏にある医療利権の闇について、うつみんほど強く追及していない。ちなみに、無所属連合というのはみなが政策が一緒というわけではないので、これはあくまでもうつみん個人の話になるだろうが。ただ、支持者の多くがそこで支持している部分は大きいと思う。

 

別に陰謀論の話をしろと言っているのではない。科学的に、医学的に新型コロナワクチンについてきちんと調べてみればいい。そうすれば、コロナ禍のあの対応が異常であり、人権侵害であったことがわかるはず。僕自身、ワクチンに関してのスタンスはれいわとあまり変わらない。受けたい人は受ければいい。受けたくない人は受けなければいい。そして、どちらの自由も保証され、その選択によって非難されることがない。ただし、各自がその判断をする上で、正確な情報を得ていることがすべての前提にある。メリットとデメリットがきちんと共有され、その医学的な理解のもとで選べるという態勢が整っていること。そして、残念ながらその態勢は整っていなかった。(重症化対策としてワクチン接種以外の選択肢が多くあったことも含めて)

 

医療利権の闇は陰謀論でも何でもなく、少し調べればわかること。これは軍需産業や経団連を敵視するのと同じぐらい敵視しなければならない問題なので、そこへの追求の甘さが、本気で99%を1%から守ろうとしているのかへの疑念になってしまった。

 

これは共産党もそう。というかこの部分では共産党のほうがより多く信頼を失ったことだろう。

 

実は、反ワクとオーガニックはつながっていて、自然に沿って暮らしたいと思う人の多くが自然食、オーガニック農業、自然医療を好み、そこを政策に組み込んでいる参政党、無所属連合、よしりんの日本誠真会などに流れた。参政党の躍進を日本人ファーストだけで捉えると読み間違える。

 

オーガニックの背後にあるスピリチュアル

そして、その背後にはスピリチュアル・ムーブメントがある。スピリチュアル系には様々な人がいて一括りにはできないのだが、多くの人たちがトランプ流陰謀論にはまったのは事実で、スピ系インフルエンサーの何人かがCPACという、アメリカの共和党をはじめとする保守主義の活動家や政治家が出席する年に1度のスピーチ討論会、の日本での開催時に出席している。

 

全体的に保守に取り込まれてしまっている感はあると思う。

 

僕の中では、真にスピリチュアルを追求していくと必ずしもそうならないのだが。特に今年氏子総代をやり、日本における神社庁や神社の仕組みがわかってきたのだが、知れば知るほど、逆だと思う。

 

厳密には逆でもないのだが、少なくとも一旦は伝統の枠を離れなければ。

 

いずれにしてもこの層を支持につけられていないのはもったいない。なぜなら、れいわは彼らの選択肢に充分なりえると思うから。

 

必ずしもスピリチュアルを語れという意味ではない

かといってスピリチュアルを語れという意味でもない。愛や命を語ればいいのであって、それは科学をベースにしても全くかまわない。

 

あとは、希望とビジョン。未来に向けたビジョン。人の心を掴むにはそのビジョンがワクワクするものでなければならない。理屈ではなく、心に響く高揚感。

 

全体的にれいわの街宣はムービング・アウェイ・フロム型だと思う。つまり、つらい現実から逃れたいのなら、れいわを応援したほうがいいと、焦点が痛みに向けられている。そこをムービング・トワーズ型に切り替えたほうがいいと思う。れいわを応援することでこうした明るい未来がやってくるというもの。喜びに焦点を向けるのだ。

 

人間には2パターンあって、ムービング・トワーズ型とムービング・アウェイ・フロム型。喜びに向かうことでモチベーションが上がるタイプと、痛みから逃れるためにモチベーションが上がるタイプ。

 

だから、30年の不況や、貧困の話をするのはかまわない。でも、残りの半分を、ではどうやって喜びに到達するのか、あるいは、どのような喜びが待ち受けているかに触れないと、半分の人たちはついてこない。つらい現実なんて聞きたくないのだ。それよりも希望を聞きたい。夢に浸りたいのだ。だからハッピーエンドの映画に多くの人が感動する。

 

つまり、スピリチュアルでなくてもいいので、心に響く愛と希望とビジョンの話を増やすことで、雰囲気が大きく変わると思う。すでにバックグランドにはいい音楽が流れている。そこをビジョンにつなげないのはもったいない。

 

対話を増やす

スピリチュアルだけに留まらず、幅を広げていくことは衆院選で2桁狙うには不可欠。例えば先ほどのCPACには財務省解体デモ参加者なども行っている。つまり、かなりの層がその界隈にいて、保守という理由だけで無視するのはもったいない。自民党の強いところは理念にこだわらず誰とでも話ができること。そういう人たちと関わると自分までもが悪に染まってしまうというのが左派の典型的な態度だが、なぜその逆を考えようとしないのだろうか。取り込もうとかそういうことでなく、純粋に対話して、わかりあうこと。そうすることで相手側も考えが変わるかもしれない。あるいはお互いに第3の道に気づくかもしれない。

 

街宣に来てくれる人たちだけを相手にするのではなく、こちらから出向いて様々な層の人たちと交流していくことも必要だと思う。支持者の一人一人がいろいろな人たちと対話し、なぜそれぞれがその考えに至ったのかなどを理解し合う。結局のところみな世の中をよくしたいと思っているはずなので。

 

もちろん、これらはすべて1支持者としての意見に過ぎないが。