恋(歌)というものは、人生を彩る華であり、実である。これ以外に、本当の人生の華というものは、ほとんどないとも言えるのである。
故に、一つ一つの恋歌を大切にして、それに道をつけてゆき、芸術へと昇華していって頂きたい。色とりどりの恋歌物語を、現代の源氏物語として表現し、創造していって頂きたい。
恋歌ほど普遍的に人々の心を共鳴させるものはないのであり、それは、万葉集、源氏物語、和泉式部日記などから続くものであるのである。
例えば、若山牧水の恋歌であっても、まさしく「ミューズの祈り」である。恋歌こそが若山牧水の本質、中核にあるのであって、それ以上の芸術は少ないとも言えるのである。
俵万智女史の云うように、源氏物語と若山牧水は、恋歌を語り継ぐのである。
源氏物語の如く、恋歌の良し悪しによって、その恋も色々なものとなるのである。また、恋歌自体も、相手によって違ってくるのである。その使い分けがなされるのである。
歌人というものは、行かずして知るものである。言葉によって、恋心を遂げるものである。ただ歌を創るだけで、恋を成就させてゆくものである。
一日一日、恋歌を創れば、それだけエロスの神々と共にあるということである。それだけ美と芸術のミューズに近いということである。
永遠普遍の美の結晶こそ、恋歌の本質である。一人一人の個性の中に、無限の美の華が咲いてゆき、永遠に遺ってゆくのである。
天川貴之
(JDR総合研究所・代表)