自己の人生の中に散りばめられた宝石を一つ一つ発見して、自伝小説にすると、それはルソーの「告白」の如き小説になる。
真なる告白小説というものは、万人の心に響く人生讃歌であり、多くの人々の人生の糧となるものである。
それは、平凡な人から、偉人・天才に到るまで、真なる告白は、真なる芸術ともなりうるものであるのである。
また、日々の日記の連続は、「自省録」として、自伝文学となりうるものである。一行一行の日々の魂の記録は、哲学的小説でもあり、さらには、一大芸術作品ともなりうるものなのである。
このように、J・J・ルソーの「告白」や、マルクス・アウレリウスの「自省録」は、その一行一行が、魂の理念であり、天命の声である。その一行一行が、偉人の、天才の魂の声なのである。
真に善く生きることこそが哲学の本分であり、また、芸術家・小説家の本分でもあるが、さらに、美しく生きることもまた、芸術家・小説家の本分である。
美学に志すことこそが、芸術家・小説家の真なる天命であり、美学を創造することこそが、芸術家・小説家の主たる使命なのである。
人生哲学の中の一大分野は、この美学である。故に、美学の構築こそが、哲学者の主たる本分の一つなのである。そのために、数多くの小説が役に立つのである。
天川貴之
(JDR総合研究所・代表)