風雲急を告げる。
気候、株価、戦争、資源…、
すべての価値観が変動をきたし、
人類滅亡へと警告を告げている中、
一方で、大谷翔平の
人類史上初という偉業の両輪、
これは正負のエネルギー、正邪の混沌が
もはや極みに達していると分析するのが
正であり道理であるのかとも思われます。
そしてこの時期、まさにこの瞬間、
余命宣告を受けていた一人のジィさんが、
70歳の誕生日を迎えていたという事態は、
僕にとって、せっかく一人で、
人類史上稀にみる達成感というか、
人類史上稀にみる満足感を以て、
孤高気どりで死んで逝けると思っていたのに、
その時期が人類滅亡と重なってしまったのでは、
どうにも僕の価値観が切迫を帯びているような、
僕の死生観が揺るがされているという危機的、
侵略を受けているようで、あまり爽快とはいえぬような、
せっかく辿り着いた極地に、同伴を迫られているようで、
なんともせつない、やるせない情動を
掻き立てられている事態とも重複させられているような、
そうでもないかのようにも
思われなくもないのかも知れません。
「戦争の目的は平和であり、忙事の目的は閑暇である。」
(アリストテレス「政治学」)
だからといって、
平和のための戦争などが
許されるわけでもなく、
あくまでも、
平和を希求する手段の一つが
戦争であるのだとしたら、
その手段が間違っているか、
その手段以外の選択肢を人類が
見出すことができないという無知を
改めることが先決であると考えます。
はたまた、忙しく働く事は自分の時間を
捻出するという目的ではあるけれど、
だからといって、
その時間を有意義に過ごすのか否かは、
個人と社会にとって、
まるっきりの自由というわけでもなく、
個人的な閑暇でさえ、どのように過ごすのかは、
個人と社会にとっては
大問題とされるべき事柄であるとも
思われなくもないのです。
「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」
(サルトル「方法の問題」)
一庶民が戦争を起こしたくても、
戦争を起こすほどの資産もないから、
一庶民の力で戦争を起こすのは
不可能であり、そもそもまともな一庶民は、
戦争を起こしたいとも思わないし、
戦争を起こしたところで一庶民には、
何の利益もないし、一庶民はまともであるから、
戦争の悲惨さも醜さも、戦争は悪いことだという
善悪の区別もしっかりと理解している。
コラム・インテリジェンス
「ランダム・ノート39」
https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12692813433.html
富裕層は
ろくなことは考えない。
ろくなことは考えないから
富裕層になった。
自分の富裕分が誰かの損益に
基づいているまたはつながっている
などという良心の呵責とは無縁であるから、
富裕層に留まり続けられるとも
考えられるような気も
しないでもないのです。
「平和は戦争よりははるかに尊いものである。」
(アイスキネス「西洋古典名言名句集」京都大学学術出版会)