コラム・インテリジェンス -17ページ目

コラム・インテリジェンス

透き通るような心が…ほしい…。

はてさて…確定申告が

終わった人も、そうでない人も、

この期間だけは、税について、

国の在り方について、なにかしら

考えずにはいられない時間であったと

思わずにもいられないのかとも考えられます。

 

はてさて…そこで、このブログ

「コラム・インテリジェンス」を

しっかりと読んで下さるかたも、そうでないかたも、

 

一日の内の数分は、知的時間に浸れる、あるいは、

一日の内で数分は、知的時間を持たせられる

時間であったりなかったりもするようです。

 

確定申告によって、税とか国の

あり方にふれる機会を持ち、

そこを探索してみるのも、

「コラム・インテリジェンス」によって、

知のアリカを探求してみるのも、

どちらも確実に有意義な時間であると

考えられざるも得ぬような気も

しないでもないのです。

 

一日数分のこの時間が、

一日数分のこの時間によって、

 

みなさんが知性の灯りに呼び覚まされたり、

みなさんの知的本能が呼び覚まされたり、

みなさんの知的度数を示すスケールが上がったり、

向上することを願って、今日も今日とて、

 

このコラムを書かせていただいているような、

そうでもないのかも知れないような…そうな…ような。

 

「文学や哲学を輸入すると、ニーチェやサルトルの無神論が、その前提となったキリスト教よりも強烈なインパクトを持って入ってきた。」

(「キリスト教入門」講談社学術文庫)

 

ココの読者はココで、もうすでに

ニーチェもサルトルも、嫌というほど、

学習なさったことと思われます。

 

事実、ココの検索枠で、

ニーチェ、サルトルなどそれぞれ

入力しようものなら、それこそ、

けっこうな数の関連コラムが

検出されてくるそうなのです…そうな。。。

 

「多くの日本人はキリスト教のことを一度も知らぬままにキリスト教を卒業してしまったと言っていい。」

(「キリスト教入門」講談社学術文庫)

 

多くの日本人は、

キリスト教にかぎらず、

文学も哲学も美術も芸術も、

倫理も論理さえも知らぬままに、

ソフィア(叡智、智慧)を

卒業してしまったと

言ってもいいのかも知れません。

 

あるいは、キリスト教も文学も、

哲学も芸術も、知らずにソフィアを、

卒業したと思い込んでしまっている

と言ってもいいのかも知れません。

 

「そのアメリカ文化のルーツにあるヨーロッパ文化とキリスト教とがいかに密接につながっているかを実感した。」

(「キリスト教入門」講談社学術文庫)

 

我々は無意識に我々の文化の

源流を欧米から引き受けているようです。

 

その源流のさらに源流、

我々の根っこと思われる思想、我々の文化の

源流を探ってみることも、今現在の自分を

知るうえでのキー・ポイントとなってくるような

気もしないでもないのです。

 

海外に出てみると、必ずと言っていいほど

英語圏の国々の文化の奥底には、

キリスト教の思想、知識が

驚くほど反映されていることに、

気づかされずにはいられないのです。

 

「ローマ帝国を経由した西方教会が今日のヨーロッパ文化のルーツになり、アングロサクソンの英米文化につながり、英米文化が現代文明のスタンダードになってしまったことも事実だ。」

(「キリスト教入門」講談社学術文庫)

 

この英米文化のルーツさえ

知らない現代日本人の多さには

驚かされるようです。

 

自分たちの思想、文化のスタンダードが、

どこにあるのかさえ知らないようでは、

そもそも自分が何者であるのかさえ、

わからなくなってしまうのも

アタリマエといえば至極アタリマエの

状態であるといえるようにも考えられるのです。

 

「ハンマーで頭を複数回殴った殺人未遂の疑い 騒音トラブルか 41歳の男『殺すつもりはありませんでした』」

(FBS福岡放送)

https://news.yahoo.co.jp/articles/41e58d44b15bd344d62364d4ae3660f4a0b1452b

 

さらには

「相手の人を

傷つけるつもりもありませんでした」

とのこと。

 

40代の男が

70代のジィさんに

ハンマーという凶器をもって

対峙しようとすること自体が情けない。

 

ましてやハンマー片手に、

「殺す気も傷つける気も」云々なとどは、

呆れた言い分であるとも思われます。

 

そもそも他者との対峙対話に

ハンマーをもってしてという行為も

尋常ではないようです。

 

相手と話し合いたいのなら、

ハンマーなどもたずに対峙したほうが、

相手のかたの対応も、

それなりに期待できるのではないかと

考えられなくもないのです。

 

どこの世界に

ハンマーだ機関銃だピストルだの武器を

もった人間と友好的に

なりたいなどと思う人間がいると思うのか。

 

どこの世界に、ハンマーだのバット、

のこぎりだのナイフだのをもった人間が、

自分に愛を告白しようとしているとでも思うのか、

はなはだ疑わしいものであるとも

考えられなくもないのです。

 

どこの世界に、ハンマーをもった男が、

自分に愛を告白したとしても、

それを純粋で崇高な愛の告白であるなどと

考えてくれる女子がいるのか。

それは皆無に近いとも思われなくもないのです。

 

セールスでもビジネスでも、

ましてや愛の告白時などには、ハンマーを

持ち込んではいけない。

 

その程度の男が、やがては、史上最高、

史上最愛と思われる人に、指輪と間違えて、

ハンマー片手にプロポーズなどという愚業を

起こしかねないような気も

しないでもないのです。

 

僕はそれがとても心配で、いつか、どこかで、

友達との待ち合わせに、ハンマーをもって、

交通機関に乗り込む人々が、

日常化するのではないかと、心配で、

最近では夜も安心して眠ることができずに、

朝も昼も安心しきって、

居眠りをしてばっかりであるような日々を、

楽しませて、もとい、間違い、

苦悩に満ちて、過ごさせていただいているような

次第であったりなかったり、なんなら、

あってもなくても、どうでもよいような日々を

おくらせていただいているようにも

思われるような気もしないでもないのかも知れません。

 

〔参議院議員の任期の経過的特例〕

第百二条 この憲法による第一期の参議院議員のうち、その半数の者の任期は、これを三年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。

 

そもそもこの憲法を、法律を

定めた人は誰なのか。

明確な確定解は得られないようですが、

偉そうに、威張って、

「これを定める」などと謳うこと自体、

よっぽど傲慢で、その傲慢さゆえに臆病で、

その名をあげることさえ

ためらわれたのかも知れません。

 

第百三条 この憲法施行の際現に在職する国務大臣、衆議院議員及び裁判官並びにその他の公務員で、その地位に相応する地位がこの憲法で認められてゐる者は、法律で特別の定をした場合を除いては、この憲法施行のため、当然にはその地位を失ふことはない。但し、この憲法によつて、後任者が選挙又は任命されたときは、当然その地位を失ふ。

 

句読点が間違っているようです。

文言も曖昧で分り難い。

誰かを庇って、それでも国民の支持を

得ようとしている法律を

作成しようとすることに

矛盾や理不尽があったのだろうなぁと

いうことだけが、後味として残る書物で

あるといえるような、そうでもないような、

いや、やはりここは、断固として、

この憲法に批判的な立場で臨みたかったような、

そうでもないような気もしないでもないのでした。

 

「生活保護の申請者や受給者への乱暴な言葉遣いや態度など不適切な窓口業務の概要などが報告された。」(読売新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/5fd028ec8de48be4804a781bd1f1b9197f99a007

 

市区町村の職員に限らず、

最近の20代~40代、

なんなら50~60代の中でもおバカな

窓口および接客、販売、対応業務の

人たちの言葉遣い態度などの

粗悪化が目立っているようです。

 

「生活保護申請に後ろ向きな職員の態度を指摘する声が多く寄せられた。」

(同読売新聞)

 

生活保護どころか、仕事として、

税金や対価を貰っておきながら、

その職務である対人対応業務において、

粗雑で粗悪、丁寧語が使えない、

などといった基本的スキルも持たずに、

相手を敬うとか、相手を大切にするとかいった

人間としての基本的スキル、基本的人権の

意味合いさえ理解できていない低能なる

おバカも増え続けているようです。

 

自分の業務が何であるのか、

自分の貰える給金は、どこから

どう回りまわって、自分の懐に

転がり込んできているのか、

そこのところもわかっていない、

考えたこともない、といった手合いが、

多く出現しているようにも

見受けられるようです。

 

「職員が高飛車な態度で対応していた。」

(同読売新聞)

 

自分が個人として、

個である自分が、

どれだけの者であるのか。

 

人は誰でも助け合いながら、

人は誰でも支え合いながら、

生きているという事実を認識、

認知、看過してしまっている人々が、

増殖しているという現実に

ほかならないとも考えざるも得ぬとも

思われなくもないようです。

 

一時はカスハラ、パワハラだと

騒がれた時代、同時代に今度は、

ハラスメントを受けた側の、あるいは

ハラスメントを受けたと

主張していた側の粗悪化が

露呈してしまったという構図。

 

虐められていると主張していた人々が、

実はとんでもなく粗悪で、

人間的に人間として未完成であるような、

人を人と思わないような下劣で卑怯な

人たちであったということなのでしょうか。

 

虐められていると主張している人が、

実は虐めている側の人間であった

という構図が浮き彫りにされたわけです、

というような、なのかも知れません…そうな…。

 

僕は以前から、その部分を、

ココで述べさせていただいていましたが、

やはり、悲しいことにそれが現実

であったということなのかも知れません。

 

第十一章 補則

〔施行期日と施行前の準備行為〕

第百条 この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。

2 この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続並びにこの憲法を施行するために必要な準備手続は、前項の期日よりも前に、これを行ふことができる。

 

100条です。

我々はついに最高法規である憲法を

103条分の100条まで

学習、研鑽、検証してきたわけです。

 

今から80年近く前、

日本が第二次世界大戦において

日本が敗戦国となった途端に、

アメリカ諸外国の利権を踏まえた上での、

日本国国民の人権尊重を謳った

最高法規と呼ばれる現、憲法が

施行されたそうな…。

 

国民を守るためと言っているようで、

実は国民が選んだ国会議員の立場を

明確にするためであったと

考えられるような気もしないでもないのです。

 

これは、国民を守るためには、

国民が選んだ国会議員の意見を

優先することで、それすなわち

国民を重視して国民を守ることに

つながると確信、勘違いしていたようにも

思われなくもないのです。

 

なぜなら国民が

騙されて選んでしまった極悪人が、

あるいは国民が無知ゆえに

選んでしまった人間性の低い人間が、

今日の日本社会のような最悪を

作り出してしまった、あるいは

作りだし続けているとも

考えられなくもないとも思われるような

気もしないでもないからなのですと、

ような…そうな…ような気も…。

 

〔参議院成立前の国会〕

第百一条 この憲法施行の際、参議院がまだ成立してゐないときは、その成立するまでの間、衆議院は、国会としての権限を行ふ。

 

この憲法の土台となった

明治帝国日本憲法の権力者たちの、

影響が残った法律であるといってもいいような

憲法であると推察される一文であり、

その証拠ともいえるような文言であるような

気も…ような…しないでも…そうな。