会えば会うほど
好きになるという法則も
あったけど、
会わない分だけ愛しさが
募るという法則もあるようです。
事々左様に物事は、
ある種の法則で賄えるほど
単純ではない
ということなのかも知れません。
ココに何度も書かせて頂いている
僕の好きな大谷翔平と朝倉未来、
彼らのことを思うと、
前述のような法則が思い浮かんだり、
そうでもなかったりなのかも知れません。
「不正を嫌うのは、アレクサンドロスの性格だった。だが彼は、不正ぐらい、帝国を統治するうえでの敵はない、とも思っていたのである。
不正行為が明らかになった人々の中には、ギリシアまで逃げたが、アレクサンドロスが送った追手によって殺された。」
(「ギリシア人の物語Ⅲ新しき力
『アレクサンダー大王』」塩野七生)
死刑廃止とか、
不正の罪が軽くなってきたのは、
いつの時代のころからだったのか、
「罪を憎んで人を憎まず」
などという御託が、
宗教だとか聖書だとか孔子孟子だとか
挙句の果てには板垣退助だとか、
まことしやかに語り継がれ、
その、発言者もはっきりとしない御託に
重きをおいて伝わり続けている愚か者の
愚か者たちによる伝聞根拠により、
アレクサンドロスも決行していた正義が、
崩れ去って、幾時代もまかり通ってしまった
というのが、情けなくも愚か過ぎる、
人類史の真実であるようにも思われます。
「少年時代のアレクサンドロスとヘーファイスティオンの教師であったアリストテレスは、この二人を評して言ったという。
『一つの心が二つの肉体に分かれただけ』と。」
(「ギリシア人の物語Ⅲ新しき力『アレクサンダー大王』」塩野七生)
インテリジェンシーな
ココの読者は、
ゲーテ詩集のなかの
「銀杏の葉」という詩を
思い浮かべられたかたも
いらっしゃるのかとも思われます。
人は、
その人といると、
すべてを忘れ、
自分が自分であることの
歓びを実感し、そしてそれは
まるで初めての経験であり、
二度と味わうことのできぬ
状態でもあると、
強く確信してしまうようです。
「・・・・・
これはもともと一枚の葉が
裂かれて二枚になったのでしょうか?
それとも
二枚の葉が相手を見つけて
一枚になったのでしょうか・・・・・?」
(「銀杏の葉」ゲーテ
西東詩集[ズライカの書]より)
「森の愛麗瑤習帖5」