アレクサンドリア24 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

 会えば会うほど

 好きになるという法則も

 あったけど、

 会わない分だけ愛しさが

 募るという法則もあるようです。

 

 事々左様に物事は、

 ある種の法則で賄えるほど

 単純ではない

 ということなのかも知れません。

 

 ココに何度も書かせて頂いている

 僕の好きな大谷翔平と朝倉未来、

 彼らのことを思うと、

 前述のような法則が思い浮かんだり、

 そうでもなかったりなのかも知れません。

 

「不正を嫌うのは、アレクサンドロスの性格だった。だが彼は、不正ぐらい、帝国を統治するうえでの敵はない、とも思っていたのである。

 不正行為が明らかになった人々の中には、ギリシアまで逃げたが、アレクサンドロスが送った追手によって殺された。」

(「ギリシア人の物語Ⅲ新しき力

『アレクサンダー大王』」塩野七生)

 

死刑廃止とか、

不正の罪が軽くなってきたのは、

いつの時代のころからだったのか、

 

「罪を憎んで人を憎まず」

などという御託が、

 

 宗教だとか聖書だとか孔子孟子だとか

 挙句の果てには板垣退助だとか、

 まことしやかに語り継がれ、

 

 その、発言者もはっきりとしない御託に

 重きをおいて伝わり続けている愚か者の

 愚か者たちによる伝聞根拠により、

 

 アレクサンドロスも決行していた正義が、

 崩れ去って、幾時代もまかり通ってしまった

 というのが、情けなくも愚か過ぎる、

 人類史の真実であるようにも思われます。

 

「少年時代のアレクサンドロスとヘーファイスティオンの教師であったアリストテレスは、この二人を評して言ったという。

『一つの心が二つの肉体に分かれただけ』と。」

(「ギリシア人の物語Ⅲ新しき力『アレクサンダー大王』」塩野七生)

 

 インテリジェンシーな

 ココの読者は、

 ゲーテ詩集のなかの

 「銀杏の葉」という詩を

 思い浮かべられたかたも

 いらっしゃるのかとも思われます。

 

 人は、

 その人といると、

 すべてを忘れ、

 自分が自分であることの

 歓びを実感し、そしてそれは

 まるで初めての経験であり、

 二度と味わうことのできぬ

 状態でもあると、 

 強く確信してしまうようです。

 

「・・・・・

 これはもともと一枚の葉が 

 裂かれて二枚になったのでしょうか?

 それとも 

 二枚の葉が相手を見つけて

 一枚になったのでしょうか・・・・・?」

 

(「銀杏の葉」ゲーテ

  西東詩集[ズライカの書]より)

 

「森の愛麗瑤習帖5」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12009240474.html