「人が自分でものを考えないから、つまり哲学のことを侮っているから、世の中は悪くなる一方なのだ。」
(「考える日々」池田晶子)
自分の頭で考えないから、
賢者のいう正義と
悪玉のいう正義の区別がつかない。
結果、
何が正義で何が悪であるのかの判別を
自分自身で下すことができない。
結果、
偽善者・虚飾者に流されてしまう。
結果、
自分が何者であるのか、自分が何のために
生きているのかさえ分からなくなってしまうのかも知れません。
「不満がこの世紀に湧いて離れぬのはなぜかというなら、それはまさしく私たちが最も基本的な人間の生得権、すなわち自分にかかわるすべてについて自分で考え出した意見を持つということを、見失いかけているからなのだ。」
(「アリストス」ファウルズ)
「アリストス1」
https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12534119814.html
読書家同士はときに同じ流れの
源流を共有する場合もあるが、
貧者のそれはまさに十人十色、
彼らの人生そのもののようにも思われます。
「きちんと考えないからこそ、ぐずぐず悩むのである。」
(「考える日々」池田晶子)
お悩み相談を受けると、
冷静に、論理的に、倫理的に、哲学的に、
社会的に、世間的に、将来的に、を考えるのなら、
悩むほどのこともなく、悩んでいる場合でもないような
御相談事に遭遇する場合も多いのかとも思われます。
「変わったのは、日本の経済情勢と、哲学に対する人々の態度、そっちのほうであって、私は、少しも、変わっていない。少しも動かず、ココに居る。今さら哲学に色目使っても遅いわい。と、思わなくもない。そんなもの、一朝一夕で取って付けて、取って付けられるわけがない。」
(「考える日々」池田晶子)
哲学に限らず何ごとも、
必要としたときに一朝一夕で
モノにすることなどできるものではない。
そこで、普段から、日常から、
あらゆる場面、
あらゆる状況を想定するなら、
この世に不必要な学問・経験などはない
ということに気付くはずであるようにも考えられるのです。
「哲学は子供のおもちゃではないのである。そして、子供のおもちゃではないからこそ、それによって広く社会の統御も可能となるし、うんとやがては、人類が自分を超出するための機縁とも成り得るのである。」
(「考える日々」池田晶子)
人類が自分を超出するといえば、
ニーチェであろうと思われます。
「シルス マリアの超人」
https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12534120013.html
「私は遥か上空の『超人』へと引っ張られるからである。」
「ツァラトゥストラ15」
https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12673787057.html