「ロンドンの大英博物館本部に、レオナルド・ダ・ヴィンチが幾何学の問題について記した一葉の覚書が残っている。
最晩年の覚書の一つで、おそらく彼の死の前年1518年に書かれたものだ。テキストは『等々』という一文字によって唐突に中断されている。
それに続く最後の一文は解法に対する記述の続きのように見えるが、実はそこに書かれているのは、『スープが冷めてしまうから』である。
そのためだけに、執筆を中断したのだ。」
───チャールズ・ニコル)
ダ・ヴィンチの性格とか人柄が読み取れる一文であるかとも思われます。
ダ・ヴィンチはスープに限らず、
己の決めたルール、己の決めたスケジュールには固執する確固たる信念の人であったとも推察される一文でもあるようにも思われるのです。
「幾何学研究の無味乾燥な抽象性のただなかに、突然、何気ない日常的な人間性の瞬間が闖入(ちんにゅう)してくる。
机に向かって熱心に書きものをしている一人の老人の姿が目に浮かぶ。一方、隣室ではスープの鍋がさかんに湯気をたてている。多分、野菜スープだ。調理していたのは彼の家の家政婦マチュリーヌだろう。
ダ・ヴィンチは間もなく彼女に上質な黒い毛皮の外套を遺贈している。
『スープが冷めますよ』とマチュリーヌが声をかけた。ダ・ヴィンチはもう少しだけ書き続け、『スープが冷めてしまうから』と記したところでペンを置く。」
───チャールズ・ニコル)
ダ・ヴィンチの気さくで飾り気のない性格と、それゆえに使用人
である家政婦との関係も微笑ましくも良好であったとも思われる
一葉でもあるのかとも思われました。
「この一幕には、ある種の不吉なニュアンスもある。レオナルドはのちに再びこの覚書の続きに取り組むことはなかった。
このことから、『スープ』による偶然の中断は、間もなく訪れる最終的な中断の前兆だったとも見えるのである。
この、さして重要なものとも思われない一葉の覚書は、レオナルドの『最後の論述』、もう一つの『未完の計画』とも呼べるのかも知れない。
彼が全生涯を傾けた探索と証明の偉大な企ては、
食事の時間だから、というこの一行の走り書きのジョークとともに、ぶっつりと幕を引いたのだった。」
(「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯──飛翔する精神の軌跡」
───チャールズ・ニコル)
誰もが、愚か者の僕でさえ経験のある事柄。
大事な物事の思考中あるいは論談中に、ふと何の関係もない事柄が思い浮かんでしまう。僕はその時、目前の事柄と閃いた事柄の優先順位を咄嗟に判断し、今この場でそのことを発言するべきか否かを決定しています。
が、世紀の大天才と称されるダ・ヴィンチ。
彼がどのような意図で「スープ」を持ち出したのかどうかは、「世紀の天才」以外に誰も知る余地もないようにも思われなくもないのです。
「このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、
実は最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。」
(「絵画論」レオナルド・ダ・ヴィンチ)
「不幸な人は勝者になれる」
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