美知武習録170(ニーチェ) | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「自分自身を見つけたい人に」(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
人の揚げ足を取るのが得意なニーチェの真骨頂。
ニーチェはショーペンハウアーに対しても、上から目線で評論しているようです。
 
「自分がどういう者であるか理解したい人は、次のような問いを自分に向け、真摯に答えてみればいい。」(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
「自分を知ることから始めよう」(ニーチェ「曙光」)
コラム・インテリジェンス「美知武習録164(ニーチェ)」

愚かで還暦なオジさんがニーチェの設問に応えてみました。
 
「これまで自分が真実に愛したものは何であったか?」(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
中学2年生のときに、初めて交際し、初めての体験をした相手の女性です。
 
「自分の魂を高みに上げたものが何であったか?」(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
初めての交際相手に「好かれたい」
「尊敬されるような人間になる」「彼女が誇れるような男になって見せる」の意気込みが、
僕を進化させ向上へと導いてくれていたようにも思われます。

が、結果は御存じのとおり。
彼女の力を持ってしても、僕を進化させ向上させることは出来なかったのかも知れません。
 
「これまでにどういうものに自分は夢中になったか?」(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
社会人以前──学問、スポーツ、武道、ケンカ、異性交遊・・・
社会人以降──仕事、家庭、著名人との交友(含仕事)、個人的夜遊び(含不倫)・・・
 
「これらの問いに答えた時、自分の本質が明らかになるだろう。それがあなた自身だ。」
(ニーチェ「ショーペンハウアー」)
 
僕の本質はどうしようもない男であるようです。
・・・情けない。
 
それにしてもニーチェはショーペンハウアーの思考さえ、稚拙なものとして見下げているような、「そんなことは簡単だよ」とでも云わんばかりの上から目線。
 
ニーチェだから許されること。
あらためて、ニーチェは、存命時はともかく、死後は超賢人の名をほしいままにした人物であるとも思われます。
 
僕は、存命時も死後も、由緒正しき愚か者という本質を痛感させられました。
コラム・インテリジェンス「由緒正しき愚連隊」

自分の情けなさを痛感するために書いたようなブログになってしまいました。
「書かなきゃよかった」とも思ったのですが、
それでも「書いちゃったものはそのままでも良い」という怠慢な姿勢が、
さらに僕を落ち込ませてしまったようです。

こんなにも愚かで還暦なオジさんにお付き合いいただき
誠に感謝申し上げます。 ありがとうございます。