昇天3 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「何もそこに笑うべき正当の対象のないのに笑うというのが不合理な事であり、医者に対して失礼はもちろんはなはだ恥ずべき事だという事は子供の私にもよくわかっていた。そばにすわっている両親の手前も気の毒であった。それでなるべく我慢しようと思って、くちびるを強くかんだり、こっそり膝をつねったりするが、目から涙は出てもこの「理由なき笑い」はなかなかそれくらいの事では止まらなかった。」(寺田寅彦「笑い」)


ジェームズ・ディーンに「理由なき反抗」という映画がありました。

「理由なき反抗」「理由なき笑い」は存外、根深いものを秘めている可能性があるのかもしれません。

「理由なき反抗」がそうであったように「理由なき絆創膏」も、存外根深い深層を含んでいるような気がしてならないのです。


「理由なき」と思われているものこそ、大いなる理由を秘めている場合も多いのかも知れません。


「そのような努力の結果はかえって防ごうとする感じを強めるような効果があった。ところが医者のほうは案外いつも平気でいっしょに笑ってくれたりする。そうすると、もう手離しで笑ってもいいという安心を感じると同時に、笑いたい感覚はすうと一時に消滅してしまうのである。」(寺田寅彦「笑い」)


仲間内では爆笑に包まれている時でも、そこに他者が加わり、他者も笑いに同調してくれた瞬間、笑いが笑いでなくなってしまう場合もあるようです。

その時、「笑い」は笑いではなく「気まずい」に変化してしまうのかも知れません。


「胸部の皮膚にさわられるのが直接にくすぐったい感覚を起こさせるので、それが原因かと思われない事もないが、実はそうではなくて、それよりはむしろ息を吸い込もうとする努力と密接な関係のある事が自分でよくわかる。」(寺田寅彦「笑い」)


僕は何でもないときでも、息を深く吸い込むと笑いたくなってしまう時があります。

僕は寅彦以上にケッタイな人間なのかも知れません。


「腹部をもんだりする時には実際かえってそう笑いたくならなかった。」(寺田寅彦「笑い」)


僕は腹部をもまれれば、完璧に笑いたくなってしまいます。

実際の診療でも、腹部を触られただけで「エヘヘッ」という声が漏れたりしてしまうこともしばしばなのです。


「かかりつけの医者に診てもらう場合には、それほど困らなかったが、始めての医者などだと、もう見てもらう前からこれが苦になっていた。」(寺田寅彦「笑い」)


普段は「愛想のないヤツ」とか「とっつき難い人」とか言われているのに、一度でも話したことのある人は、それ以後、僕の顔を見た途端に笑い出す人までいる。

僕はこれを「失礼ではないか」と憤慨していたのですが、「話し始める前はコワイけど、話し出すといつもニヤニヤしているので、こちらもつられてしまう」という話を聞いて妙に納得してしまった記憶があります。

これなどは寅彦の受診状況に似ているのかも知れないとも思われたのですが、僕の場合は相手に対する興味が、まるで珍しいものでも見るときの子供のような稚拙な感情から起きている事が自分でよくわかるのでした。


「気にすればするほどかえって結果は悪かった。そばに母でもいてこの癖をなるべく早く説明してもらうよりほかなかった。それを説明してもらいさえすらば、もう決して笑わなくてもいい事になった。『男というものはそうむやみになんでもない事を笑うものではない』というような事を常に父から教えられ自分でもそう思っていた。いわんやなんら笑うべき正当の理由のないのに笑うという事は許すべからざる不倫なこととしか思われなかった。」(寺田寅彦「わらい」)


このくだりは寺彦のアタリマエの親子関係が含まれているとも思われるので、アタリマエの親子関係に縁のなかった僕には理解しがたい。

が、「理由なき笑い」が不倫なことであるのなら、「理由なき不倫」は正当なことであったのかと問われれば、これは僕にもまんざら縁のないものでもなかったので、どちらも否と応えるしかない立場でもあるのかも知れません。


コラム・インテリジェンス「キサナドゥの伝説」