荷台の隅でウィルが調合を始めた。このまま任せておけば強力な薬剤が出来るだろう。
ふと、隣のレインをみる。
緩く吹く風に髪を抑えながら、口ずさんでいる。
「お。良い歌だな」
ロバートの言葉に、ハッとしたレインが口を閉じる。
「構わねぇよ。そのまま歌ってくれ。退屈な旅だ。何か楽しみが無いとな」
少し考える仕草の後、レインが歌い始めた。
レインが歌ったのは、ある女の叙情詩だった。ある男を好きになったが、男にはすでに恋人がいる。自分の思いを伝える事も出来ず、友達の振りをしてただただ男の側にいるだけ。いっそ、離れてしまえばどれだけ楽であろうか。でも、女は男がいない悲しみに耐える事は出来ない。そんな女の歌だった。
レインの、少し小さいが伸びやかなアルトが空に吸い込まれていく。
歌い終わると、ふっと大きな息を吐いた。
ロバートとウィルの拍手が鳴り響いた。
レインが照れながら下を向き、恥ずかしそうに小さくなって座り込む。
「うまいじゃないか。もしかしたら、吟遊詩人だったかも知れないぞ?」
ロバートが笑顔でレインの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
膨れるレインをよそにロバートとウィルが笑いあった。
「ロバート、町に帰ったら楽器を見に行ってみるか?なじみの楽器を手にしたら記憶が戻るかもしれん」
「なるほど・・。そうと決まれば、こんな仕事さっさと終わらせて早く町に帰ろうぜ。なんせレインの記憶がかかっているからな」
ウィルが地図を確認する。
目的の村まで、後少しの距離だ。
ウィルが選んでくれたルートのおかげか、荷馬車は何事も無く、ゆっくりと目的の村まで走っていく。