・「ゼロ・グラビティ」の主要人物は、たった2人。
セリフもギリギリまでシェイプされている。

セリフ劇主体の舞台演劇でも、2人だけの芝居は多い。



「ゴドーを待ちながら」という登場人物2人の名品があるが、
2人という設定は、
観る側は2人の芝居の応酬に集中させられるため
必然、ドラマの深味は増幅する。



これが映画となると、特にサスペンスに傑作が多い。

例えば
ローレンス・オリヴィエ、マイケル・ケインの
眼が眩むくらいの仕掛けと駆け引き合戦が魅力の
「探偵/スルース」、



同じくマイケル・ケインとクリストファー・リーヴの
文字通りめまぐるしい罠だらけの展開に目が離せなくなる
「デストラップ・死の罠」、




まあ、そこまでのクオリティにこそ達してはいないものの、

たった2人の登場人物の一挙手一投足と、
なんでもない会話が
いつしか緊張感を生み出し始める奇妙なサスペンスが



「30MILES」。

ロードムービー風の、車上が舞台のサスペンスを、
名もなき俳優二人が、80分間引っ張り続ける。










●30MILES(2004・アメリカ)
監督:ライアン・ハーバー
脚本:クリフ・ゴーバー







・通り掛かる車もまばらな郊外の街道筋で、

車がイカれた若い白人男が、
ヒッチハイクしようと躍起になるが
誰も停まってなどくれないところから
物語は始まる…。



それでも、ようやく、
通りかかった裕福そうな黒人男に拾われる。

どうやら、かなりの好人物らしき男なのだが、
ところがどうしたもんか?
白人男は、助けてもらっておいて
どうも機嫌がよろしくない。



何ともイヤな人物である。

…何故か?



このあたりから、既に映画に仕掛けられた
トリックはスタートしている。




30マイルというタイトル通りに、
2人が30マイルの身近な道中で会話しているうちに、
何かがヒートアップし始める物語である。



車の中が主なる舞台という、
ある意味ワンシチュエーションの一幕モノでもある。

相手を苛立たせるくらいの言葉の暴力を操りながら
ジンワリとにじり寄って行く白人男が
危険な存在感を示し始めてからが俄然面白味が増してくる。



執拗に相手を追いこんでみたかと思うと、
まるで心を許した友人のように、
やさしくフレンドリーな言葉を掛けたりもする。
なぜこの男、そこまで情緒が不安定なのか?



読み解こうにも、混迷させる技巧が仕組まれていて
なかなか尻尾を見せない。
キャリアの浅そうなライターの割にやるじゃないか、コイツ。
まあ、こっちもすっかり上目線ですが、にひひ



いつしか、
スリラーのような鋭利な刃物を感じさせる流れに
集中せずにはおられなくなる。

こう言うと、
大層な傑作を想像される向きもあろうかと
思われるが、
ところが、あにはからんやである。




どうも
後から必然性の強調と辻褄合わせに
小賢しい伏線を準備したと思われる、
横線にあたるプロットの組み立てと脚本が、
少々難ありなのだ。





縦線の持って行き方は、意外と巧みな小技を駆使して、
観る者を誘導し続けるという、こなれた手腕を見せる。

ご名答とは思えない結末には不満も残るが、
僕はあまり好みでは無い「セブン」のような
斬り方も許容される時代ならば、
これもあり。



格差社会の歪みと、手の込んだ犯罪劇の
読めない展開に引き込まれることは間違いない。





★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。




































・ドキュメンタリーのリアリティを遥かに超えた
途轍もない映像を目の当たりにする。



「ゼロ・グラビティ」は、
いきなり観る者を宇宙に放り出して、主人公らと共に
危険な遊泳を体験させる驚異の映画である。



思わぬアクシデントに巻き込まれて、
激しく動揺する感覚と言えばいいのか、

この緊張感に
気力体力を消耗させられながら、



まったく未知なる沈黙の空間で、
極限の孤独にさらされて、

ひとりで孤立することの果てに何があるか?
を描き切っていく。



突然スクリーンが数倍のサイズに拡がったかのような、
初めて経験する不思議な錯覚に陥る開巻から、

まったく予断を許さない状況に一気に突入する…。













●GRAVITY (2013・アメリカ)
監督・脚本:アルフォンゾ・キュアロン







・宇宙で通信システムの復旧作業をするアストロノーツたちが
突如飛来する壊れた人工衛星が生みだした破片群に襲われ、
帰還の生命線となるシャトルの機能を破壊されて、
ついには宇宙に放り出されてしまうという話である。



ストーリーがシンプルなだけに、斬り込み方がかなり深い。




動きを封じられ、
自由の利かない無重力空間の持つ悪魔的な法則が、
ジワジワと主人公らを苦しめる様は何もかもが究極。



更には、
酸欠で萎え行く意識、渦巻く焦燥の中で、
機器の致命的な崩壊と絶望を前にして、
人は何をなすべきか?



ここに描き込まれる無力感と気力の限界は、
もう1歩踏み込んで、あきらめるという選択肢をも見せる。

思わず息を呑む流れである。



そんな、紙一重で見え隠れする死と生の存在を、
宇宙という果てしない暗闇の中で感じることは
恐怖というよりも、衝撃に近い。



キュアロン監督は、
主人公の背負う過去の深い傷から、
人間の死生観というもうひとつのテーマを
浮かび上がらせるために、シンボリックな構図と
いくつかの凝った映像やシーンを挟み込む。



特に印象的なのは、
命綱でもある宇宙服と船体をつなぐ“ロープ”。

胎児と母体をつなぐ臍帯を思わせる見せ方が
生命そのものの存在をクローズアップする。



このロープは、

解きほどかれたり、
千切れたりを繰り返しながらも、
命を守る神の手のごときロープであり、
不意をついて絡みつく
悪魔の微笑を思わせるロープでもある。



しかし、
上下の感覚を失うほどの浮遊感に巻き込まれ続けたせいか、
見終えた後の、この重力を感じる不思議な安堵感は
映画を観て体感した初めての感触だ。




思うのは、
今から40数年前にスタンリー・キューブリックが
『2001年宇宙の旅』で、
映像による宇宙のオデッセイと表現した宇宙空間への旅路が、
この2013年にして、
観客をも宇宙へと引っ張り出す映像として完成したこと。



3D技術の進化から、
映画がもうひとつ壁を突き破ってみせた瞬間として、
これは映画史にも残る作品になるだろう。











★★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。






■主演のサンドラ・ブロックが素晴らしい!!
一人芝居で孤立する圧倒的な演技を見せて、
オスカーでも注目されることは必至と思われる。



「キャプテン・フィリップス」のトム・ハンクスも
同じく孤立する演技が見事だったが、

演技派の主演する孤軍奮闘映画が立て続けに公開されて、
これは、
中身の薄いスターゾロゾロ共演スタイルの映画に対する
牽制球という気がする。



これでいいのだ=カチンコ


































・イギリス人のポール・グリーングラス監督

イタリア人のジッロ・ポンテコルヴォ監督

そして「ジャッカルの日」の
オーストリア人、フレッド・ジンネマン監督と、
ドキュメンタリー出身の出生国の異なる
3人の監督の作品を並べてきたが、



観客を釘づけにする、
劇映画としてのリアリズムの使い分けの巧さが
抜きんでているのがわかる。

これとは一線を画するドキュメンタリータッチというのが、
本格派ドキュメンタリー映画と銘打った“ヤラセ”。



一線とか二線とかいう問題じゃないぐらい、
コイツはどうしようもない。

公取に訴えてもいいくらいの詐欺である。

そんなどうしようもない中にも、
どうしようもないヤラセの最高峰というのがある。



「グレートハンティング」、
但しこの映画、
ヤラセ部分と趣味の悪さを差っ引けば、
撮影は見事なドキュメンタリー映画で、

中には目を背けたくなるキワモノも混在してはいるが、
従来、ドキュメンタリーとはそうしたものだ。



この作品、
いろんな形の“狩猟”をテーマにしたフィルムを
アフリカの野生感たっぷりのアニマル映像を中心に
世界各地からゴソゴソ集めている。






●Ultime grida dalla savana (1975・イタリア)
監督・脚本:アントニオ・クリマーティ マリオ・モッラ










・動物が動物を狩る、



人間が動物を狩る…



と、ここまでは文明批判の目と
弱肉強食にフォーカスしたまともなドキュメンタリー。
猟奇感も必要以上に漂うが、むしろクオリティは高い。

そして、
…動物が人間を狩る。



これがイケマセンでしたナ。

自然動物園でライオンが客を襲うという
過激フィルムを織り込んだが、
コレが典型的な“ヤラセ”。
もうイヤガラセに近いヤラセ。



ま、スチールとして見れば
このオっちゃん仕様の靴下の状態は
いかにもって感じですけどネ。

ただ、大惨事を目前にしている最中に、
順撮りされた丁寧過ぎるカット割りと
冷静なるカメラポジションがNGですネ。叫び



結果、このヤラセのライオン襲撃フィルムに客が集まり
空前の大ヒットを記録したという、言わば珍品の部類だが、
残酷シーンの見世物に人が群がった現象こそ
人類学の貴重なデータとして記録されるべきですネハロウィン



しかも、ありえないことに…
ま、ありえなくもないか、
僕も群がった下世話な野次馬のひとりでして叫び



あまりものヤラセを目の当たりにして、
今でも盆暮れ正月には、夢に出てくるくらい
深く反省している次第です。
ま、明らかにウソですが。ハロウィン



もうひとつ、

これが
アニマルプラネットや
イギリスBBCのような端正なスタイルの対極にある
イタリア産のドキュメンタリーであるということ。

今どきのホラーに馴らされていれば、
さして驚くこともないが



イタリア産のいわゆる珍奇なモンド映画は、
ヤコペッティのドキュメンタリーに代表される
残酷趣味においては先進先鋭。

昔っからドギツイのが大好きなお国柄でもある。



イタリア産の似非西部劇ひとつとっても、
イタリア系のドギツさが世界に与えた影響は大きい。



部分的によくても、総じてお下劣な趣味の悪さが目立つため
この作品、Z級トラッシュとして仕分けしたが、

雪の中で人間と狼が戯れるという終幕シーンに流れた
アン・コリン嬢が歌い上げる主題歌
「My Love」だけは絶品♪










採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。







◎「グレートハンティング」の画像は、
記事が処分されないように
ヤバ系控えめにしております。ハロウィン



例えば、
聖なる母でもある大地に忠誠を誓い、尊敬の念を示すべく
穴を掘って交わる原住民とか…
聖なる系とか、性なる系は、ハジきました。



この映画の大ヒットを受けて、
「~2」「~'84」とか製作されて、
亜流として、
観たら後悔必至の不快感映画「ジャンク 死と惨劇」なども
シリーズ化される始末で、
「カタストロフ 世界の大惨事」とか、精神衛生を破壊する
グロいだけの似非ドキュメンタリーも数々登場しました。

どれもこれも警告モノで、一切観る必要はありませんネ♪



































・「アルジェの戦い」に登場する空挺師団のように、
アルジェリアの独立を阻止するべく、
テロ組織や活動者に徹底抗戦した極右の軍人たちは、



アルジェリア独立戦争終結を目指して
独立支持派に回ったシャルル・ド・ゴール大統領と
時のフランス政権を崩壊させるために
OASと呼ばれる秘密軍事組織を結成した。



もちろん歴史を見ればわかるように、
OASの企てたクーデターは駆逐されるわけだが、
そんな陰謀の一端を描いたのが「ジャッカルの日」。



フレデリック・フォーサイス原作の
かつてないほど面白過ぎる世界的なベストセラー小説を、
ドキュメンタリー出身のフレッド・ジンネマン監督が
これまたドキュメンタリータッチの一級娯楽作品として
見ごたえある映画に仕上げた。



かくして国外に追われ衰亡しつつあるOASは、
何としてもド・ゴール大統領を抹殺しようと

コードネーム“ジャッカル”というプロの暗殺者を雇う…。









● The Day of the Jackal(1973・イギリス=フランス)
監督:フレッド・ジンネマン
原作:フレデリック・フォーサイス「ジャッカルの日」
脚本:ケネス・ロス







・イギリス人ということ以外、
何者なのか全く不明なジャッカルという人物が、
着々とド・ゴール暗殺への手順を踏む姿は、
無気味でもありながら、いつしか魅力的に見えてくる。



映画ならではの、
冷たい魅力というものもあるのだ。



このミステリアスでクールな殺し屋を、
犯罪者ながらも必要以上に魅力的に輝かせているのが、



フランス政府がジャッカル捜査網のリーダーに任命した
司法警察のルベル(ミシェル・ロンスデール)という警視。



一見、こんなオッサンじゃ、
ジャッカルの足取りはおろか、
正体を掴むのは到底無理だろうと思わせる
むさくるしい口髭の老刑事である。



しかし、
なかなかどうして、この地味なオッサン、
体のキレは無いが、恐ろしく勘が鋭い。



老犬の嗅覚をあなどるなかれ、
あらゆるにおいを嗅ぎ分ける経験値は
そんじょそこらの番犬には真似など出来やしない。



ジャッカルが、幽霊のごとく姿も痕跡も消しつつ、
フワフワとド・ゴールへと迫りゆくプロセスと、



老警視が、あらゆる小さな一点も見逃さず、
更に点と点を結びつけて、線にしていくプロセスが
巧みに絡み合って極上のサスペンスを生み出す。



正にアルセーヌ・ルパンとガニマール警部、
モリアーティ教授とシャーロック・ホームズのような、
ヨーロッパ式の古典的ミステリーの図式が浮かび上がる。



これは、見せ方の妙技であって、
もちろんフレッド・ジンネマン監督の狙いは
そんなところにはない。



それがまた憎らしいのだが、
歴史の中の1ページを題材にしている以上、
原作を読んでいなくても、
観る側はその結果は承知の上である。



しかしながら、
原作小説の完成度もさることながら、
映像に転化する脚本と演出が精緻を極めると、
ここまで緊迫のドラマを成立させてしまうのが映画の魔力。



アルファロメオを軽快に乗り回していたジャッカルが、
後半で見せる変貌とプロそのものの暗殺術の奥義、

そして、あまりにも見事な暗殺のその瞬間!



誰しも、この幕切れには
感嘆のため息をもらさずにはおられない。




これで世界に名が知れ渡った個性派の英国俳優
エドワード・フォックスがスタイリッシュに演じた
暗殺者ジャッカルという危険人物の造形に魅せられ、



ヨーロッパ仕立ての奥ゆかしい
クライムサスペンスの醍醐味を堪能させられる。







★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。
































$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★




・実話ベースの「キャプテン・フィリップス」は、
これまで観たことのない類の一種異様なテンションを見せるが
これは監督ポール・グリーングラスの技芸によるもの。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

そんな、ジャーナリスト出身のグリーングラス氏が、
「私はこんな映画を撮りたいから映画監督になったんだ」
と述懐している作品が、

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

一種どころか、二種も三種も異様なテンションに包まれ、
映画が映画であることの一線を超えて見せた「アルジェの戦い」。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

同じくジャーナリストの経歴を持ち、
ドキュメンタリーに才腕を発揮した
イタリアのジッロ・ポンテコルヴォ監督の力作。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

明らかにこの作品の影響を受けているグリーングラス監督が、
自作でそっくりそのまま再現しているのは、

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

ドキュメンタリー風の映像を助長する
手持ちを多用したり、ズームで誇張を表したりするカメラワーク。

このテクニックは、感情の移入をシャットアウトする効果がある。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

「アルジェの戦い」は、
130年ものフランスの植民地支配下にある
アルジェリアの独立運動が激化していくプロセスの映画である。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

トルストイの「戦争と平和」にある

“歴史をうごかすものは
時の皇帝や一人の英雄によるものではなく、
民衆の意志の総和である…”

という言葉が、
どんな事なのかを映像にしたような一編である。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

政情に配慮して、戦う両者の均衡をとるのではなく、
どちらかと言えば
ドキュメンタリーのレポートスタイルで、
どっちも最低だ!という部分を抽出する。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

観客が求める映画的な情緒など、
あっさり無視した画作りは圧巻の一語。

そこにあるのは、
争乱によって幾重にもエスカレートして行く
人間の愚行の品評会である…。


$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★




●La battaglia di Algeri (1966・イタリア=アルジェリア)
監督:ジッロ・ポンテコルヴォ

脚本:フランコ・ソリナス ジッロ・ポンテコルヴォ



$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★


「本当の困難は、勝利の後にやってくる」

武装テロを指揮するアルジェリア人の首魁が口にするこの言葉は、
ジェノサイドを繰り返すテロ行為の行く末を指す印象的なセリフだ。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

フランスが統治するアルジェリアの独立運動を通じて、
殺戮と策謀の仕掛け合いを徹底的に描き込んだ作品である。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

容赦なく女子供もあっさり巻き込んで行く徹底ぶりは凄絶。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

例えば、
テロ活動のからくり、ストライキの意味、弾圧する側の思惑、
あるいは、
武装する意味とは?戦争の起点とは何か?といった
今のキナ臭い時代には、バリバリに通じる題材に果敢に挑んで行く。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

それらが浮かび上がらせるのは、

先住民族対外来民族、
人間対人間、
憎悪対激怒という

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

人類ある限り永遠不滅の闘争が生む根っこの部分であって、
お互いの大義名分と本音を真正面からぶつけてくる。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

そこに、国家同士を気づかうようなためらいなど無い。

強烈なパンチ力を持つドキュメンタリースタイルは、
時代をあっさり乗り越えて、観る者までも発奮させる。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★


この映画は、

パンツ姿のうちひしがれたアルジェリア人のオッサンが椅子に座り、
数名のフランス軍兵士に囲まれているところから始まる。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

拷問の末、口を割った後の気まずい沈黙と疲労感漂う姿。

フランス軍の上官らしき男が、恭しくオッサンに衣服を渡す。
なんと軍服である。
オッサンは窓際に走り、大声で「嫌だー!!」と絶叫する。

とんでもないファーストシーンだが、
これは序の口で、

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

解放戦線を先導するテロ組織の人物たち、
テロによって右往左往するアルジェリア国民たち…

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

ついには空挺師団を送り込むという荒手に出る
フランス軍部の人物たち…

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

どっちからも放り出されたような人物たち、

女たち、
子供たち、

そして、多角の視点を持つ報道者たち…

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

あらゆる形で関わる人物たちを、
アリという名の、
文字も読めない凶暴なテロリストの行動を軸にして、
細かいエピソードの連射で見せる。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

脚本の完成度が異常なまでに高く、
単に残酷、非道、混迷を描くだけでは無く、
テロの手順、対テロ対策と行為そのものといった本質を見せる。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

そして、観る者をも揺さぶり、
言い知れぬ緊張と喚起に包む激情する映像は鮮烈だ。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

素人の現地人らを大挙出演させることで、
空前のリアリティを獲得した極めつけの作品である。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

イタリアンネオリアリズムの鋭角的な部分を継承する
「アルジェの戦い」、

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

ヴェネツィア映画祭でグランプリの栄冠に輝き、
アカデミー賞は監督賞、脚本賞にノミネートし、
日本でも公開年にはキネマ旬報の
ベストワンにも選ばれたくらい、世界中で賞賛されつつも、
古いとはいえ、タイトルを知る映画ファンも少ない1本。

$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★

何よりも、イギリス人のポール・グリーングラス監督が
密かにこの血脈を受け継いでくれていることが素晴らしい。




$パイルD-3の『時速8キロの映画感』=★




★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。