父の入院28 脊髄梗塞 定期面談続き | 介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

介護と私とColosseo(ヒーリングと石鹸の家)

子ども二人。孫三人。
夫は5年半の闘病の末2024年4月に他界。
色々大変なこともあるけど
地球を大切に、自然と共に、大地を癒し、穏やかに生きていけるように。
日々の記録を残してます。

2月に自宅で立てなくなって倒れ、脊髄梗塞の診断となった父の話です。


脊髄梗塞発症当時



☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️


回復期リハビリ病院での2回目の面談 続きです。

こちらの続きになります




弟と部屋に行くと、父が「何の話やったんや」というので、「先生が、もっとご飯食べて中心静脈外して退院してほしいなー。ってゆうてたよ」と、軽めの話題から始めて


「退院後どうしようかな、って話やねんけど」


「中心静脈点滴ある限り、医療ケアができるところにしか移れないんやって」


「この病院の別の棟に療養病棟ゆうのがあって、そこでよければ移れますよ、との話で、今見せてもらってきた」


で、4人部屋の事やリハビリなくなる事や説明したんやけど、なんとも言えない顔でジッと天井を見てました。


「こんだけ長いこと個室にいて、気を使う4人部屋がしんどかったら、個室のある病院か施設探してみよか?」

と聞くと、「差額ベッドがいるやないか」と。


お金の心配ね……



現実そうなんやけど。

そこが生活の全てになるのに、下半身麻痺で動けないし、首から栄養点滴は入ってる、でも、常に痛いところがあるわけでなく、認知がしっかりしていて、起こってること全部理解できる状態で、あの病棟に入るのは相当なストレスなんじゃないやろうか……



寝たきりで何かしらの管から栄養を摂り、モニターをつけてる患者さんに囲まれて、外を見たり外に出ることなく、することもなく、食べろ食べろと言われる毎日を、どんな気持ちで過ごすのか……



そして気になったのは、相談員さんが、頻繁に「看取り」と言うこと。もちろん高齢でかなり弱ってるので、そういう事も遠い話ではないとわかってはいるんやけど



なら、なおさら、もう少し気分よく過ごせる場所ないんかなー……



「 ほんなら家で看たれよ」って思うけど、高齢の母、早朝から夜遅くまで働いている弟、私が毎日実家に通い何かしらやらないといけないだろうけど、もう頑張れる自信がなく、在宅で!と言えない。


せめて窓から朝晩がわかる個室に、って思うのは私の気持ち、感情であって、父にしたら費用がかかるストレスの方がしんどいかもしれない……


どうしたものか……😑


決定期限まであまり日がないので、週明けから他の受け入れ先ないか探してみようと思います。

比べる対象が必要。



ちょっと気温下がってほしい😰🥵



とうとう我街にも来ました。かっぱえびせんもフルグラも白黒やった。


☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️ ☀️



旦那との5年4ヶ月、このブログのまとめ本です。

大動脈解離・大動脈瘤手術・脳梗塞・リハビリ・介護施設・介護。あと、アスペルガー夫・カサンドラ妻の話も少し。

興味のある方に読んでいただけると嬉しいです。