ビジネスの現場では「スピード感」が求められるようになりました。
確かに。今すぐ行動したほうがいい場合もあるでしょう。

でも、私はこの「すぐに」が苦手です。「はやく!」と言われるのも嫌です。何でもすぐ取りかかれる人が羨ましい(笑) 他人の評価を抜きに、行動できるのは「自己効力感」が高い人だと思います。
私は幼い頃に「早くしなさい!」と煽てられたことが多かったように思います。親の「早くしなさい」と言う気持ちは理解できます。大人は急いでいます。

子どもは少しずつ育ちます。
成人するまで18年もかかる動物は珍しいと思います。それくらい時間がかかります。
死を意識したとき、死を急ぎたいと思っている人は少ないと思います。そもそも、現代社会は、死は悪いものであり、遠ざけ、延命処置が医療の発展と捉えられている部分もあるのではないでしょうか。

今は親と別居ですが、実家に帰ったとき親の機嫌を探知する触覚のような機能がとても敏感に働いている自分に気づきました。特に、食卓で無言になったとき、探知モードになっている自分に気づいたのです。親の機嫌を探知し、親の機嫌を損なわないように振る舞ってきたことに気づくことができたのは、本当に最近のことです。


そうしないと、生き延びられなかったのかも知れません。
幼い頃、親の機嫌を損ねると「晩ご飯抜き」と言われました。時々「出て行け」と言われました。放り出されたこともありました。恐怖だったのかも。だから、親の機嫌を損ないように最大限の努力をしていたのだと思います。その癖は自分に染みつき、職場でも続き、同僚や上司の機嫌を探知しています。
 

この機嫌探知は親子間で連鎖していくのだと思います。私の親も、家庭環境が悪かった。スパッと断ち切るのは難しいのかも知れない。

もっと鈍感だったら楽だろうと思います。同僚の顔色をうかがっていると、どうものんびり仕事をしていられない気がする。目に見える成果物が必要で、無意味なことは許されない。そんな気持ちです。しがない世の中になりました。

もっと自分らしく生きればいいのに。
誰に遠慮しているのか。それは、きっと親なのでしょう。

親の機嫌を伺いながら生きているのに気づくことができたのも、読書の恩恵です。一部紹介しますね。

  • 心屋 仁之助著『一生お金に困らない生き方』
  • 岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気』
  • 水野敬也著『夢をかなえるゾウ2 ガネーシャと貧乏神』
  • 本田健著『ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣』

身を粉にして働くのではなく、自分の好きなことをしてお金を稼ぐという発想が私にはありませんでした。自分が本当に好きだったことを上書きして、言われたことをこなせるロボットのようになってしまった気がしています。

だから、最近は自分が好きだったとを思い出して生活に取り入れるようにしています。
 

「うつ病ってどうやったら治るんだろう?」

「この苦しみから抜け出したい」

「どうしたら治せるんだろう?」

うつ病になった人なら必ず考えることだと思います。

 

なかなか治らない人と、完治でなくとも回復していく人の違い。

何だろう?とふと考えてみることがあります。


まず提案したいのは、

「スマホの電源を切りましょう。」

ということです。ずっとじゃくていいので、1日数時間OFFにしませんか?

 

こうしてブログを外出先で書いている私も今、スマホは自宅です(笑) 私も、スマホとは意識して距離を置いています。

ちなみに、ブログは書くけど、他人のブログはほとんど見ません。儲け話・芸能・うわさ・グルメ・美容に関心がなくて^^; どれもタイトルは面白うそうですが、その記事は「自分を幸せにしてくれるでしょうか?」という冷めた見方です(o_ _)o

 

数年前に、アンデシュ・ハンセン著・久山 葉子翻訳「スマホ脳」という本を読みました。スマホやタブレットの長時間の使用が睡眠や精神に悪影響を与えることが書かれています。ちゃんと研究に基づいた内容が記述されています。

 

インターネットの情報じゃなくて、デジタルディバイスの負の側面が書かれた文章にも触れて欲しい。きっとインターネット上でインターネットのデメリット記事を書く人は少ないでしょう(笑) だから本も選ぶのです。「お金がないから本は買えない」って思うかも知れない。でも、勇気をだして中古でも十分なので、この本は読んで欲しい。送料込みで500円くらいで買えます。

 

うつ病からの回復期に学んだことは、インターネットの使いすぎは、精神面でよくないということです。それにもう少し早く気づいていれば、回復は早められたのかも知れないと思っています。

あ、、Amazonはよく利用します。田舎では手に入らないものも買えるから(笑)。中古の本も安価で手に入る。でも所持金に限界があるので買物し続けることはできない。

 

でも、インターネットの情報量は死ぬまで見続けても、全てを見ることはできない。沼なんです

 

本当かどうかもわからない情報は「楽しい」かも知れないけど、どんどん時間を奪っていきます。SNSやゲームをしていたらいつの間にか1時間経っていたということはないでしょうか? 

次から次へと動画を見てもらうように、動画配信アプリやゲームは心理学を使ってまで実装しているんです。

 

人生って「自分の時間の使い方」だと思います。
 

だから、ちょっと立ち止まって欲しい。

今の時代、自分らしく生きるためには、自分の価値感に従って自分を律することができるかどうかだと思います。もちろんゲームやスマホに没頭することがその人の価値感ということもありますから、それについては異を唱えません。

 

 

次の読もうとしている本は、

山本龍彦 著「アテンション・エコノミーのジレンマ 〈関心〉を奪い合う世界に未来はあるか」

です。


*まとめ*

 スマホの電源をしばらく切ってみよう。

 

頑張っても満たされない。幸せを感じることができない。

 

日本人には多いと思います。

 自分はまだまだダメだ。

 頑張れない。

 落ちこぼれだ。。

 

これらって、私もやはり感じていることですけど、「誰かと比較して」感じていることが多いと気づきました。私たちは評価社会に生きています。小学校のテストに始まり、会社の人事評価でも評価されますよね。ずっと評価社会に生きてきた。

 

「日本の教育はどこかおかしくなってしまった」仰る人が増えました。学習指導要領を基に学習内容が決まり、学習単元毎に評価され、雇われることを前提とした教育はもう時代に合っていない。でも、伝統的で当たり前と思われているから変えることができないし、じゃ、新しい教育の様式はと問われても誰も明言できないんじゃないんだろうか。ただ、今の学習方法は時代に合っていないのは多くの方が感じるところだと思います。

 

だから、日常でも何かしようとするとき誰かの評価を気にしながら行動していることはないだろうか、とふとした時に思います。

 

道や公園にゴミが落ちていて、拾いたいけど恥ずかしいから放置してしまう。

こんな経験はないでしょうか?

 

「この行動は自分の信念に基づいた行動だろうか?」と問い直したい。ゴミを拾って公園をきれいにしたいなら、他人がどう思おうが気にならないハズ。実は地元の公園で、バーベキューの残骸がそのまま残っていたことがありました。アルコールの空き缶も多かったので、きっと大人のグループでしょう。

 

「ありえない。。」

 

ゴミ拾いのボランティアをしていた私は車からゴミ袋と火ばさみを持て来て拾い始めました。そしたら、近くにいた親子も手伝ってくれて。なんだかとっても気持ちが良かったです。


 

話を戻して。

最近感じることは、幸せとは「なる」ものじゃなくて、「感じる」ことということ。

自分の価値感を大切にしないと、自分の基準で幸せを感じることができない。

 

自分の考えていること・言っていること・行動が自分。

「すごいね」と言われなくても自分の好きなことをしている人になりたい。

 

働けていなかった時代の「過去の自分」と比較すると、成長したのに、満たされたいなのはなぜだろうと思うんです。はやり、まだ評価の基準が常に他者との比較なんですよね。昔の自分の比べてあげないとね。

 

「できている部分」もあるのに、「足りていない部分」を意識してしまって、そこを埋めようと努力しているといつまでたっても満たされないのかな。

 

よくある心理の話で、グラスに半分水が入っている。

 まだ半分ある

 もう半分しかない

どちらの状態でしょうか?

 

完璧じゃなくても幸せを感じられる自分でいたい。そうなれるように、最近意識していることは「足るを知る」ということです。

実は「足るを知る」の後には続きがあって「足るを知る者は富む」です。

 

いい言葉ですよね。