ー前略、色彩の港町からー

 

小さい頃、色えんぴつの色名を読みあげるのが楽しくて。

あか、だいだい、き、きみどり、みどり……、のつぎの、

「あおみどりみどりあお」のところが大好きすぎて、何回も言っていた。

 

一日中パソコン仕事の日は、ランチ後にせめて30分でもお散歩するようにしようと思い、

今日は曇天の秋風に吹かれつつ、近場をぐるりと歩いてきた。

 

二十間坂の急な坂道をぜいぜい言いながら登り、

教会群のところまでくるとなぜだかほっとする。

 

 

特になぜか私は「チャチャ登り」のあたりがすごく好きだ。

 

そういえば母がよく小さい頃「チャチャ登りの近くにあるレストランで、サイコロステーキを食べながら友達と文学談義をしてくるよ」ととてもきれいな服装をして出かけて行った。

なんとおしゃれな行動なのだろうと少女の私は胸をときめかせていた。

すこし特別な感じがする場所だ。

背の高いハリストス正教会の庭の木がうっそうと茂り、通りをくらく翳らせているのがすごくいい。

歩いていると映画の中に入り込んだような幸福を感じる。

 

今日も深い充実感をもって「チャチャ登り」を登った。

両側にハリストス正教会と聖ヨハネ教会の聖なる存在を感じながらあの細い石畳を登っていくのがとても好きだ。

 

 

どの教会もそれぞれに好きなのだけれど、やはり母の胎内のように心落ち着くのはハリストス正教会の庭。

石の道を歩きながら風に吹かれ、遠くに見える山々や海を眺めていると、

「ここ、私の家なんじゃないか」というくらい落ちつくのだ。

そこから勝手に憧憬の心が高まる。

 

この庭は思索の庭。鉄製の門に手を触れたり、栗の木を見上げたりして、どのしつらえにもどの空間にも安らぎと清浄を感じる。

 

見上げると美しい白いの壁と緑青の屋根の配色美。

緑青(ろくしょう)というのは、銅の錆びのことである。白い壁はしっくい。

ああ、この建築スタイルがすごく好きで、この屋根から鐘の音が天に響いていく荘厳な時間がたまらなく好きだわ。

私も何か大切なことを、この鐘とともに祈ろう。

 

 

世界平和はきっとやってくるのだわ。

そんなふうに思うとき、空が祝福に光ったように感じられたとき、

ハリストス正教会の緑青の屋根のようなきれいな色のその未来が本当に訪れるような気がする。

 

テレビやインターネットを見て、悲しいことばかり不安なことばかりと胸が痛くなってしまうのだけれど、

このように信じられる美しい色を見たときくらいは、

すばらしい地球の未来を信じる一瞬をもっていたいな。

 

と、徒歩圏内で美しい祈りの色を観に行けることに感謝しつつ、

午後のお仕事に集中するため、足早に坂道をおりて職場へ向かう。

 

坂道を下りているとき、港に大きな船がみえた。

こんな小さな日常も、世界とつながっているのだわ、と思う。

自分ひとりくらいなにしたってあんまり変わらないんじゃないかとも思うけれど、色に祈りを込めるような、そんな午後があってもいいんじゃないかな、と、石畳をコツコツ歩いて人生の今日という日を踏みしめた。