先日、脳科学者の茂木健一郎さんが、学生さんたちに「生きがい」について話している動画を見ました。

その話が、なんだかずっと心に残っています。


生きがいって何だろう。

これをしたらお金がもらえる。 

これを頑張ったら評価される。

資格を取ったら就職に有利になる。


もちろん、それも大切なこと。 生きていくためにはお金も必要だし、仕事なら結果を求められることもありますから。


でも、それとは別に、


誰に言われなくてもやってしまうこと。 

時間を忘れて夢中になってしまうこと。 

やっていること自体が楽しいこと。

そんなものを見つけてほしい、というお話でした。



その中で、YouTubeやTikTokの再生回数についての話もありました。

たくさんの人に見てもらうために、一生懸命動画を作る。 そして、何十万回、何百万回という再生回数になる。

それはもちろん、すごいことだと思います。


でも。

たくさん再生されたことと、 その動画が誰かの心に残ることは、 同じなんだろうか?

もう一度見たいと思うかな?

5年後、10年後にも、

 「あれをもう一度見たい」と思ってもらえるだろうか。

再生回数は数字で見ることができます。


けど、

「誰かの心にどれだけ残ったか」

これは、数字ではなかなか測れません。

そんな話を聞きながら、ふと音楽も同じだなぁって思いました。



私は先日、久しぶりにSEKAI NO OWARIの『umbrella』を聴きました。

昔、どうしようもなく好きだった人がいて。

好きになったあとで、その人に奥さんがいることを知りました。

好きとも言えないし。 ただ、仲良く話せるだけで嬉しい。

でも、好きになればなるほど苦しくて🥲😢

当時、私は『umbrella』を聴きながら、お風呂で何度も何度も泣いてました。

それから何年も経ってます。

今はもう、当時とはまったく違う気持ちでその人と接しています。

それなのに先日、久しぶりにこの曲を聴いたら、当時の気持ちが一気によみがえってきて、また泣いてしまいました。



音楽ってすごいですよね。

その曲が何回再生されたかなんて、私には関係ない。

ただ、ひとつの曲が、私の人生のある時間と結びついて、何年経っても心の中に残っている。

数字では測れないけれど、 そういうものってあるんだなって、つくづく思いました。



そして、茂木さんは宮崎駿さんについても話されていました。


宮崎駿さんは、賞を取ろうと思って映画を作っているわけではない。

興行収入○○億円を目標にして、絵コンテを描いているわけでもない。

絵を描くことが好きで、 

伝えたいものがあって、 

それを形にするために描く。

眠る時間を削ってでも描く。

好きだからといって楽なわけではないと思います。


生み出す作業は苦しい。 しんどい。

それでも描く。


この話を聞いて、私は、

「好きなこと」って、 必ずしも「楽なこと」ではないんだなと思いました。


しんどいのに、なぜかやってしまう。

誰にも頼まれていないのに考えてしまう。

もっと知りたい。 

もっと上手くなりたい。 

もっといいものにしたい。

気づいたら時間が経っている。


もしかしたら、そんなものの中に「生きがい」って隠れているのかもしれません。



私たちはつい、

いくら稼げるのか。 何人に評価されたのか。 フォロワーは何人なのか。 再生回数はいくつなのか。 どんな賞を取ったのか。

目に見える数字で、物事の価値を測ってしまいがちですよね。

数字は、とても分かりやすいから。


でも、人間が感じる幸せって、 そんなに単純なものじゃないのかもしれません。


美味しい味噌ラーメンを食べて、

「うっま!」

って思う。

好きな音楽を聴いて胸がいっぱいになる。

夢中で何かを作っていたら、気づけば何時間も経っていた。

知らなかったことを知って、もっと知りたくなる。

誰かと話して、お腹が痛くなるほど笑う。

誰かの役に立てて、嬉しくなる。


そういう小さな瞬間も、 ちゃんと自分の人生の中にある幸せなんですよね。

そして、生きがいは必ずしも仕事でなくてもいい。


お金にならなくてもいい。

誰にも評価されなくってもいい。


最近は、好きなことを見つけても、

「でも、これってお金にならないよね」

「仕事にできないなら、やる意味あるのかな」

「何の役にも立たないなら、やめた方がいいのかな」

そんなふうに考えてしまう人も多いように思います。

もちろん、好きなことが仕事になったり、収入につながったりするのは素敵なことです。


でも、

お金にならない好きなことには、意味がないのでしょうか。

私は、そんなことはないと思います。

絵を描くのが好き。

本を読むのが好き。

音楽を聴くのが好き。

花を育てるのが好き。

料理をするのが好き。

知らないことを調べるのが好き。

誰かと話すのが好き。


それで一円も稼げなかったとしても、

その時間に夢中になれたり、 心が満たされたり、 明日も頑張ろうと思えたりするなら、

それはもう十分、自分の人生を豊かにしてくれているんじゃないでしょうか。


なんでも「役に立つか」「お金になるか」で考えてしまったなら、

好きだったものまで、 いつの間にか「成果を出さなければいけないもの」になってしまいます。


再生回数を増やさなきゃ。

フォロワーを増やさなきゃ。

上手くならなきゃ。

仕事につなげなきゃ。

収益化しなきゃ。

そうなった瞬間、

「好きだからやっていたこと」が、

いつの間にか 「結果を出すためにやること」に変わってしまうこともある。



だから、

「それ、何の役に立つの?」

と聞かれて、

「知らん。でも、めっちゃ好きやねん」

でも、いいんじゃないでしょうか(笑)

むしろ私は最近、

「何の得にもならないのに、やりたくなること」

そこに、その人の「好き」が一番素直に表れているような気がしています。

もちろん、生活するためにはお金も必要ですけどね。

仕事では成果を求められることもあります。

再生回数や売上や評価だって、必要な場面があります。

だから、それらを否定する話ではありません。

ただ、

「数字が大きい=自分の人生の価値が大きい」

ではないと思うんです。

100万人に見られて、明日には忘れられるものもある。


たった一人に届いて、その人が10年後まで覚えているものもある。


どちらに価値があるかなんて、 数字だけでは決められません。


誰か一人の人生に残ったものは、 その先の誰かの人生にもつながっていくことがある。


それもまた、 数字では測ることのできない価値なんじゃないかなと思います。



だから時々、

「私は何を達成したんだろう」

ではなく、

「私は何をしている時、時間を忘れるんだろう」

って考えてみるのもいいのかもしれません。


そして、もうひとつ。

「誰かのためなら、評価されなくてもやってしまうことは何だろう?」

そんな問いの中にも、 その人なりの「生きがい」が隠れているのかもしれません。


誰かに褒めてもらわなくても。

お金にならなくても。

何の役に立つのか説明できなくても。

なぜか、またやりたくなること。

なぜか、放っておけないこと。

それが、自分の人生をちょっと豊かにしてくれるものなのかもしれません。

さて。

あなたが時間を忘れてしまうくらい、 夢中になれるものは何ですか?

私は……

「なんで?」と思ったことを延々考えている時かもしれません(笑)


気づいたら、とんでもないところまで話が飛んでます。1人脳内連想ゲームを好きなだけやりたい!!私の夢です✨

それがお金になるかどうかは……

知らんけど😅