自分を傷つけた相手が、今どうしているのか。 反省しているのか、苦しんでいるのか。 それとも何事もなかったように幸せに暮らしているのか。

気になってしまうこともありますよね。 



「どうして私ばかり」と悔しくなったり、

悲しくなったりすることもあると思います。

私は、その気持ちを否定したいとは思いません。 それだけ傷つけられ、苦しんできたということだから。


でも、できれば、そこから先は少しずつ切り離して考えてほしいな、と思っています。

私自身、因果の理法は厳然とあると思っています。 


悪いことをすれば、その因果はその人自身が受けていく。 それがどんな形で現れるのかは分からないし、傍から見ただけでは分からないこともあると思います。

幸せそうに暮らしているように見えて、実は苦しんでいるかもしれないです。


だから私たちが、相手がどうなるのかを見届けなくてもいいんじゃないかなって。

これは「許しましょう」ということではなくて。 


忘れなくてもいいし、許せなくてもいい。 

必要な責任や償いは、きちんと求めていく。


ただね、自分を傷つけた人のために、自分の大切な時間まで使ってほしくないんですよね。


相手が、現在どう生きているかではなくて、

「私はこれからどう生きたいのか」 


「私はどうしたら幸せになれるのか」


そこに使う時間を、少しずつ増やしてほしい。 私も含めてね。

過去に奪われた時間は取り戻せないからこそ、これからの時間を自分自身の幸せのために使ってほしいし、私もそうしたいと思っています。

未来の自分の幸せのために、一歩ずつ歩みを進めていけたらいいなって思います。


皆さんは、どんなふうに考えますか?