本日もお越し頂きありがとうございます![]()
日本はだいぶ暖かいようですね。
ドイツはまだまだ寒くて、ニットコートや春夏用ダウンが手放させません。
そもそも日本人からすれば、春夏用ダウンって何やねん
かと思いますが、
こちらでは必須です![]()
さて、こちらで「自分を明らめて変わる」と宣言していたノート生活。
先日の気づきをシェアさせて下さい。
会社での出来事で、上司から仕事の指示をされたことがありました。
彼からすれば、それは単に上司という役割のもと、ただ指示しただけ。
そこに特段の思いや考えはなかったはず。
で、その時私が感じたこと。
「言われる前に何もしてなかった。何も準備してない、とか危機感感じてないとか、思われる?」
これは、私にとっては、=仕事ができないと思われる怖さ、でした。
なぜそう思ったのか?を考えてみると、
→上司の期待に応えないといけない
で、またなぜそう思うのか?
→仕事やから。
真っ先に出て来たのが↑これでした。
私にとって、
仕事とは、周囲の期待に応えるもの、という考えが強かったんですね〜。
ということに気づいたら、めちゃめちゃ思い当たることがいっぱいありすぎて笑
だから、しんどい思いがずっと続いていたのか、ということも腑に落ちました。
私がしたい、やりたい、というwantの思いはそこになく、
上司や同僚、後輩の期待に応える、あるいはバリバリの責任感を発揮する、have toだけで仕事をしていた、ということ。
そんな思いが積もりに積もって、
仕事はつまらない=仕事を選べない会社員はつまらない=だから辞めたい
という極端な結論に行き着く訳です。
あと、もう一つ。
私は、仕事ができないと思われることが怖かった、ということにも気づきました。
これは短く言うと、
仕事ができない=周囲の期待に応えられない=私には価値がない
という図式が私の中で出来上がってました。
私はどこまで人からの評価や価値基準に依存していたのでしょう。。。![]()
私の仕事に対する設定を改めます!
仕事とは、私の力(パワーよりエネルギーの方)や個性を活かして愛と豊かさを循環する簡単で楽しいもの。
ノートに書いて、これに気づいただけなのに、昨日は肩の力を抜いて仕事ができた気がしました![]()