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ネプちゃんの便利隊

コロンビアネットのブログです。

3.高島空撮の詳細
 空撮の経緯は1項のとおりですが、いよいよ、空撮の詳細について紹介します。2010年1月24日10時頃セスナ機で北九州空港を飛び立ち、瀬戸内海上空を高度約2200mで偏西風に乗って飛行し、昼前に岡南空港を通り過ぎ、高島の南東方向から高度を徐々に落とし、高島に近づきました。天気は晴れで空撮には最適の状態です。
 高島上空を左旋回2回、右旋回を1回やって岡南空港に昼頃着陸しました。
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⑩高島上空旋回GPS航跡(右側から進入し、旋回後左側に抜ける。フラッグは高島の地点)

以下、その時の高島空撮の写真を数枚掲載します。

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⑪高島北東から空撮

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⑫高島西真上から空撮

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⑬高島南側を空撮

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⑭高島南真上から空撮

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⑮高島南東真上から空撮(左下に高嶋神社、中央付近に天津磐境が見えます。)

一番興味のあった頂上付近の天津磐境の鏡石のズームアップ撮影にも成功しました。
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⑯天津磐境北西真上から空撮

岡矢さんからお借りした昭和15年の調査図面とほぼ同様の様子が確認できました。

4.最後に
 戦後は古事記、日本書紀に記述してある大部分(特に10代崇神天皇以前)は神話の内容として自虐史観もあいまって真剣に研究する学者がほとんどいない状態です。我々古代史研究会としては日本人の先祖が書いた記紀は魏志倭人伝よりも真実味があると考えております。何故かというと、古代の倭国を、当時の中国王朝が夷狄の国として蔑視していた事実があり、魏志倭人伝は中国王朝の都合の良い歴史書と考えられるからです。(現代の南京大虐殺20万人があったとする中国政府の主張を見ても明らかです。)
 2年前の神武東征について日本書紀の記述に基づいて宮崎から橿原まで現地調査をした結果、記紀の内容は史実として認めざるを得ない感触を持つことができました。
 特に今回の高島頂上付近にある天津磐境の鏡石は貴重な証拠の一つであると思います。日本の有能な古代史研究者は何故、この鏡石を詳細に調査しないのか不思議でなりません。約2000年前、即ち初代天皇から日本国の安寧を願って天神地祇を祈ってきた証拠が目の前にあるということです。
 日本最古の歴史書、古事記、日本書紀から学ぶべきところが多々あることを忘れてはならないという想いが益々深まりました。
(終わり)

                           古代史研究会員 稲葉 敏