1.空撮の経緯
2010年1月24日、神武天皇大和東征の折の吉備滞在の地と言われている瀬戸内海の小島、高島を偶然にもセスナ機により空撮することができました。
Angel Wings(*注1)理事の吉成さんから「1月24日に北九州空港から岡山にある岡南空港に飛ぶ計画があるが、後席に乗らないか。」との誘いを受け、急遽、便乗することとなりました。早朝、インターネットマップで岡南空港の場所を確認すると、何とその近くに2年前に吉備の神武東征史跡を調査した高島が近くにあるではありませんか!

①高島近傍地図
2010年1月24日、神武天皇大和東征の折の吉備滞在の地と言われている瀬戸内海の小島、高島を偶然にもセスナ機により空撮することができました。
Angel Wings(*注1)理事の吉成さんから「1月24日に北九州空港から岡山にある岡南空港に飛ぶ計画があるが、後席に乗らないか。」との誘いを受け、急遽、便乗することとなりました。早朝、インターネットマップで岡南空港の場所を確認すると、何とその近くに2年前に吉備の神武東征史跡を調査した高島が近くにあるではありませんか!

①高島近傍地図
早速、北九州空港でのフライトブリーフィングの時に高島上空を飛んで欲しいと吉成さんに話すと気軽にOKがでました。
2.高嶋神社(高島)現地調査の経緯
2年前、宮内さん(古代史研究会代表)から依頼された神武東征経路の関連神社、史跡を周っている中で、吉備(岡山)にある高嶋神社(無人島の高島にあります。)を2008年2月1日に現地調査と撮影をしたことがあります。
当時、宮浦にある高嶋神社仮宮の遥拝所から高島にある高嶋神社に向かってお参りし、宮浦桟橋の突端まで歩いていくと目の前(北側)に高島が見えました。

*注2②高嶋神社仮宮
2年前、宮内さん(古代史研究会代表)から依頼された神武東征経路の関連神社、史跡を周っている中で、吉備(岡山)にある高嶋神社(無人島の高島にあります。)を2008年2月1日に現地調査と撮影をしたことがあります。
当時、宮浦にある高嶋神社仮宮の遥拝所から高島にある高嶋神社に向かってお参りし、宮浦桟橋の突端まで歩いていくと目の前(北側)に高島が見えました。

*注2②高嶋神社仮宮

③宮浦からの桟橋
泳いででも行きたい気分になっていると、近くを散歩している親切な地元の人から「高島に行きたいかね。」と尋ねられ、「勿論行きたい!」と応えると「それでは船頭さんを紹介してあげよう。私について来なさい。」と近くにお住まいの岡矢さんの自宅まで案内してくれました。
岡矢さんは気軽に私の願いを受け入れて、高島までご自分の船で渡してくれました。

④岡矢さんの小型船
岡矢さんは気軽に私の願いを受け入れて、高島までご自分の船で渡してくれました。

④岡矢さんの小型船
高島は戦前までは高嶋神社の宮司さんも住んでいたが戦後寂れて無人島になっています。宮浦桟橋から船で10分位で無人島の高島桟橋に着きました。

*注2⑤高島桟橋

*注2⑤高島桟橋
戦前は立派な桟橋だっただろうと思いますが今は入り口にある鳥居も朽ちかけて、辛うじてそれらしい柱が1本立っているだけです。(それも半分位から折れていました。)上陸後、20分位時間をもらって高嶋神社参拝後、昭和15年に立てられた神武天皇顕彰碑や神社周辺の写真を撮りました。

*注2⑥高嶋神社本宮

*注2⑥高嶋神社本宮
船頭さんの岡矢さんと帰途話の中で昭和15年(紀元節2600年)に国がこの島を調査した時の資料を持っていると言われました。それによると島の頂上付近に天津磐境(あまついわさか)と呼ばれる石群があり、神武天皇がその施設で天神地祇を祈ったという場所があると教えてくれました。その場所も島が無人になってから潅木が生い茂り道がないので、誰もその場所には行ったことがないと話されました。せめて、その資料を見せて欲しいと頼み込むと快くその資料を貸してもらいました。
その資料は手書きながら微細に渡る正確な天津磐境の図面と島の絵地図が載っていました。

⑦平成11年高島探検清掃行事の案内資料
その資料は手書きながら微細に渡る正確な天津磐境の図面と島の絵地図が載っていました。

⑦平成11年高島探検清掃行事の案内資料

⑧昭和15年調査資料(高島詳細図)

⑨天津磐境の詳細図
その時は天津磐境を空撮できるとは想像だにしていなかったのですが、それから2年後にその機会が偶然巡ってきました。(神武天皇の思召しか・・・?)
注2:②、⑤、⑥の3枚の写真は2009年2月に出版した「神武天皇と卑弥呼の関係」宮内瑞生著、高木書房出版の42ページ、43ページに掲載しています。