その年配の婦人はテーブル上に置かれたお会計伝票を仕方なく手に取り、お店の会計へと向った。

 そしてそこには少し離れた位置にすでに伝票を持たず先に席を立った高齢の男性60歳より少しだけ若く見える女性が別々の場所に立ち待っていた。
 年配の婦人が会計伝票と1万円札を取り出して支払おうとしたとき、少し離れた位置にいた60歳よりほんの少しだけ若く見える女性がバッグの中に入れてあるいろんな紙の中から1枚を探し出し、会計係りに渡してこう言った。「私、ここの店しょっちゅう利用しているからよく知っていますけど、このネットで手に入れプリントアウトしてきたクーポンを出せば料金20%オフですよね。」

 店員はホテルマンとしては許されないくらいのぶっきらぼうで「はい」とだけ言った。

 結局年配の婦人は、紅茶のケーキセットを3人分(約6千円)さっきの1万円で支払った。
 年配の婦人高齢の男性が店を出てしばらく経っても、まだ60歳より少しだけ若く見える女性が店から出てこない。
 他人が何かの用事があって店内から出てこないのをわざわざ見に行くような婦人ではないのだが、少し怒りで興奮しているせいもあり先ほどの会計場所まで見に行った。
 そこではなんと60歳よりほんの少しだけ若く見える女性がお店のスタンプカードにスタンプを押してもらっているではないか。
 そして遅れて店外へ出てくると年配の婦人に向って「今日はご馳走までしていただいて、ありがとうございました。」と言い放つや、「これから京都まで出向いて“時代祭り”の見物に出かけますのでここで失礼します。」そういい残してさっさと行ってしまった。
もうひとりいた高齢の男性も「ご馳走様でした。」と言って去って行った。 


 話は1週間ほど遡る。

 
 年配の婦人は17年ほど前に腰を手術して半年間、そして一昨年には両膝を手術して片足づつ6週間の合計3ケ月間入院した経験を持っていた。
 その後にリハビリを懸命に頑張り、今は重たいものを持ったり、走ったりしなければ、なんとか日常生活がおくれるようにまで回復出来たが、勿論リハビリは引き続き頑張っている毎日だ。
 そんなとき、毎週通院しているリバビリの病院で高齢の男性と知り合った。
 男性のほうから声をかけてきた。「リハビリ頑張っておられますね、私の知り合いにあなたのことをお話したところ、腰と両膝を手術しなければならない女性から「ぜひお会いして、手術のお話や体験談をお聞きしたい」そういう強い申し出があったと、高齢の男性年配の婦人に話しかけてきました。
 年配の婦人は、自分のようなものの体験談でも同じような手術を控えている患者さんになら、少しはお役にたてるのではないかと考え、会うことを了承した。
 すると、その60歳前にみえる女性は積極的で、数日後には高齢の男性に電話番号を聞いたのか、年配の婦人宅に「じゃあ今週の日曜日でよろしいでしょうか。」と電話をかけてきた。

 そして待ち合わせ場所としてJR大阪駅のホテル○グランヴィア19階の軽食の食べられるお店を待ち合わせの場所に指定してきた。
 そして当日、年配の男性が仲をとりもち、60歳前に見える女性年配の婦人の入院手術の経験談やリハビリの効果などいろんな事柄について質問し、懇切丁寧にアドバイスをもらった。

 2時間をやや過ぎたとき、話も一段落したので「そろそろ出ましょうか。」と高齢の男性がテーブルに置かれた会計伝票を持たずに店の出口へと歩き出す。
 一方、60歳前に見える女性もまた男性の後を追うように続いて出口へと向う。
 年配の婦人は一瞬のうちに一人テーブルに残され、仕方なく会計伝票を手に取り、出口へと向った。

 

 これがこの三人の間で起こった数日間のやりとりの一部始終です。


 そしてさらに60歳前の女性年配の婦人に連絡先として告げた自分の携帯に夫人が電話をかけてきたとき、こう言いいました。「奥様、私は今自宅にいるので携帯は通話料金が高くて大変でしょうから私の自宅の番号を言いますから、そちらに電話をかけてくださいますか。」


 携帯電話の通話料金に詳しくない年配の婦人は言われるまま60歳前に見える女性の自宅に電話しました。その電話の内容は60歳前に見える女性から依頼を受け年配の婦人が息子に頼んで調べてもらった事柄でした。
 
 私はこの話を聴いたとき、最初に仲介役になった高齢の男性、もしくはそもそも体験話を聞かせてほしいと言い出し、しかも待ち合わせのお店も指定してきた60歳前に見える女性のどちらかがすべての支払いを負担するだけの気持ちや覚悟をしていなければならないのではないかと感じました。百歩譲って“割り勘”ではないのでしょうか。
 

 しかしそんな金銭的なことより、
① 話を聞きたい
② 待ち合わせの日時と店を指示する
③ 依頼した件の電話を携帯電話の料金は高いからと言っておきながら自分からかけずに自宅にかけなおさせる。
④ 軽食代を支払わないのにクーポンやスタンプカードは平気で利用する。


 こんなひどい悔しい思いをしたのは年配の夫人とは、私の年老いた「母」です。


 母はプライドが高いというよりも、自分以外誰もいなくなってしまったテーブルに清算伝票が置かれたままになっているのを、そのまま知らないふりをして、店の出口に向うことのできるような人間ではありません。

 そして、そんな年金でひっそりと暮らしている高齢の母の善意を自分の知りたいことを知るだけのために利用した二人の人間が憎いです。

 そういう自分勝手な人間が善人の仮面をかぶって生活していて、しかも本人たちには全く加害者の意識というものがないのが悲しい。


 お二人にお願いしたい。今日自分がどんな人たちにどんな行いをしてきたか、お金かからずに食事が出来ていろんなアドバイスもらったかわりに20%割引のクーポン使ってあげたでは終わらないでほしい。


 Sean Northが歌う final your song

 

 最近は新しい曲がいろいろ耳に入ってきても年に1曲か2曲くらいしか本当に好きになる曲がない。

 最後に気に入って手に入れた曲といえばレミオロメンの 粉雪 にまで遡らなければならない。

 そんなときTV東京系で先週までオンエアされていた 恨み屋本舗 のエンディングテーマであったこの final your song。

 ドラマの印象はあまりないのだが、淡々とではあるが内に秘めた感情を漂わせながら少しけだるく歌うヴォーカルのLumiさんの印象がGARNET CROWと初めて出逢った瞬間と似たものを感じた。

  


 僕がもしも いなくなれば

 君は泣いて 鳥になるだろう

 涙の海を背に 空へ溶けてゆくだろう

 だから僕は 生き抜かなきゃ

 アスファルトに 根を張ってでも

 君のために歌う

 ありったけの想いを 紡いだ歌

 

 世界中に響き渡れ

 心なくした誰もが また口ずさむまで

 愛は今ここに 君のすぐ近くに 


 君がもしも 星になれば

 夜が二度と 明けないままで

 空を見つめながら 銀色の涙落とすだろう

 生きることを ただそれだけで

 素晴らしいとか 誰が決めたの

 そんなの意味がない

 僕だけが残された 世界には


 世界中に響き渡れ

 いつか見えないなにかが 二人を分かつまで

 愛は今ここに 孤独なふりして気づかないだけ

 ほら聞こえるでしょう

 

 ちっぽけでも 不器用でも

 これが最初で最後の あなたへのLove Song

 歳をとっても 声枯れても


 歌え鳥よ 響け空へ 

 時を越えて 灰になるまで

 愛はここに 君のそばに

 生まれ変わり また出逢うまで

 

 

 

 

 

 「勝てるかもしれない。」
 そんな思いでレース観戦が出来るのなら、今年の凱旋門賞はもっとわくわくした気分で観ることができるのに。
 実際はどうかというと、「普通の状態で出走し、普通にレースが出来れば勝てる。」
 そういった思いが充満しているためとてもではないが冷静なレース観戦など不可能だ。


 野球に例えるなら、中日ドラゴンズ相手に7回裏を終えて5対0で阪神タイガースがリードしていたとしても、たった1点を奪われただけでも、その後にもし満塁ホームランを打たれてしまえば、たちまち同点にされてしまうじゃないかという気持ちでタイガースを応援しているようなものだ。
 他のチームが試合をしているのなら、楽勝ペースじゃないかと思えるケースであっても思い入れがある場合はどうしてもそういう気分になってしまう。


 昔岡部ジョッキーが「ルドルフは最高の状態でなくてもよい、普通の状態でさえあれば勝てる」、そう語った言葉の重みが今になってやっと深く理解することが出来るようになった気がする。
 そう考えれば勝てると確信しつつ応援するレース観戦というのは、至福の悦びであるのかもしれない。


 武豊ジョッキーに今さら素人がアドバイスするのもおこがましいが、ハリケーンランにしろシロッコにしろ、並ぶとしぶとい。だからディープインパクトには外から一気に抜き去るディープらしいレースを期待したい。


 最後に、「凱旋門賞」で日本生産馬が優勝するところを、私に競馬のロマンについて教えてくださった詩人志摩直人氏が見るこなく亡くなられたことが残念だ。


 凱旋門賞は遠かった・・・どうか全馬無事にレースを終えますように。

 先月のある夜、たまたまBS2の画面を見るとはなしに見ているとき、その映画に出会った。

 タイトルは『ラスト・コンサート』、TVから流れてきた美しい音色に惹かれ画面を見たらそこには”モン・サン・ミシェル”を背景に少女とうらぶれた中年のおやじが映っていた。

  

 人生に少し疲れた中年おやじリチャード(リチャード・ジョンソン)が白血病と診断された少女ステラ(パメラ・ヴィロレッジ)の自分に向けられた想いにとまどい、最初はそれを受け入れられない中、積極的で大胆な彼女にどんどん惹かれていき、やがて二人は愛し合うようになるのだが、不治の病に二人は引き裂かれるというストーリー。

 ストーリーだけを読めば全然魅力的ではない印象を受けてしまうかもしれないが、ステラ役のパメラ・ヴィロレッジの可憐さとバックに流れるステルヴィオ・チプリアーニの音楽に引き込まれた。

  

  

 そして演出的にも暗いラヴストーリーにならないようにテンポを良くし、フランス各地の美しい風景も背景として取り入れていた。

 特に”モン・サン・ミシェル”前のバス亭はかの地に行ったことがある者にはたまらなく魅力的なシーンだった。

 そして映画を見た後は、リチャード・ジョンソン演じるところの生きる目標を失った中年おやじリチャードに自らを投影していた。

 この『ラスト・コンサート』で繰り返し流れるのが「ラストコンサートのテーマ」という曲で、これが当時絶頂であったフランシス・レイをも超えるような甘く流れるようなメロディを奏でていた。

 

 『ラスト・コンサート』を観てから数日後、頭の中にあった「ラストコンサートのテーマ」のメロディがどんどん失われていく中で替わりに大きくイメージアップされてきたのが『FF-ⅩⅡ』のテーマとして一躍有名になったアンジェラ・アキさんの「kiss Me Good-Bye」、この曲と「ラストコンサートのテーマ」にはメロディ的にはなんの共通点もないのだが、「ニューヨークのバーで誰も聴いてくれない中、みんなが自分の演奏に耳を傾けてくれているつもりで歌っていた」という彼女の言葉と詩が、なぜか『ラスト・コンサート』の印象と重なっていった。

  

 

 映画や音楽に限りませんが、さまざまな作品との出会いはその人自身のそのときの心境や年齢によって影響の受け方が大きく異なるものだと思います。

 私自身にとってブログをお休みさせていただくにあたって、最後の映画と曲はこのふたつの作品にしようと考えていました。

 皆様方もこれからも素敵な映画や音楽や作品との出会いと、素晴らしい出逢いがありますように。

 

 追 記

 残念ながらディープインパクトの凱旋門賞優勝記事を私自身のブログで発表する機会を前にブログをお休みすることになりましたが、それでもいつか  どこかの街で  逢ったなら肩をたたいて  微笑みあおうディープインパクトが武豊ジョッキーで凱旋門賞に出走する限り優勝します。deli-pu

 

 ずっと亀田の試合を見続けてきた。

 変な言い方だが、彼の負ける姿を見たかったから。

 私は素人だが一格闘技ファンとして、彼のディフェンスと打たれ弱さでは世界チャンピオンには絶対になれないと思っていたから。

 そして今夜、彼が始めて敗れたことで、そこからまた再出発してくればそのとき彼は素晴らしいボクサーになっているだろうという期待を込めての願いだった。

 そう思って判定を聞いたとき、まあボクシングの世界にはよくあることだが・・・

 これでまた数年間ボクシングの試合を見る気がしなくなったことは事実。

 

 そう思うと競馬はやっぱりいいなあ、アウェイとかホームとか有利不利は存在しても、八百長のような出来レースはないから。

 

 誰が今夜の勝者か、それは亀田選手自身がわかっているはず。

 マスコミに操られるマリオネットになんかならずに、タイトルを返上して出直してほしいと願う。

 

 ハーツクライのルメールジョッキーが取ったポジションとコースはディープインパクトのポジションだ。

 ハーツクライは馬体を併せて叩きあうレースよりも一気に並ぶ間もなく抜き去るのが本来の持ち味。

 ちょっとルメールともあろうジョッキーが欲をかいたかなという気がした。

 惨敗してもいいくらいの気持ちで後方で我慢して欲しかった。

 しかし”強いハーツクライ”を世界にアピールしたかったルメールの気持ちもよくわかる。

 ”負けて強しハーツクライ”

 運が良いとか悪いとか

 人は時々口にするけど

 そういうことって確かにあると

 あなたをみててそう思う

 

 なんて一節が昔あったが、JR西日○の元幹部の天下り人事のニュースを見ると、あれだけの悲惨な人災事故を起こしておきながら、結局彼らの頭の中にあったのは「こんな事故が起きたときに責任職に就いていたことが”不運”だった」という思いしかなかったのだろうということ。

 更迭という処分を一旦下しておきながら、グループ全体として必要な人事だったとして子会社の代表取締役に就任させた理由平然と言ってのける神経を分析するとき、冒頭のフレーズを思い出さずにはいられなかった。

 だからみんなで不運な時期に不運な目に遭った”元幹部たち”をみんなでほとぼりが冷めるであろう頃を待って、今年6月の人事異動で抜擢したのだろう。

 こんなやつらに”安全”を語らせてはいけない。

 

 ジダン選手が暴力行為(頭突き)について記者会見をするという。

 ジダン選手がマテラッツィ選手に何を言われたかという真相を明らかにしたところで、彼が犯した『暴力行為』という事実は何も変わらない。

 あのジダン選手が・・・といった意見も一部あるようだが、そんなことは今回の一件とは全く関係がない。

 試合中に暴力行為をはたらいた者が退場させられただけのこと。

 しかしジダン選手が会見でマテラッツィ選手からなにを言われたのかを明らかにすることは、今後試合中に限らず全ての場所において、許しがたい極めて深刻な『暴言』があったとしたのならば、今後こういった言葉による暴力を絶対許してはいけないということを提起するためには必要なことだ。

 そして当然のことなのだが、ジダン選手が行った報復的暴力行為について、彼のこれまでの功績や両親が移民だったことで苦労したというような生い立ちを理由にしたくだらない同情論に流されてはいけない。

 人格者だの、子供たちになんと説明すればいいのかなどという、メディアの前や偽善者しか口にしないような言葉を延々と吐き続けている人々も数多くいるようだが、サッカーW杯を観ているのは良家のお坊ちゃんお嬢ちゃんだけではない、世界中のいろんな国や地域の子供達が見ているのだ。

 現実社会のほんの一瞬の出来事であったとしても、暴力行為は許されないというのが世界共通ルールだと教えればいいだけのこと。

 

 どこかの外相や官房長官のように、報復手段のための準備についてならすらすらとしゃべれるのに、報復的行為をせずに問題を解決をすることについては、全然会話することすら出来ない人たちというのは、まるで魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)しているようだ。

 勝ちにいって勝ったメイショウサムソンは強い馬だった。

 ダービーの前に、二冠を獲るほど強い馬だとは思えないと書いてしまった自分の未熟さを深く反省しています。

 そしてレース後ウイニングランを終えたメイショウサムソンの気持ち良さそうな仕草と石橋守騎手がスタンドの観衆に向って深々と頭をたれる謙虚な姿を観たとき、実にすがすがしいダービーだと感じました。

 勝ちにいって勝つということは、言葉でいうほど簡単ではない中で、実に堂々とした見事な騎乗でした。

 2着に敗れたとはいえ、アドマイヤメインは強い馬だと思いました。もう完全に脚があがっているのに、交わしていったメイショウサムソンを必死で差し返そうと二の脚を使って伸びていました。

 メイショウサムソン石橋守騎手がゴール前追うのを控えたということを考慮したとしても、アドマイヤメインの闘争心は素晴らしいものだと感じました。そして柴田善臣騎手(もう大センセイとは呼びません)の絶妙なペース配分、彼とアドマイヤメインが作った流れが、後方待機の馬たちの勝機というものを総て奪い去ったといっても過言ではないでしょう。

 そんな中でもドリームパスポートやマルカシェンクはいい伸び脚でした。

 一瞬これは、と思える瞬発力を発揮していました。

 

 最後に、勝ちにいって勝った石橋守騎手とメイショウサムソンを賞賛する気持ちは不変ですが、勝たなければならない馬、あるいは負けることが許されない馬たちに騎乗し勝ち続ける武豊という偉大な騎手の大きさを改めて実感した第73回日本ダービーでした。


 

 

 毎年世代が変わる3歳クラシック戦線において、馬の絶対能力(体調面を含めて)から予想する年と、レース展開を読むことによって予想する年という二通りの予想をそれぞれ楽しんでいる。

 そういう意味において昨年は馬の絶対能力から予想した年だった。

 今年はどうなのだろう。自分なりに分析してみた。

 皐月賞を勝ったメイショウサムソンのレースを見て『強い』という印象は受けなかった。

 メイショウサムソンはその父オペラハウスの良い資質を受け継いだ堅実で優秀なオールラウンドタイプの馬だということは認めるが、どうしてもダービーに勝利して二冠を獲るような馬だとは思えない。

 かといって掲示板を外すような成績にムラのある馬ではない気がする。

 今回は府中の1マイル半で『メイショウサムソンを負かす可能性のある馬』ということで考えてみようと思う。

 皐月賞で悔しい思いをした馬ということで思い浮かべるのならサクラメガワンダーだろう。新潟コースで出した上がり時計を別物と考えるなら、自身最速の末脚だったが、いかんせん位置取りが後ろ過ぎた。

 ジョッキー内田博の二走目に期待したい。

 サクラメガワンダーとは逆の意味でよく頑張ったのがフサイチジャンクではないだろうか。

 手ごたえの割りには頑張った。初の強敵相手であのレースが出来たのだから雰囲気にも慣れた今回は楽しみがあると考える。

 アドマイヤメインが青葉賞より少しだけ上がり時計を縮めて35秒2以上を出したなら、おそらく逃げ切ってしまうのではないだろうか。実際単騎逃げが考えられるメンバーだけにその可能性は充分考えられる。

 最後にメイショウサムソンを負かす可能性のある馬という一点にのみ集中して考えた場合マルカシェンク福永ジョッキーの名前が浮かんだ。

 彼は昨年のオークスをシーザリオで勝利したときから府中の1マイル半というコースと距離になにかしら重要なモノを掴んだような気がする。

 今年のダービーにおけるマルカシェンクの結果はわからないが、少なくとも後方でじっと待機するマルカシェンクのようなタイプの馬に騎乗する福永ジョッキーには、おおいに勝利するチャンスがあるのではないか。

 

 残念ながらロジックとフサイチリシャールには能力とローテーションに不満があるのでノーマークとしたい。

 アドマイヤムーンには距離の壁があるような気がするのだが、武豊ジョッキーに敬意をはらい3着候補には入れておくことにする。

 他に考えられる3着候補として、トニービンの血が流れるるドリームパスポートと鞍上横山ジョッキーのジャリスコライト、そしてひょっとしたら強いのかもしれないトーホウアランとパッシングマークまでを押さえておきたい。

 

 東京10レース 73回日本ダービー

 

 馬券

 3連単フォーメーション

 

 1着候補

   9番 サクラメガワンダー

  17番 フサイチジャンク

   6番 アドマイヤメイン

   4番 マルカシェンク

 

 2着候補

   2番 メイショウサムソン 

 メイショウサムソンを3着候補に入れた場合には下記の3着候補を2着候補とする。

 

 3着候補

   9番 サクラメガワンダー

  17番 フサイチジャンク

   6番 アドマイヤメイン

   4番 マルカシェンク

  15番 ドリームパスポート

  14番 ジャリスコライト

   5番 トーホウアラン

   8番 パッシングマーク

 

 とりあえず全部で56通りになりました。

 仮に1着候補を1頭減らすだけで42通りに減りますから、もう少しだけ絞ってみようかと考えています。