
階段を降りると、砂利道になりました。
車のわだちが有る事から、メインテナンス車用道路のようです。
受付の地図によると、まだ先にも城跡があるとなっていたので、進んでみた。
砂利道の横は崖で、眼下には白滝川が流れていて天然の堀を形成している。

突当りの広場に出たら、造園業者さん達が休憩中。
造園業者から立ち入り禁止と、注意されなかったので観光路を進む。
落葉樹が無くなり、寂しい感じになってきた。
土地の表面も凸凹で、廃城という哀愁が漂ってきた。
酷い場所では、竹薮の切り株が放置されていた。

場所は、下記のリンク地図を参照下さい。
リンク先の11番の場所です・・・紅葉全然無くて静寂な場所でしたよ。

驚いたことに築城された時の正門は、一番奥にあったこの門だというのです。
20~30人いた観光者は、誰もここまで来ませんでした。
気が付けば、工事業者の姿も有りません。
元正門から先にも道は獣道になり、先が分からなく怖い感じがしたので撤収開始。
滝廉太郎が子供時代に遊んだ城跡は、元正門のような感じに荒廃していたのでろうと
自分の中で想像しました。
自分は天守閣も現存する城も好きですが、廃城の荒廃ぶりを見るほうのが大好きです。
昔の人々が生活したあとを、想像して楽しめるところが良いですね。
最後に本丸を裏手側から撮りました。








