呉の大和ミュージアムに行ってみた その2 | ラクダのブログ

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海上自衛隊のカレー旨そうだな・・・しかし、20人は外で待っている。
時間が有れば食うのに!!



  

戦艦大和のオムライス・・・後ろ髪を引かれる思い出、大和ミュージアムへの渡り通路を歩く。

  

退役した潜水艦を右手に見ながら、大和ミュージアムにIN。

   

  

大和の巨大スケールモデルが鎮座している。
全長に大して横幅が広い艦だと分かる。





このモデル、ダブルデッキクルーザーよりでかいな!
25mm機関砲の配置から菊水作戦時の大和だと分かる。

戦艦の定義は、自艦の主砲で自艦を打った場合、砲弾が貫通しない装甲を備えていることだ。

大和のプラモデル作った事があれば、主砲の上部鉄板が凸凹しているのに気がつくだろう。

43cmの硬調鋼鈑を3枚重ね合わせて溶接されている。
製作をドイツに依頼したとか聞いたが、日本とドイツ間は、片道Uボートで3ヶ月かかる事から日本で流石に作ったんじゃないか?
と思う。

大和が爆発した原因は副砲塔の装甲が貧弱で、副砲塔上部に250kg爆弾が直撃し、火薬庫への引火 → 爆沈だった。


大和の副砲は、軽巡洋艦を重巡洋艦に改装したときの余剰15cm砲。
(旧日本軍は軽巡洋艦の制限ぎりぎりで作り、開戦と同時に主砲を20cmに変更したので15cm砲が余った)
戦艦の副砲として搭載したのだから装甲厚を増やすのが当たり前だが、増やさなかった。

煙突内に40cm鉄板を敷き詰め、小さな穴を開けてまで戦闘区画の重装甲化したのに・・・どこか旧日本軍は抜けていると感じる。

25mm機関砲が3cm厚の鉄に囲まれていたが、目的は主砲の爆風避けだった。
12.7mm航空機銃なら防げるが70kg爆弾レベルも防げないので意味が無い。
主砲や戦闘区画以外、装甲を施さないで軽量化を狙っていたのか?と思われる。

46cm砲を積み、非力なパワーでいかにコンパクトに作るか!?に集約された戦艦だからしかたないか。
16万馬力で6万7千トン、長さ270m超えで非力でコンパクト!?と思う人はアメリカが作ったアイオワ級見れば一目瞭然。
アイオワは40cm級主砲で4万5千トン、長さは大和より長く・・・21万馬力!!
装甲区画比率は大和40%に対し、アイオワ55%で考えても大和は装甲箇所が少ないと感じる。

アメリカの戦艦はパナマ運河を通過させるのに、横幅制限があり大和のような横幅が広い艦を建造できなかった。
もし、昭和16年にアメリカが大和作ったら・・・10万トン超え、全長330m超え、30万馬力以上だったでしょうね。

これが当時、日米の基礎工業能力の差だと分かる。

46cm砲の砲弾3種類、真ん中が40cm砲弾、右が36cm砲の弾。
見た目はそれほど変わらないが、40cm砲弾が約1トン。
46cm砲弾が約1.5トン。


就遊館にも展示されていた「回天」のもとになった酸素魚雷。

  


特殊潜航艇「海龍」
特攻兵器では無く、艦底に2発の小型魚雷が確認できる。



これを哨戒線上に配置し、Uボート同様のウルフパック攻撃をしようとした。
しかし、米軍駆逐艦の数、スピード、ソナーが装備されている事から時代遅れであった。
結局40ノット以上出せる「回天」の特攻作戦になった。
何しろ米軍は第一次大戦の期間だけで、駆逐艦を1千隻も製造したほどだ。

物量の前には、誰も勝てませんよ。


零戦も有ったので紫電改と比較してみましょう。

  

コックピットから主翼までの距離を見れば紫電改の大きさが分かるでしょう。

  

プロペラスピナーから見えるエンジンカウルも紫電改は、1回り大きい。
14気筒と18気筒ターボエンジンの大きさの差である。
武装は紫電改は20mm機関砲×4;この冷戦は20mm×2、12.7×2、7.7×2?

  

展示物を一通り見終わって大和が残したもの・・・とかいう映画を見る。

工程管理とブロック工法は、戦艦大和で初めて採用された製造方式だ。
長門型戦艦「陸奥」以来25年以上日本は戦艦を設計していなかった・・・戦艦設計経験者は
既に退職しており、いかに設計・製造時間を短縮できるか!に焦点があてられた。

今日、工程管理法とブロック工法で最後に組み立てて完了する方法が当たり前だが、75年前に論理が確立された事が今日の工業化に貢献している。
上記の事から、当時のGNPの30%を注ぎ込んだ馬鹿工事と言われている大和建造だが、無駄では無いと自分は思う。


大和ミュージアムを出ると、自衛艦カレーを売っていた。





おおすみのカレーらしいが、食べたら普通のカレーじゃないか?
コンビニより良いかな?といったところ。

機会が有ればカレーとオムライスの食べ比べしたいなw

次は岩国へ向かった。

じゃあ、ノシ