ある年のクリスマス・イブ


一人の青年が部屋の中にいた。彼は平凡な会社に勤め、
平凡な地位にいた。社交的な性格ではなく、恋人も友人もいなかった。
それで、クリスマス・イブだというのに一人ヒマを持て余し、退屈そうにしていた。


世間ではメリークリスマスだと騒いでるが、俺にとっては
少しもメリーなんかではないな……

冴えない男

そんなことを考えながら眠りに落ちようとしていた時だった。
ふと人の気配を感青年は顔を上げた。そこには、
サンタクロースの格好をした見知らぬ老人が立っていた。

サンタクロース

しかし、言うまでもなく青年は相手を物語のサンタクロースと
認めたわけでない。
彼は、誰かの悪ふざけだろうと思った。

誰ですか?冗談は止めて下さい。僕は今あなたに付き合うような
気分じゃあない。何かの勧誘ならお断りですから。

サンタクロースは優しい目つきで言った。

勧誘だなんてそんな目的でここを訪れたわけではありません。
私をよくごらんなさい。さわっても構いませんよ。
また、音もなくここに出現したことを考えてみてください。

まさか、しかし嘘をついている様子もないし、どこか人間離れ
した印象を受ける。鍵は掛けていたし、いくらウトウトしてたといっても
音がすれば気づくはずだ。もしかすると……

あなたが本物の様に思えてきました。とするとサンタクロースの
話は本当だったのですね。しかしなぜ僕のところに?

世の人々が心のどこかで私に期待している。その期待が
一つだけ願いを叶える力となったんです。クリスマス・イブ
一回ぐらい、奇跡が起こってもいいでしょう。あなたの所に訪れたのは
近くを通りかかった時、寂しげなものを感じたからです。
さあ、望みのものを言って下さい、一つだけ叶えます。

そう言われて、青年は考えた。
青年の頭の中に色々なものが浮かんでは消えていった

可愛い恋人、車、快適な住居。家具、会社の昇進…。

どれも捨てがたい、がこんなことに
願いを使っていいのだろうか

決まりましたか?さあ、望みは言って下さい

僕が辞退したらあなたはよそを訪れることになるのですか?

ええ、そうなるでしょうね。

僕はなんでこんな馬鹿げたことを考え付いたのかわかりませんが、
あなたの贈りものを受ける資格が、僕には無いように思います。
世の中には、僕よりももっと寂しく思ってる人がいるはずです。
例えば、近所に病気で寝たきりの女の子がいる。あなたがそこにいけば
どんなに喜ぶか分からない。ここでぼくが望みを叶えてしまうと、後できっと後悔する。
僕から回されたことは黙って、その子の所へ行ってあげて下さい。

分かりました。では、そうしましょう。

サンタクロースが消えた後、部屋には青年と静寂だけが残った。
しかし、寂しい気持ちは消えていた。満足感があり、後悔はなかった。
目に見えない、素晴らしいものをもらった気分だった。
青年は少し酒を飲み、こう言った。

メリークリスマス

病気のためベッドに横になり、ひとり寂しそうにして
泣いている女の子がいた。

少女

何か欲しいものはあるかい?言ってごらん

誰?どうやって入ってきたの?

女の子はそれから、サンタクロースの格好をした老人に
幾つかの質問をしてみたが、とても偽者だとは思えず
やがて本物のサンタクロースであることを認めた。

ほんとにサンタさんなのね。

そうだよ、望みを何でも一つだけ言ってごらん、かなえてあげるよ。

女の子は考え始めた。

おもちゃがいいかしら?
お人形もいいけどお友達も欲しいな
いつも一人じゃ寂しいし…。

欲しいものは決まったかい?

ねえ、サンタさん。サンタさんはどうしてあたしのところにきたの?

じつはね、名前は言えないけど、さっきある人のところへ行ったんだよ。
そしたら、こっちへ行くようにすすめられたんだ。

そうだったの。…あたしなんにもいらないわ。
一人で寂しかったからお友達が欲しかったけど、
それを聞いて、あたしは一人じゃないって分かったわ。
だから、もう欲しいものはないの。
よその人のところにいってあげて。
あたしよりもっと寂しくしてる人がいるはずよ。

どんな人だい?

そうね、この先に住んでる金貸しのおじさんなんかどうかしら。
あまり評判のいい人じゃないの。お友達もいないんじゃないかしら。
きっと寂しそうにしてるから、なぐさめに行ってあげて。

じゃあ、そうしよう。

さよなら、サンタさん。

さよなら

サンタクロースはいなくなった。
しかし、女の子の寂しさは消え、うれしい気持ちが込み上げてきた。
どこかに願い事の権利を辞退してまで、あたしのことを考えてくれる人がいる。
それだけで元気になれそうな気がしていた。
いつしか女の子の瞳から涙が消えていた。

一人仕事をしている中年の男がいた。
その男の後ろに立ち、サンタクロースは声をかけた。

こんばんわ……

お金を借りにいらっしゃたのなら、担保か
しっかりした保障が必要ですよ。

クリスマス・キャロル

いえ、お金を借りに来たのでも、返しに来たのでもありません。
私はサンタクロースですので、何かお望みのものがあれば、
差し上げようというわけです。
男は冷静で用心深い性格だったので、
サンタクロースの格好をした老人を疑ってかかった。
しかし、何回も見つめなおし、質問していくうちに、
どうも本物らしいと信じはじめていた。

信じてもらえたみたいですね。
それで何かお望みのものはお有りですか?
一つだけおっしゃって下さい。

あるとも。ありすぎるぐらいだ……

欲しいものなんて絞りきれないし
やっぱりここは金しかないな。

現金が欲しいと言ったらどうなる?

かまいませんよ。それで貴方の心の慰めになるのでしたら。
実は、願い事をかなえる権利をあなたに譲った人の条件がそれですので。
なるべくなら、その方針に沿いたいんです。

なんだと。
こんな貴重な権利を譲ってくれた人がいたのか。
信じられないことだ。
その人は頭がどうかしているんじゃないのか?

いいえ、名前は言えませんが頭のおかしい人ではありませんよ。
その方がよく考えた上でそう決めたのです。

世の中にはそんな人もいるのに、私は金のことし考えてなかった。
別に金に困ってるわけでもないし、どちらかと言えば裕福な方だ。
折角の機会だ、何か金で買えないものがいい。
今までこんな商売をしてきたせいで、親しくしてくれる人も
いなかった。素晴らしい友人が欲しい。
いや、既に私のことを考えて、サンタクロースをここに
回してくれた人がいる。となると…

私は何もいりませんよ。
どこかよそへ行ったらどうです。

欲のない方ですね。

欲はあるさ。
しかし欲しい者は自分で手に入れることにしたんでね。
それに私は十分恵まれている、
サンタクロースなら、別の人のところへ
行ってあげたほうがいい。


例えばどんなところへですか?

こんな商売をしてると色々耳に入ってくるんだが、なにやら危険なことを
企てている人がいるらしい。何をしようが知ったことではないが、
そういう人の心は荒んでいるんじゃないかな。
そこへ行ってはどうだろう。

では、そうしましょう。さよなら

さよなら。もう会う機会はないだろうが、あなたとあなたをここに
回してくれた人のことは忘れないよ。

サンタクロースが消えると男は仕事に戻った。ここにサンタクロースを回してくれた人に
感謝の気持ちを抱くと同時に、これまであくどい商売をしてきた自分を恥じた。
今の商売を止めるつもりはないが、これからは営業方針を変えよう。
もしかしたらサンタクロースを回してくれた人が、ここにお金を借りにくるかもしれない。
そんなことを考えながら、仕事を進めていった。

あるビルの地下室。一人の男が暗闇で佇んでいた。
これまでの彼の人生を一言で言えば、悲惨とでもいうべきだろうか。
いいことは一つもなかった。それため、彼は社会を憎悪し、敵視した。
彼は仲間を集め、行動に移そうとしていた。
目的はある国とある国を争わせること、すなわち戦争だった。
彼は世界など滅亡してしまった方がいいと本気で考えていた。

キバヤシ

そこへサンタクロースは現れた。

変な格好をして、誰だ?どこかのスパイだな。
ここに来て無事に帰れると思ってるのか。

わたしはサンタクロースです。

馬鹿なことを言いやがって。死ね。

男はそう言い放つと、サンタに向かって引き金をひいた。
しかし銃弾はサンタの体をすり抜け後ろの壁に穴を空けた。

信じていただけましたか?

馬鹿な、信じられないが、信じるしかなさそうだ。
しかし、なぜサンタクロースがここへ…

ある人が願いをかなえる権利をあなたに譲ったのです。
何か願いがあればどうぞ。どんな願いでも一つだけ叶えます。

世界の破滅
世界の破滅はずっと望んでいたことだ。
言えば叶えてくれるかも知れない。
しかし、破滅させる世界にはサンタをここに
回してくれた人も含まれてる。

妙な気分だ。こんな心境では決められない。しばらく考える時間をくれ

しかしクリスマス・イブも、まもなく終わりです。
もうすぐ私は消えてしまう。またいつか、
改めて願いを聞きに来ましょうか?

そうだな、いや、今度は別の人のところへ行ってくれ。
俺の考えは変わった。
あなたがここに来てくれただけで満足だ。

分かりました。ではさよなら……

ああ、さよなら。

暗闇の中に静寂が戻った。
彼は少し考え込んだ後、銃を投げ捨てた。
社会に対する憎悪は消えてはいなかったが、もう世界の
破滅は望んではいなかった。

クリスマス・イブがまさに終わろうとしている頃
サンタクロースは街を見下ろしていた。
そしてこう呟いた

もしかしたら、きょう最も楽しさを味わったのは自分かもしれない

星新一『未来いそっぷ』より『ある夜の物語』