こころ相談(ひろゆき)のmy Pick
ナラティヴセラピーでは
ひとと問題を切り離して考えていく・・・
「問題が問題であって人が問題ではない」
問題についてかんがえていこう・・・・・
悩みについてかんがえていこう・・・・
私たちは
知らない間に
=
として解釈して与えていないだろうか??
与えているというのは
そのひとに意味を与えて・・・
そのようにしてとらえようと試みているということ。
例えば
家族のだれがが
こころの悩みを患ったとして・・・
症状に不適合なことが現れたとする。
どこかで??
「○○ちゃんはおかしくなった・・・」
「○○ちゃんは病気だから…意見を聞くことは無理だろう」
少なくとも
このように考えたりしていないだろうか??
逆に
悩みを抱えた人たちが
どんな状況であったとしたら・・・・
近くにいる大人や友達に・・・・
自分の今の状況を語ろうと思うのだろうか???
語らないのではなくって・・・
もしかしたら語れる場や空間が与えられていないから・・・・
彼らは語りを閉ざしているのではないだろうか???
そして
彼らは決して??
もしかしたら
孤立や孤独を望んでいるのではなく・・・・
選択肢として選んだわけでもなく
そちらを選んだのではないだろうか???
選んだ理由が
もしかりにもしかしたら???
以前に嫌な体験をしたからなのかもしれない。
悩みをかかえた人たちが
誰かに相談したりするとき・・・の
力関係にもよるのかもしれない。
相談とは
相談を受ける側と
相談をする側と別れた時・・・・
相談を受ける側のパワーが強いと
相談する側の人たちは・・・・
相談を受ける側の顔色・・・
相談を受ける側が描く解決像を選ぶように語る傾向が
強くなってしまうことがある。
(当事者が納得しなくとも助言をあたえてくれたひとを喜ばすような感じで・・・)
これでは自分に自信を持ってもらうことなど難しくなるだろうし、
これを繰り返してしまえば・・・・
常に他人に神経を使って・・・・
自分の意見を述べる・・・語ることができなくなってしまう傾向が
強くなってしまう。
こころの悩みな問題で
誰もが考えたり思っていたりする
「今の状況をわかってほしい、りかいしてほしい」
「わたしたちなりにどりょくしていることもあるし
それについてりかいしてほしいし、ちゃんと評価もしてほしい」
私たちは・・・
ひとつ確かなことがある。
その人に代わって・・・
いま感じているように思っているように
その人のことを
すべて理解することはできないということ。
私たちは
目の前の人物を
自分の思考という翻訳機に通して・・・・
そこから解読(自分たちの経験値や他の情報などから)して・・・・
考えたり理解しようと試みたりしている。
当事者の情報は
当事者から聞く(語る)までは・・・・
だれも知りえない。
私たちは・・
目の前に
悩んでいる人や
問題に直面して困っている人や
心配事がある人など・・・・
そのひとたちになにができるだろうか???
家族に
友人に
同僚に・・
悩みをかかえたひとがいたら・・・
かれらがかたりだすのは???
いったいどんな状況や場だったら・・・・
アナタはいう
相談の場をあたえたのに・・・
話を聞く場を与えたのに・・・・・
それでも
彼らが語らないのは????
何がそこになかったからなのか???
何がそこにあったとしたら・・・・・語りだそうするのだろうか???
ことばがうまくないひと・・・
はなすのがうまくないひと
話すのがきらいなひと・・・・
コミュニケーションがうまくないひと
かれらが・・・・
そうおもわなくてもよい関係とは???
あなたが思う考える
コミュニケーションスキルから
一度離れて・・・・
このことについて
すこし
考えてみてみないだろうか??
コミュニケーションスキルとはこうであると考える前に
らいふす^~~^と^^~り研究所