大人発達障害女子、たぶんこれが私の生きる道☆ -16ページ目

大人発達障害女子、たぶんこれが私の生きる道☆

未診断ですが、発達障害の疑い極めて濃厚(^^;
今後一年ちょっとくらいで人生岐路かなぁと思うので、記録を付けたいと思います。

最近、とある掲示板でこんな意見を読みました。


「親子の愛は無償じゃない。必ず見返りを必要とする」


その通りだと思います。

ただ、見返りといっても、もちろんお金や損得問題とは

限りません。


例えば、子供の可愛らしさ。

愛情に満ちた家族を作ること。

孤独を癒すこと。

自分の人生を価値あるものだと感じること。


色々なことが見返りになり得ます。

何の見返りもない場合は絶対的な愛情などないと思う。


例えば私と母の場合で言うと、子供を持つことの

幸福や価値は他の息子娘で満たされているため、

上記のものは私抜きでも満たされます。


見返りよりも負担やマイナス要素の方がずっと大きいと、

親は子供に愛情を向けることをやめるかもしれません。


例えば、慢性的な極限状態にある親は、

子供を売春宿に売るかもしれません。

(残念ですが、現在でも実際に起こっていることのようです)


極限状態にあっても、

「自らを犠牲にしてでも子供を愛し、守る」

親もいるでしょう。その場合、

「子供のために自分はできるだけのことをした、

価値ある人間である」

という満足感を得ることが見返りになるかもしれないし、

「この子供を守ることで、自分は死んでも、

自分の遺伝子や想いは無限の未来へ受け継がれる」

という希望が見返りになるかもしれない。



極限状態でどちらになるかは人にもよるでしょうし

状況にもよるでしょうけど。


ただ、子供を産み育てることは本当に大仕事です。

それだけがんばって、他のことを我慢したり、

お金をかけて育ててきたのだから、

愛着は他の人間関係に比べて

とても大きいものになるでしょう。


その他の人間関係と親子関係の違いは、

それだけなんじゃないかと思えます。

子供を精一杯愛しながら頑張って子育てしている

父母の方は、恐らくあなた方とは相容れない意見であることを

了解した上で以下の記事を読んでください。








親子の間に絶対的な愛情が無条件に存在するというのは、

私は虚構だと思います。


深く強い愛情が存在するのは、

「親がある程度充足している場合(慢性的な極限状態にない場合)」

「ある程度理解しあえる人間同士であるか、

あるいは当人(親、子)にとって説得的で十分な情報がある場合」

に限られるのではないかと思います。


そうとしか思えない事例が数多くあることに気付いたのです。


その例の一つが私と母親です。

私の母親は私と理解し合うことが難しく、

また十分な情報もありませんでした。

さらには、定型発達の”理解し合える”息子や娘が他にいました。


そうした状況の中で、母親は小さい頃から私の人格を否定し、

「望ましい形に変えよう」と試み、いまいち変わらない私を

また否定し、罵るという方法で私を育ててきました。


ところが、ほぼずっと専業主婦だった彼女にとって、

子育ては人生での一大事業だったわけで、

私の卒業した大学のレベルがお気に召すや、

「どうやって子育てしたの、って近所の人に聞かれちゃったわ」

と嬉しそうで、自分の手柄と思っているようです。

介護問題が話題に上ると、

「うちの子は親の介護を嫌がったり施設に入れたりするような

子じゃない。そんな育て方はしていない」

と高らかに宣言しています。かなり自信があるようです。


彼女は、私に対しても愛情を持って育てたと

思っているのかもしれません。

それもひょっとしたらある種の愛情なのでしょうか?


でも、私は決してそれが恋愛や他の愛情よりずっと強い、

無条件の絶対的な愛情とはおよそ思いません。

昔は、といっても割と最近までは、私も漠然と

「将来は子供を持つのかな~」と考えてました。


彼氏が「赤ちゃんの名前は」云々話してくるのに

「そうだね~、私はこんな名前が好き」

なんて答えたりさえしていた。


でも、昔から積極的に子供が欲しいと思ったことは

なかったし、「まだまだ、できるだけ、なるべく先がいい」

と思ってました。小さい子も特に好きじゃないし、

動物に対しての方が「可愛い」て思います。


それが「嫌だ」に変わった時期ははっきりしています。

彼氏に結婚したいと言われ、年齢もアラサーだし、

結婚や出産についてネットで色々な情報を

読み漁っていた時期。


その中で、”発達障害は遺伝する”ってことも

知りました。


本当にショックでした。

私の場合、親や祖父母に発達障害らしい人は全くいないので

それは予想もしないことでした。

彼氏にもそれは話して、

「だから私は、将来子供が欲しいかわからない…」

と告げたけど、こんな曖昧な言い方をして、

はっきりと言うことはできなかった…。


それに、私は未だに発達障害という名前すら

恐らく知らないだろう、未だに私のことを

おかしな問題児としか思ってない母親のこともあります。


母親は私の性格が嫌いだそうです。

”世間の大部分から嫌われる性格”なので、

よかれと思って「それがいかに胸糞の悪い性格か」

逐一伝えてくれているんだそうです。

最も胸糞の悪い嫌われる要素は、ちなみに、

理屈っぽいところだそうな。

理論的思考はASの大きな特徴です。


ASの話を彼女にするのは、今のところ諦めています。

もし確定診断が下っても、多分話さないと思う。

理解しようと努力するタイプではないので。


親子の愛は恋愛より強くて絶対的なものだとか、

そんなこと信じる気は全くうせてしまいましたえへへ…