こうして親子関係をドライに理解してしまうと、
子供を持つ意義って何だろう?と思えてくる。
ネットで若い母親の声を聞くと、子育ての負担の大きさに
驚かされる。そして彼女らは、口々に
「子供を持つこと=手放しの幸せ」という風潮があって、
こんなに大変だと知らなかった、と言う。
もちろん大多数が「でも可愛い、愛している」が
上回っているようだが。
子供を持つと、特に母親は周り中から子供のために
滅私奉公で生きることを要求されるらしい。
しかし、「子供は親の所有物ではなく、別人格、別の人生」
とも言われる。(当たり前だけど)
中高生ともなれば子供の頭の中は学校や自分の友達で
いっぱいになり、家族のポジションは相対的に下がっていく
ことが多いだろう。
(湊かなえの「告白」に出てくる下村少年の心理と行動は、
実に生々しい中学生の現実じゃないかと思う。
以下の空欄を反転すると、「告白」のネタバレがあります
家族にHIVがうつらないように必死だったのは、家族への愛
ではなく、自分の安定した生活を崩さないために、
親には健康でいてもらわないと困るからだったという描写がある。
中学生の心理ってそういう感じではないかと思う)
その過程でも、子供中心に子供の幸せを第一に考えることが
求められ、お金も非常にたくさんかかる。
自由も時間もお金も子供のために
とんでもなく割かねばならない。
大人になって独立すれば親孝行に目覚める人も多いだろうが、
介護や同居となると、実親でも手放しに喜ぶわけでもないらしい。
つまり、親より大切なものが、当然ながら色々出てくる。
ちなみに、子供を持つ幸せとして、「乳幼児期に無条件に絶対的に
自分(母親)を愛してくれること。」を挙げる人も多い。
「こんなに100%の愛情を注がれることは、人生で他にない」
らしい。
でも、個人的にはこれにも懐疑的です。
だって、乳幼児は本能的に生存のために必要だから母親を
求めているだけでしょ?
それを、「顔を真っ赤にして声が枯れるほど泣き叫び、
体をのけぞらせて「ママ~」と自分に向かって手を伸ばす」
という人間らしい愛らしい姿で行なうからなんとなく
情にほだされるのかもしれないが、あくまで乳幼児は
己の生存に必要な相手を確保しようと本能でそうしているに
過ぎないんじゃないだろうか。
それって、愛情なの…?愛ってそういう類のもの??
こうして考えると、トータルでは負担が多すぎるように思える。
子供のいる人生で、幸せファクターと負担ファクターを比べた場合、
後者の方がよっぽど大きいように、個人的には見えてしまう。
もちろん、女には肉体的ダメージもあります。
何事もないように見えても腰痛持ちになるとか、
慢性的ダメージを残すことも少なくないようです。
さて、この負担に加え、ドライな親子関係の認識に加え、
厄介な脳機能が遺伝しかねないという心配を加えると、
自ずと子供は持ちたくないという結論に至りました。
もし反論してくれる人がいたら、ぜひお願いします。
納得せざるを得ないような力強い反論があれば、
私も人生少しは変わるかもしれないし。
駄文長々とお付き合いありがとうございました。
(読んでくれた人は果たしているかな・笑)