子供を欲しくない理由5 | 大人発達障害女子、たぶんこれが私の生きる道☆

大人発達障害女子、たぶんこれが私の生きる道☆

未診断ですが、発達障害の疑い極めて濃厚(^^;
今後一年ちょっとくらいで人生岐路かなぁと思うので、記録を付けたいと思います。

こうして親子関係をドライに理解してしまうと、

子供を持つ意義って何だろう?と思えてくる。


ネットで若い母親の声を聞くと、子育ての負担の大きさに

驚かされる。そして彼女らは、口々に

「子供を持つこと=手放しの幸せ」という風潮があって、

こんなに大変だと知らなかった、と言う。


もちろん大多数が「でも可愛い、愛している」が

上回っているようだが。


子供を持つと、特に母親は周り中から子供のために

滅私奉公で生きることを要求されるらしい。

しかし、「子供は親の所有物ではなく、別人格、別の人生」

とも言われる。(当たり前だけど)

中高生ともなれば子供の頭の中は学校や自分の友達で

いっぱいになり、家族のポジションは相対的に下がっていく

ことが多いだろう。

(湊かなえの「告白」に出てくる下村少年の心理と行動は、

実に生々しい中学生の現実じゃないかと思う。

以下の空欄を反転すると、「告白」のネタバレがあります

家族にHIVがうつらないように必死だったのは、家族への愛

ではなく、自分の安定した生活を崩さないために、

親には健康でいてもらわないと困るからだったという描写がある。

中学生の心理ってそういう感じではないかと思う


その過程でも、子供中心に子供の幸せを第一に考えることが

求められ、お金も非常にたくさんかかる。

自由も時間もお金も子供のために

とんでもなく割かねばならない。


大人になって独立すれば親孝行に目覚める人も多いだろうが、

介護や同居となると、実親でも手放しに喜ぶわけでもないらしい。

つまり、親より大切なものが、当然ながら色々出てくる。


ちなみに、子供を持つ幸せとして、「乳幼児期に無条件に絶対的に

自分(母親)を愛してくれること。」を挙げる人も多い。

「こんなに100%の愛情を注がれることは、人生で他にない」

らしい。

でも、個人的にはこれにも懐疑的です。

だって、乳幼児は本能的に生存のために必要だから母親を

求めているだけでしょ?

それを、「顔を真っ赤にして声が枯れるほど泣き叫び、

体をのけぞらせて「ママ~」と自分に向かって手を伸ばす」

という人間らしい愛らしい姿で行なうからなんとなく

情にほだされるのかもしれないが、あくまで乳幼児は

己の生存に必要な相手を確保しようと本能でそうしているに

過ぎないんじゃないだろうか。

それって、愛情なの…?愛ってそういう類のもの??


こうして考えると、トータルでは負担が多すぎるように思える。

子供のいる人生で、幸せファクターと負担ファクターを比べた場合、

後者の方がよっぽど大きいように、個人的には見えてしまう。


もちろん、女には肉体的ダメージもあります。

何事もないように見えても腰痛持ちになるとか、

慢性的ダメージを残すことも少なくないようです。


さて、この負担に加え、ドライな親子関係の認識に加え、

厄介な脳機能が遺伝しかねないという心配を加えると、

自ずと子供は持ちたくないという結論に至りました。


もし反論してくれる人がいたら、ぜひお願いします。

納得せざるを得ないような力強い反論があれば、

私も人生少しは変わるかもしれないし。


駄文長々とお付き合いありがとうございました。

(読んでくれた人は果たしているかな・笑)