「利他の精神」について公式LINEのメッセージでシェアさせていただきました。

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「自分のこともままならないのに、他人に優しくしたり無償で何かを提供したりなんてできない」というお声も届いてきます。


確かに、健康のこと、経済的なこと、家族間や職場での人間関係などで苦しい状況に置かれていると、「利他」どころではない、というのもうなずけます。

私自身も、辛い状況に置かれると、つい視野が狭くなって自分のことで精一杯になってしまいます。


そんなとき、今学んでいるパーツワークの本の中に「なるほど~」と思わせる箇所があったのでシェアさせていただきますね。(専門的な言葉は使わずわかりやすいように一部書き換えてお伝えさせていただきます。)


(「悪い私」はいない 内的家族システムモデル(IFS)による全体性の回復 リチャード・シュワルツ著 より )


現在、私たちは自分自身や私たちの仲間を、根本的に利己的で欠陥のある存在とみなしていて、それが「食うか食われるか」の冷酷な経済・社会システムをもたらしています。そして、問題に対して、体系的ではない、脈絡のない方法でアプローチしているため、これらの問題に対する解決策はしばしば事態を悪化させ、地球を傷つけ、社会から追いやられた人々を大量に生み出しています。

社会の枠組みからはみ出した人がいるという状況は、そのシステムにとって何のメリットもありません。それは、私たちが互いに繋がること、自分の身体や地球と繋がること、そして神聖なものと繋がることを断ち切る行為なのです。

私たちの内なる世界もまた、このパラダイムによって汚染されています。本来は宝物である私たちのパーツが、外側のシステムを反映してしまう結果となるのです。たくさんの傷ついたパーツたちがいて、多くの防衛パーツたちに負荷をかけています。そのように、私たちの内なるシステムは、もつれた毛糸の玉がいくつも絡み合っているような、重たい状態が通常パターンとなっています。これは、私たちがだれでも備えている、調和、慈愛、落ち着きに満ちている「セルフ」とは真逆の状態です。

このように、私たちの内的システムが混乱していたり、社会と断絶していたりする状況は、疲弊と破綻をもたらします。

そこで、

私たち一人一人の中には、聡明で慈愛に満ちた善なる本質があり、それは調和に満ちた関わり方を知っています。そして、そこには毛糸の玉のように混乱した「こころ」ではなく、調和に満ちたパーツが織りなす「内的システム」があるのです。

これらのパーツはときに破壊的であったり、害を及ぼすことがありますが、いったん重荷をおろしてあげることができると、パーツたちは本来の善なるものに戻るのです。そして、それが真実であるからこそ、私たち一人一人がその本質にアクセスして、人生を導くための明確な道筋を持つことができるのです。それは、私たちの内側の世界でも外側の世界でも同じことです。そうすることで、私たちはあらゆるレベルで相互に繋がっているという基本的真実に気づき、その自然な結果として、思いやりと勇気ある行動が生まれるのです。

大変なことのように聞こえるかもしれませんが、このパラダイムシフトを行うには、実は大きな犠牲や苦しみが必要なわけではありません。ほったらかしにしていた自分のパーツを取り戻すことは痛みを伴うかもしれませんが、その努力はそれ以上の価値があります。

自分自身と他者へのより多くの愛、より多くの喜びと歓喜につながります。そして、より有意義な習慣や活動、充実したビジョンが感じられるようになります。


~引用終わり~


パーツの声を聴いてあげてその負荷をおろしてあげると、

「傷ついた私」に癒しがもたらされて、

セルフ主体の調和のとれた存在となります。


自分の内側も調和がとれていて、

自分と外側の世界や自分以外のひととも調和がとれている状態です。


自分も他人もない、みんな同根だということが深いレベルでわかっている状態。


この状態では、自然な形で「利他」が行われます。利他だと意識せずとも。


「パーツの声を聴くことで豊かさへの道が開く」とも言えないでしょうか?


パーツワークのご興味のある方はご連絡くださいね。



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