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You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

今日まで我慢すれば

明日から少し気温が下がるってホントですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は本気で暑いようです、

毎年この人がフロアで体を冷やしてるのは滅多に見ないのに

今年は何度も何度も冷やしてます・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さんかくの中にまる。

 

 

 

 

・・の中に更にまる?さんかく?

 

 

 

 

 

 

こちらも秋の恒例、

季節の変わり目になると皮膚疾患を起こす

るぅくんです。

 

 

 

 

こんなことで季節が変わるのを実感しなくてもいいのだが・・

 

 

 

 

 

 

 

 

14~15年間可愛がっていたにゃんを病気で亡くしたお友達が

ずーっとペットロスで

 

声をかけられないくらい憔悴しきっていたのですが

半年ぶりくらいに連絡をくれました。

 

 

 

辛いよね。

 

 

だって自分の人生の中の十数年からの間を

その子とともに暮らし、思い出をたくさんつくり

かけがえのない時間を過ごしてきているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ暑いけど、

秋のうろこ雲が見えます。

 

 

あかとんぼも飛んでいます。

 

 

 

二月にその子が亡くなってから

あっという間に半年が経ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然界のグラデーション!

 

 

なんて美しいんでしょうか。

 

 

 

 

 

濃い緑色から黄緑、黄色、オレンジ赤へと

 

熟れていくにつれて少しずつ色が変化しているのを

まるでサンプルのようにすべて同時に見れるなんて・・・

 

 

青空に映えて実に美味しそうです。

 

 

ひび割れているのはどうかお気になさらずw

これは野鳥さんへのご褒美なのでむしろ割れてる方が都合がいいんです。

 

 

 

 

 

 

先日、暦の上では「立秋」でしたよね。

 

 

自然界が凄いなあと思うのは、

我々の目の感覚、皮膚感覚とは違い

確実に季節が進んでいくことです。

 

というか、

昔の人が凄かったというべきかな?

 

月や星、太陽などを軸にして

季節というものの変化を「この日」と決めて

暦を設定していたのだから、本当にすごいと思います。

 

 

 

今まだ皆さんお盆休みで夏を満喫中かと思いますし

全然まだ暑いじゃん!そして夏休みもまだあるじゃん!

という感じだと思いますが

 

自然界ではすっかり秋なんです。

 

 

うちに遊びに来る野鳥さんたちと

我がことり王子、

立秋の日を境に行動ががらっと変わるんです、毎年。

 

すごいよね。

 

カレンダーもないのに、

スマホも持ってないのにw

その日を境に

今までやっていたことをやらなくなり、

やっていなかったことをやるようになり、

 

おや、と思うと羽が1枚落ちていて

立秋からちゃんと換毛が始まるんです!!

 

 

ことり王子の場合は、

立春からはじまった活発な活動期(発情期)が

その日を境にさーーーっと引いてしまい、

急におとなしい男になりますw

 

 

 

今まで入りたがってしょうがなかった

巣(と自分で設定してる場所)には二度と近寄らなくなり

ちょっとした物音や風、明るさの変化に敏感になって

とても怖がりに戻ります。

今までのあの強気はどこへ?という感じ。

 

ハウスから飛び出してぶんぶん飛んでいたのに

急に旋回もしなくなります。

 

ちょっとでも気に食わなかったら怒って噛みついていたのに

おかあさんおかあさんと急に甘えん坊になって

この日を境にワタシにべたべたしてきます。

 

それも、春から夏にかけてくっつきたがっていた

ワタシの髪の毛の中とかシャツの中には入りたがらなくなり

掌の中にすっぽり入ったり足にぴとっとくっついて離れなかったり

とにかく居場所から行動の癖まですべてが変化します。

 

しかし換毛が同時にスタートするので

身体がかゆくてかゆくて、イライラしてるのが可哀想。

 

ご飯の好みもがらりと変わって、

あんまりお野菜を食べてくれなくなります。

これが困る。

ビタミン不足になってはいかんので必死であげることに。

 

起きる時間も寝る時間も変わります。

 

うちは特に、野生に近いようにと気を付けているので

日の入りとともに寝かすようにしているんで

どんどんその時間が早まっていくので

嫌がおうにも秋が来たことを感じるようになります。

 

 

今まで部屋の中の方まで入っていた日差しが

あっという間に午前中で当たらなくなってしまうので

早朝のタイミングがことりたちにはとても大切な日光浴の時間。

 

お水浴びも換毛がすむまではあまりやりたがらなくなります。

本当に不思議ですが、

何かを感じ取るんでしょうね・・・

 

 

 

 

皆さんもちょっと空を見上げてみてください

 

 

夏・・?

 

いや、もう雲はすっかり秋の雲で、

下の方に入道も残ってるには残ってますが、

空が高いことに気づくと思います。

 

 

 

秋なんですよ、もう。

 

 

野生の世界ではすっかり秋。

 

自然界はみんな秋に向けて色々な支度をしはじめています。

 

 

 

 

 

あ、

 

まだ15日だからってのんびりしてると

夏休みの宿題があとで大変なことになりますよ!!笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

 

 

 

 

 



空が大好きです。

飛ぶのも

高いところも大好きです。

 

 

 

 

空は、空気は、

見ていても全く飽きません。

 

空を飛べる生き物がうらやましくて仕方ありません。

 

 

 

よく思うのは

皆さん、ホントに海がお好きですよね。

 

海のそばに住みたいとか海を見に行きたいとか

今まさに季節はマリンスポーツ、

夏と言えばもう海、海ですよね。

 

沖縄、ハワイ、アジアのリゾートの島々

皆さん大好きですよね。

 

昔よく妹が「いつか沖縄に移住したい」

「できることなら南の島に住みたい」

とか言ってましたが・・

 

ワタシには理解不能。

 

 

正直、水のある場所に全く興味がありません。


興味がないというより怖いです。

海も川も、水のある所は怖いし近寄りません。

 

湖も、ダムも貯水池も、水辺でキャンプしたりするのも

全て苦手です。

 

テレビなどで見る分には全然問題ありませんが

生で、目の前で海や川を見ていると

見ているだけでも恐怖心の方が勝ちます。

 

水辺よりは草花などがあるので山の方がいいですが

山も決して好きとは言えません。

 

 

やっぱり空です、空。

 

ワタシがいつか帰るところは空しかないと思ってます。

 

 

都会生まれの都会育ちなので

ビルや街も問題ありませんが、水のそばだけは

この先もめったなことではいかないと思います。

 

 

 

 

 

さて

 

 

こんな時代です、

天変地異もあればおかしなウイルスがやってきたり

事件事故、物騒なことは毎日身近で起きています。

 

それぞれの人の寿命だっていつ尽きるかわかりません。

 


自分もいつ急に空に帰るかわからないので
書いておこうと思ったことを書いておこうかと思います。

 


備忘録みたいなものです。

くだらない三文小説だと思ってください。

 

 


ひとんちの与太話なんかどうでもいいわ。って方や
長文が苦手な方はスルーしてくださいね。

すっげー長いですからw

 

 

 











確か7~8年前か・・10年か
だいぶ前の話しになりますが・・

ある時思い切って妹に、

「今までずっと聞いてみたかったけど
なんとなく聞けなかったこと」

を聞いてみようと思い立って

シンプルに「ある質問」を投げかけてみました。




思えば自分、
ずっと妹の事は誰よりも大切にして可愛がっていました。

子供の頃はいつも一緒でしたし
何でも楽しませてあげて何でも面倒を見て
とにかく妹が何よりも優先でした。


以前書きましたように毒母が毒父を欺いて
あちこち身勝手に男のところへ通ってて不在が多くて

その間、命令を受けて面倒をみていたというのもあるし

 

毒父がパワハラ野郎で家庭中がいつもピリピリとして
奴のご機嫌をうかがうのが常だったので
二人で隠れていつも別の部屋にいたからというのもあります。


「あんたは年上なんだから妹に全部あげなさい」
と言われ、はい、わかりました自分はいいです、と

全て譲っていました。

この「譲っていたエピソード」をかいてたら
ページが足りなくなるくらい。


でもそれは決して苦痛だけというわけではなく
責任感や命令だからというわけだけでもなく


そうすれば妹が喜んでくれると

純粋に人としてそう思ったからに他なりません。


子供ながらに
やっぱり自分はおねえちゃんだからちゃんとしなくちゃ、
という気持ちもあったと思います。


そりゃあ自分も子供でしたから
きっと欲しいもの、やりたいこと、見たいもの、食べたいもの、
色々あったと思うんですが

 

とにかく何でも我慢しました。

ワタシがわがままを言うことは
ほぼありませんでした。


いやいや、僕も兄ですが
自分も下の子に譲ってましたよ、みんなそうですよ?
とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが

もちろんそれは至極普通の事でもあり、
どこのご家庭でもあることだと思います。

うちがちょっとだけ違うとすれば

まず譲ったからと言って誰からも褒められない、評価されない、

しかも本人からも親からも感謝もされなかった、

 

というところじゃないでしょうか。



そしてこれが一番の苦痛でありみなさんとの違い。

もしその命令に背いて面倒をみなかったり

可愛がらなければ罰が下る、というところ。

毒母から陰湿ないじめを受けていたというところです。



普通のお宅であればここは年上だから我慢しようね、
下の子に譲ろうね、でもその代わりお兄(姉)ちゃんだから、
こっちは先にやっていいよ、優遇するよ

っていうパワーバランスがあると思うのですが


この家では
ワタシが優先になることは一切ありません。

つまり年上であるデメリットだらけで
メリットはゼロだったのです。


 

どういうわけか毒母は妹が生まれてから突然、
専業主婦に目覚め、子育てに目覚め、
ほったらかしだったワタシの時とうってかわって
急に「良い母親」をやりだしました。
(だからって男に会いに行くのはやめてませんw)

よって、妹だけが優遇され、可愛がられ、
ワタシは見えないところで母親に意地悪され虐められ、

罰を与えられ、便利に使われていた、というところが
みなさんのお宅とは決定的に違います。

平たく言えば、差別で、精神の虐待です。


具体的なエピソードを全部書いていたらこれまた

ページがなくなりますが。

 

 


「お前は妹を可愛がらなければこういう罰を与えてやる」

という風にしてずっと恐怖政治をやられていて
ちょっとした意地悪というか、

くだらない罰をいつも受けていました。

ちなみにそれは大人になってからもそうです。


子供時代が過ぎてからも
形態は変われど、やはり罰を与えられ続けました。

命令に従わなければ無視されたり嫌な顔されて
当たり散らされたり辛く当たられ

困りごとが起きても適当に処理されました。

 

妹にはやってあげてることをあんたにはやらないからと

あからさまに言われたことも何度もあります。

(例えば妹とその子供には人生の節目でこれでもかと大きなお金を使いますが

ワタシにはびた一文あげない、というような)



もちろんいじめ、意地悪は妹の知らないところで、です。


ワタシはなんだかわからないけど先に生まれてしまったから
全部自分が我慢しなきゃいけないんだと信じていたし、

ワタシが犠牲になるのが通常運転なんだ
と思わされ、洗脳され

親という絶対的存在からの恐怖で従っていたんだな、

と今ならわかります。


しかしこの手の人間は特に外面が非常に良いので

外部の人が気づくことはありませんし誰も止めてはくれません。

 

このエピソードも

何章にもわたって書くことができますが

それを細かく書いてたら文字数オーバーになってしまう。

 



そんな風にして扱いが悪くても、

妹だけが可愛がられていても、
それでもワタシは譲っていました

子供ながらに理不尽さを感じながらも
なんでも我慢していました

心の中でいつも思いました、

譲るのは仕方ない、そういうものなんだ、と。


でもワタシも子供なんだけど
ワタシも同じようにあなたの子供なんだけど
なぜいつも不平等なのかな、

なぜワタシの事は嫌うんだろう?と悔しかったですけどね。

 




そんな風に差別されていながらも

妹を憎むことはありませんでした。

 

おねえちゃんだから、妹をかわいがろう。

 

それだけです。



毒母が悪いのが一番ですが、

そこでぬるま湯に漬かりそういうもんだと思い込んだ妹は

わがままモンスターになりました、
とにかく欲望が満たされなければ満足しませんでした。

要求が通らないとふてくされ、
機嫌を悪くしてその場の空気を悪くするので
結局大人が折れてわがままが通る

するとまた次も、また次も・・・

その繰り返しでした。



それでもワタシはちゃんと妹を可愛がっていました。

 

 



少し大人になってからも
楽しい事はなんでもシェアしたし
面白いものをたくさん見つけてきて
新しいもの、事をどんどん教えて体験させて
他の人が思いつかないような事を常に探して

彼女が笑顔でいられるように
困ったことが起こらないように

色々とケアしたりフォローしたり
時にアドバイスしたりアイデアを提供したり

深夜まで愚痴や相談事を聞いて返答したり
困りごとがあればなんとか解決できる糸口を探したり
心配事があると言っては
やみくもに恐れている彼女を必死でなだめたり

多分心の支えにもなっていたはずです。
(別になってませんが?と言われたらそれで終わりです)



美味しいもの色々食べさせたり
あちらこちらへ西へ東へと連れて行き
ショッピング、映画、水族館動物園的なことはもちろんのこと
友だちを交えて一緒に遊んだり
ワタシだけが免許を持っていたので
車にはホントによく乗せて海山にも行きましたし
深夜にドライブしたり
テーマパークなんて誰よりも早くつれていきました。


未知のことを教えてあげたかったし
共有したかったし
一緒に感動を味わいたくて
スポーツ観戦とか芸術的な事、ショーや舞台なども
積極的に連れていきました。

沢山のジャンルの音楽を紹介して
コンサートなどに連れて行ったのも全部ワタシです。


これは自信を持って言えるけど
彼女が様々なジャンルの音楽を知ってるとしたら
ほとんどがワタシ経由で知りえたものたちです。

音楽やエンタメの世界の事に関しては絶対的に自信があります。

 

ワタシがいなかったらここまで彼女の世界は広がっていない。


なにせ何も教えてくれない
何かを導いてくれることもない放置親だったので
溺愛してる割にはそういうところには無頓着で

普通のお母さんお父さんがやってくれるような「子供のために」と
どこかへ連れて行ってくれることがほぼ皆無だったので
出かけると言えば自分たちの趣味に付き合わすだけで
子供のために子供が喜ぶ場所には連れていってくれませんでしたから、

(とはいえ、妹が生まれてからは妹の為には多少連れていってましたね。
ワタシが一人っ子の時は皆無です、皆無。
ワタシ単独ではどこも連れて行ってもらったことがない。)

 


世界はこんなに楽しいよ、と教えてあげたくて
興味深い事はなんでも経験して欲しくて
何より共感して欲しくて
ほんとーに自分でも感心するくらい
色々体験させてあげたと自負しています。


ワタシが果たした役割はかなりのものだと

自負していいよね?と自問自答して

親によって低下させられた自己肯定感の低い中でも

これだけは堂々と言えるんです。

 

 



妹の結婚後、
子育て中も色々協力してたつもりです。
ワタシなりに。
とるに足りなかったかもしれません、が
ちゃんと手伝っていました。

 

子供が熱を出しただとか

体調が悪化したりした時には深夜まで相談に乗ったり

ワタシも手探りではありましたが頑張りました。

 

 

彼女が家を買う時も

知識やアイデアを総動員して色々教えてあげて手伝いました。

困りごとがあればとにかく一緒に考えましたし

人間関係で問題が起きれば相談に乗りました。

 

 


人生を一歩先に行く身としては
良いと思うことは勧めましたし
彼女が道を踏み外したと思えば諭したり
もちろん苦言を呈することもありました、

過ちは過ち、間違いは間違い、
人としてその行動はどうなの、よくないでしょ、ということは
指摘していましたから溺愛というのとは全然違います。
ワタシはちやほやするだけが愛情ではないと思ってますから。

毒母のようになんでも王様と召使のようにかしづいて

わがままを聞くのが本当の愛ではなく
ダメなものはダメと常識の範囲で、ですが、教えることが
本当の意味での「その人を思う」ことだと思ってます。


親代わりというのは大げさですが
彼らがやってくれないことをワタシがやっていたようなもので
生きていく上での一番の理解者で味方だったつもりでいました。

彼女がもしこれが私の趣味です
といえるものがいくつかあるのだとすれば
そのほとんどはワタシ経由だったりワタシから派生したものです。

間違いなく影響を与えたのは自分だと自負できるくらい
彼女的には「これはあたしが見つけた」
みたいに思ってる事柄ですら
そもそものルーツを辿れば発端はワタシだったりするのですから。


自分が単独で出かけたときは

妹にだけめちゃめちゃたくさんのお土産を持ち帰りました。


友達がそれを見ていて
「こんなに妹のことを可愛がってる人をみたことがない」
「私があなたの妹になりたいよ」

と感心してくれたりもしました。



ずっと彼女のために全力を尽くしていたというか
守らなくてはいけない存在として
そんな風に自分の事はさておき頑張っていたわけです。



だから何でも話せる仲だと思っていましたし
頼ってくれてるとも勝手に思っていましたし

 

いくら見聞きしていないところで毒母からいじめをうけていても

一緒にいるからなんとなくわかりますよね?

だから母親のいじめも理解してるとワタシは思ってましたが・・

(後で考えてみれば、ほとんど理解してくれていませんでしたが。)



なによりワタシとは信頼関係があって
色々と共有して分かち合ってる存在だと思っていました。


いつか彼女の子供が大きくなって離れたら
姉妹で細々とお店でもやれたらいいよな~なんて
ぼんやりと夢のようなことを考えてみたり

更年期なんかがきたら体調を気遣って
いたわりあえるかなーと思っていましたし

もっと年をとったらお互いに健康に気を付けて
病気の時は助け合って足りない部分を補い合って生きていけば
きっと楽しく暮らしていけるだろう

たった一人しかいない兄弟なのだから協力しあっていけるだろう、

 

そう思っていました。

 

旅行に行ったりグルメに凝ったり、

普通にその辺の姉妹の皆さんがやってるように

楽しいことを一緒にやっていけるだろう、

そんな風に

普通の兄弟が普通に思うように・・・ワタシも思っていました。



・・・しかしこの冒頭の話です、

ある時、ずっと聞いてみたかったことを聞いたんです。



「私たちって、親友みたいなもんだよね!?」

って。


ただの仲良しではなくて
あんな親たちだからこそ
他の人との通じ合いとは違ったなにかがあるはず、
きっと彼女はワタシの辛さも理解してくれてるはずで
絆が強いはず・・・

と勝手に思っていたからですが

だから聞いて確かめてみたかったんです、


ワタシら、親友みたいなものだよね、
そういう存在だよね?

信頼しあってるよね?

ってことを。





そしたらなんて答えが返ってきたと思います??

 



一瞬、眉間にしわを寄せ、

怪訝そうな表情になり、



「は?なにいってんの?・・・それは違うでしょう。」


と、ばっさり。






あの時の彼女の表情は

そしてこの言葉は一生忘れないと思います。



「そうか、そうだよね、勝手に親友とか言ってごめんね。」

そう返すのがやっとでした。





その時に気づいたのです。


雲がさーっと風に吹き飛ばされて
青空が見えたかのように

説得されてカルトから抜け出した人のように

詐欺に騙されていたことに気づいたみたいに


今まであまりに目の前過ぎて見えてなかったことが
その一言ではっきりしたんです。

あ、そうか
そうだったんだ

大切だと思っていたのはワタシの方向からだけだったんだ、

向こうはワタシを大切には思ってなかったんだ。
彼女にとって自分はたいして重要な存在ではなかったんだ、

そういう意味で価値はなかったんだ、
彼女はワタシに対しての愛情がないんだな、と。



仲良しでも親友でもなく、

ワタシはただの都合の良い召使い。

都合よく使える利用価値のある奴として登録されてた。
 




ちょっとちょっと待って、

それ一言だけですべてにしてしまうのは
あまりにも端的じゃない?
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが

そうじゃないんです。
これはあくまでもきっかけなんですね。

この一言でぱっと霧が晴れて
今まで近すぎてわからなかったことを
少し引いた場所から俯瞰してみたら
気づいてなかったことに気づくことができた


というそのきっかけなんです。


そういえば常日頃から

おや?と思うことがあっても
なんとなく目をつぶってみないようにしていた自分が
そこにいました。

酷いことを言われても
失礼なことをされたり失礼な扱いをうけても
気づいていないふりをしていた。

見下した態度をとられていたこと、
馬鹿にした発言を聞いていたこと、

失礼な言葉遣いをされたり上からだったり

あたしたちは同等、対等、といつも言われていたこと、

 

振り返ってみれば思い当たる節がたくさんあったのに

見て見ぬふりをしていたんです。

 

 


以前書いた
年齢を馬鹿にすることもそうですが

年上という自覚のない態度は当たり前、

子供の頃はあんた、あんたと呼ばれていましたし


あんたにつきあってやってるんだ、
的なことを言われたことも何度もあります。


「あなたが良いっていうからやってみたけど」
みたいなことを言われたり

あんたのためにこれやったんだからね、

高かったんだからこれ!みたいなのもよく言われたし


「やれっていうからやった」「見ろっていうから見た」とか
これは本当に良く言われてました。

なんか
まるでワタシが無理やりつきあわせたような。

彼女にヒットしなかった時や面白くないケースがあると

必ずこうした捨て台詞を食らっていました。

 

世話好きなお人好しなバカ(←ワタシ)が

勝手に面白いんじゃないかと持ち込んでくる企画を

これは好みである、これは嫌い、

と選別してちぎって投げ、

次は何を持ち込むのだ?よきにはからえ、

っていう状態だったのです。

 


 

 

いつだったか
ワタシの段取りや情報のおかげで彼女がとんでもなく
おいしい思いをできたことがありました。

その時何も感謝もされずお礼の言葉もなく
当たり前のように通り過ぎてしまったので
ちょっといくらなんでも、と思い

あえておどけて冗談半分に言ってみました、

「これだけ美味しい思いできて今日はホントによかったでしょ?
これからワタシの家がある方向に足向けて寝れないぞ~!」

と。

そしたらまたしても怪訝そうな顔でこちらを見て
え、ああ、まあ・・・

 

と、これじゃなんだか無理やり言わせた、みたいな感じになってしまい
これまた何ともいえない感じになりました。

 

 

 

ワタシがもしその立場だったら心から感謝してると思います。

 

恩がある人に対してそんな対応はできないです。

 

恩があると思っていたら絶対に言えないこと、

絶対にできない扱い・・

 

自分なら目上の人に対して発言を控えたり飲み込んだりしますが
自分が一歩引くなんてことは彼女の辞書にはありません。


その時にはえ??と一瞬思うんだけど


全て目をつぶってしまっていたのは
心の中でわかっていても口には出さなかったのは

認めると自分の価値がなくなってしまうから。

 

こういう関係性が知らず知らずに築かれていても

「仕方ない、相手は年下だから」

 

とお姉さんを演じていた自分が悪いのです。



あまりに日常的になりすぎていて
仕方ないさ、とスルーしていた自分。

気づかないようにしていた自分。

疑問をぶつけずに来てしまった自分が悪いのです。

 

 



 

「うんそうだね!親友みたいなものだと思うよ、

絆や信頼関係があるよね、
いつも色々ありがとう、感謝してるよ!」


「おねえちゃんのことは尊重してるし
ずっと仲良くしていきたいな!!」

・・・なーんて回答が

返ってくるわけなかったんですよ。


全てワタシの妄想でしかなかったんです。


ワタシの深層心理では
既に昔からわかっていたと思います。

はっきりと気づいていたはずです。

その度に心ではもやもやとしていたけど
波風を立てないようにと

自分が飲み込めばすべてうまくいくんだと

折れる側に徹していた自分。


この回答を目の前ではっきり言われたことで
自分の馬鹿さ加減に気づくことができましたが・・・

しかし遅すぎました。

残念でしたがでも今更どうにもなりません。





やはりなにはともあれ一番大きかったのは
感謝されたことがないということです、

感謝されたことがないのです。

感謝がないなんてびっくりするでしょ?

ありえないとみなさん思うでしょ?

 

ないんです、感謝が、

ひとっつも。

 


さっき書いたように

ほんとーーに沢山の事で役立ってきたはずですが

 

まるで感謝されませんでした。

 

 

 



ありがとう・・ってのはもちろんありました。

物をもらいました、はいありがとう、
何かをしてもらいました、はいありがとう、


っていうのはありましたよ。

でもそれってマナーなんですよ。

マナー。


誰でも口にする合言葉のようなものです。



物や金をもらった、何かしてもらったとかそういう時に
はい、ありがとう、と自動的に口に出すだけのこと

ただのマナーです。

 

どうもどうも、っていう事です。

 

感謝ではない。


誰にでもできることです。

 

 

屁理屈だと思いますか?

ワタシが言わんとすること、わかってもらえるでしょうか。

 

 



心から何かをしみじみと感謝してもらったこと、

思いを込めて感謝してもらったことはありません。

 

感謝ってのはじわじわと

言葉ではなくハートで伝わってくるものなんじゃないでしょうか。

 

つまりその人の日頃の行い、

自分に対する態度、発言、そういうものを

冷静に見聞きしているとわかってきますよね。

 

伝わってきますよね。

 

 

それが彼女にはなかった。

 

なかったというのが勝手なお前の見解だよと言われるなら

 

ワタシには何も伝わらなかった、

と書けば間違いないと思います。

 

伝わってくるものがありませんでした。

 

 

 

それだけでワタシには十分な理由です。

 

 

 

考えてみればそれは至極当然でした。

 

人の好意に乗っかっている人、

あんたは私のために役立って当然、

と思ってる人が、他者に感謝するわけないですよ。

 

 

常に毒母からちやほやされ、

溺愛されて手を伸ばせばなんでも手に入る王様が

 

国民に感謝するはずがないでしょう?

 

 

 

きっと感謝してくれてるだろうという

 

全てはワタシの勝手な希望的観測、

つまり、思い込みだったわけです。

 

 

 



もうひとつは
悪いことしても本当の意味で謝ってくれたことがない

というところ。



嘘をつき、裏切る、


何が怖いって、そういうのを何とも思ってない、

嘘や誤魔化しに罪悪感がないんです。


信頼を破壊することに対しての罪の意識がないのです。

 

これはもう、毒母譲りといって間違いない。

その場を切り抜けられれば、なんでもいいのです、

 

自分が良く見られるようにとりつくろえば

誰からも悪く思われていないと思い込んでいる節があります。

 

何か言い訳をしたら

人はそれを信じてくれて自分の立場は保ててる

 

とあの二人は思っています。

 

 

10人いたら4人くらいはそうかもしれませんが

人生そんなに甘くないですよね、

残りの人は「ええ?この人なにいってんだ。」

と気づいてしまってるはずです。

 

見抜いてしまう人は必ずいる。

 

 

しかし彼女ら二人はそこに気づいていません。

 

 

 

 

 

 

ワタシは正反対の性格です。

 

一定の正義を持っていて

嘘やインチキ、誤魔化しは大嫌い。

 

言い逃れするくらいなら頭を下げて謝ります。

 

罪を償います。

 

人が見ていなくても己に恥ずかしいと思うことはしません。

 

無宗教ですが、信心深いと言っても間違いではなく、

見えないものに常に感謝し、その存在を感じながら

恥じないように生きようと思っています。

 

何より誰かと協調したり共有したり

一緒に同じ方向を見て分かち合う

もちろん良い意味で、ですが

 

そういうことがとても好きです。

 

 

 

彼らは違う。

 

分かち合うということをしません。

 

共感、共有、協調、

そういうものを拒絶するタイプの人格です。

 

 

 

 

信頼ってなんでしょう?

 

言葉にしなくても相手を信じられるって

どれほど尊いことかわかるでしょうか。

 

確認しなくても信じあえているとしたら

どれだけ素晴らしいことか、

 

彼らにはわかりません。

 

 

 


一度ヒビが入ったガラスはどんなに接着剤でくっつけても跡が残ります。

しかしそんなことに彼らは気づいてはいません。

 



あたしが好きなように好きなことをして何が悪い?

え?このふるまいの何が悪いの?
というのが基本。

隠れてこそこそやるのも当たり前、
見つからないよう自分の欲望を叶えるのは当然。

その場をうまく潜り抜ければ彼女らにとって
それが「達成されたこと」なので

他者がどう思うかなんて関係がないのです。

誰かに対して自分の行動が恥ずかしいと思う心とか
この人との信頼を裏切ってはいけない、
というような真摯な気持が根本的にないんですね。

どうであれ欲望が叶えられればそれでいいのです。


なのでそこにあるワタシの存在は時に欲望を妨害してくる存在、
彼女らにとって苦言を呈してくる人は悪なんですよ。

なんでもいう事を聞いてちやほやして
王様のように扱ってくれる人が最高の人物。

ワタシがご機嫌をとって
なーんでも気に入るように動いてくれてる時はいいけど
これはちょっと良くないのでは?
なんて一言でもいおうものならさーっと逃げてしまうのはそのせいです。




それからもうひとつ。



これらの事をもし問いただしたらこういうと思います。

「そういう意味で言ったんじゃない」

 

あなたは誤解してる、みたいなことを。
 

これも過去に何100万回も言われてきたことなんです。

 

 

そういう意味じゃないのなら、
だけどじゃあどういう意味なんだろうって話で
結局すべては言い訳だ、ってことに彼女は気づいていません。

自分がどれほど自己弁護に走るタイプなのかわかっていません。

どうやって言い訳しようかと
そればかり考えていることに気づいていないんです。


過去に何度も、
あなたたちは皆、自分の姿が見えていない
(あなたたち=毒母も毒父も妹も)

という意味の事を言って訴えかけてみましたが
誰もまともに受け止めませんでしたね。

 

そりゃそうだ。

毒両親はまず謝る、ということができませんし
感謝、もできません。

誰かにありがとうと言えないんです。
ごめんなさいも言えません。

自己弁護に終始しておわり。そんな人たちに育てられたのだから
そんな部分も彼女はものすごく似て当然です。
 





ワタシ、とても嫌いな定型文、言葉があるんですが、

「そんなつもりじゃなかった」

 

 

っていう。

 



これ、ホントに妹がそして毒両親がよく言う言葉です。



ああ、悪いことしちゃった、ごめんなさい
ということはうちの家族にはゼロです、一度もありません。

必ず言うんです
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけど~」と。

これって自分は悪くないんだけどとしれっと言ってるだけで
全然謝ってない。

自己弁護を必死でやってるのに彼らはこれぞ正当だと思っています。




忘れもしない去年でしたよね、
どっかのおじさまが金メダルかじりましたよね。笑

あの時

 

「迷惑をかけたのなら、あやまります」

みたいな文章を見て、
あ!妹そっくり!って即座に思いましたw

~~だったのならって条件つけてる時点で
全然謝ってないんですよ。


本人は悪いことを認めてないんですね、そもそも。

謝りたくなんかないけど周りがそういうから

一応謝罪してるようにしておこう、っていうポーズの言葉。



妹に何か指摘すると必ずこういわれます、

「気に障ったのなら謝るけど」

「でもおねえさんは誤解してる」

「そんなつもりじゃなくて」


・・・謝ってないんです
心から申し訳ないと思ってないんです。


誤解というのは、
「相手が悪いんです、誤解したんだから」
という意味が込められてます。

つまり悪いのは相手であり、自分じゃないという主張です。

本当に謝罪する意思のある人は言い訳などしません、
ひとこと、心から申し訳ないというだけです。

 

色々なニュースを目にして

皆さんこういう例をよく見かけませんか。

 

この人言い逃れてるだけで全然謝ってないし

そもそも罪を認めてねえな、って思うケース。

政治家や芸能人でよくありますよね。

 

ああいう人たちと似ています。

 

 

 

 

 

そして二言目に妹の場合いつも

「私は弁が立たないから

あなたみたいに理論的に言えない」

「口下手だからうまく説明できない」

って感じの事をホントに良くいうんですが

これも実に不愉快な言い訳です。

 


心から感謝したり謝罪していたら
言葉が下手だったり足りなくてもちゃーんと伝わるもんです。



うまく言う必要なんてないです、伝わればいいんですから。

というか、
心からそう思っていたら必ず相手に伝わります。


心からじゃないから伝わらないし嘘がばれるし
なんとか自分が悪くない事を証明しようと必死過ぎて
メッキがはがれるんです。
 

それは弁が立たないからじゃない。

 

元々謝るつもりも感謝するつもりもないからそうなるんです。

 

 


シンプルにシンプルに
本当に心からありがたいなあ、嬉しいなあ、
いつも本当にありがとうという気持ちがあれば

どれだけ言葉が足りなかろうが、必ずや相手に伝わります。

 

逆に言えば、

もし感謝していたり心から申し訳ないと思っていたら

「今のその発言、そんな言葉は死んでもでてこないよね?」

っていうことが今思えばホントによくありました。


 




実は

 

 

妹とはもう5年近く連絡をとってません。

もちろん会ってもいません。

 

最初の頃からブログを見てくださってた方は

(それからリア友のみなさんは)

妹とどこそこへ行ったみたいなブログが

いつからかなくなった、と気づく方もいらしたかもしれませんが

 

 

ある時、本当にこれはひどいな、と思う出来事があり

ワタシはさすがに閉口しました。

 

 

ワタシならこんなことを

この人に対しては絶対できないしやらないな、という、

今までの信頼関係を覆すような出来事です。

 

この時ばかりは温厚なワタシでもこりゃひどいなと思いました。

 

 

それについてそれはあまりにもひどいよと伝えてみましたが

残念ながら彼女にはなにも響きませんでした。

 

響かないどころか

今書いたように自己弁護の嵐で、都合悪くなったら

押し通したり逃げたりして話になりません。

 

そしてそれがひとつやふたつなら我慢もしたかもしれませんが

その流れで、

 

これが世話になった人に対する対応なのか?と

(←本人が世話になったと思ってなければ意味なし)

思うような出来事や対応がその後もいくつも重なり

さすがにもう・・・無駄だと気づきました。

 

一生懸命やってる自分がバカバカしくなりました。

 

 


それが良いとか悪いとか

ワタシは裁判官じゃないから判決は出せませんが

 

ただ、

ワタシとは違うな、と気づいたわけです。

 

 

 

 


そして冒頭の質問の時の答えと相まって、


そもそもワタシって結局、

「都合よくうまく使える利用価値のある世話好き」

な人だっただけなんだな、と確信しました。

 

 

別に彼女は悪人ではありませんし、自分が知らない世界では

他者とうまくやっていると思います。

 

悪い思い出ばかりではもちろんありません、しかし

小さな子供のころは純粋だったのかもしれませんが

大きくなるにつれ彼女が独自の人格を形成していってしまい

ワタシの思う正義と彼女の正義はずれていたのです。

 




もう、今となっては

ワタシを大切にも思っていないし愛情もないんだな
これだけ一生懸命色々やってあげてても
なんとも思ってない・・・

恩を感じるということがない。

 

信頼関係を裏切ったらいけないな、なんて思う事もない。

 

そもそも信頼関係を結ぶということがどういうことか

そこからわかってないかもしれませんが。

 

 

自分の欲望、思うがままに進むことが彼女の理念なんだな。


だからあの時こんな発言をしてたんだな
だからあの時これを嫌がってたんだ、
だからあの時せっかくやったことを邪険にしてたんだな、

などなど、つじつまが合い、
思いたる節がじゃんじゃんとあふれ出てきました。

 


彼女にとってワタシというのは面白い話題や知識や
流行の場所や食べ物などを教えてくれる人であり

黙っててもあちこち連れて行ってくれたり
ご飯を食べさせてくれたり何か買ってくれたり
(ワタシが働き始めたときまだ彼女は学生だったので
なにもかもワタシが出していました)

勝手に面倒をみてくれる人

便利な人

困ったときに聞けばなにかしら回答をくれる人

アイデアがない時に知恵を出してくれる人

であり


欲しいものはとっくに決まってるけど
誰かのひと押しがないとなーって思ってる時

どう、こっちがいいと思う?と問いかければ
自分が本心で欲しいと思っている方を見抜いて

「こっちでいいと思うよ」と後押しをしてくれる人で

その便利な人は
あくまでも便利な人としてだけ存在していなければならないんです。



彼女が悪い、ということに対しそれはよくないよ
なんて言ってくるような人物はもういらないのです。

 

ノリ良く、軽く、

なーんでもいいよいいよ!とやってくれるような

そういう便利な人でいてこそ価値があったのです。

 

わかりあおう、

なんてことは彼女には意味のないことでした。

 

 

ワタシだけがそう思っていたのです。

 

 


情報だったりイベントだったり流行の知識だったり
人脈だったり、そういうワタシが運んでくる何か・・・
に、価値があっただけで
ワタシ自身に価値があったわけではなかったんですね。

勝手に世話してくれてる人、

便利な人。

 

 





もし今みなさんがうちの妹に、
「あなたのお姉さんってどんな人?」って聞いたら

どんな答えが返ってくるかワタシにはわかります。

「えーと、英語がペラペラ。」

っていうと思います。笑

もしくは、一人で海外とか行っちゃう人

というでしょう。


でもそれ、
ワタシの「ひととなり」ではなくて「特技」ですよね。

 

後から努力したり勉強して身につけたものだったり

自分を変えようと頑張ってやれるようになったことだったり

ですよね。

 



特技や得意なことはイコール、その人の人柄ではありません。




ワタシが何をよしとして、何を思い
何に喜び、楽しみ、
何に悲しみ、苦しんだり辛さを感じたり
何に感動したり
どんな体験をして生きてきたのか
どんな気持ちを持ったどんな人物なのか

そんなこと
彼女はひとつもわかりたいとも思っていないだろうし
そもそもそこに興味もないのです。

さっきも書いたように大事なのはワタシがもたらしてくる企画、
情報、知識、アイデア、
面白いこと、楽しいこと、
そういう自分にプラスになるなにか、だけであって

ワタシという個人にはなんの興味も愛情もない。



元来この毒両親が
人を褒めるってことが皆無なひとたちですから、
(褒めるどころかディスるのが常ですw)
そこで溺愛されて育った妹が人を褒めるはずもなく

「え、私褒めてたわよ!」っていうかもしれないけれど

彼女のは誉めてる・・のではなく

「おだてる」です。


よくおだてられました、おせじ、ってやつですね。

人を動かしたいとき、よくお世辞をいいました。

ねえねえ、これ得意でしょ、
さすがおねえさん!やってみて!

ってな感じです。


それは褒めているのではなく、お世辞です。

おだて、です。


そんなの、見抜きます。

見抜きますよ。

 

 

 

本当にワタシが頑張っていた事柄などには

ほぼ関心を示してくれてはいませんから。

 

 

 




よその兄弟を観察させていただいていると
「うちのお兄ちゃんってね、〇〇がすごいんだよ!」
ってその人のいないところで兄弟を褒めてるなと気づきます。


うちは正反対。

 

人がいてもいなくてもワタシは透明人間、

ワタシに関する話はでてこないのです。


ワタシが教えた知識とか、アイデアを
まるで自分が思いついたように他者に言っていたこともあったようです。

見えないところで

うちのお姉ちゃんがこれ、教えてくれたんだよ、
すごいでしょ、って言ってくれてるのでは?

と勝手に思ってましたが全然違いました。

 

出所がワタシなのに、

自分が発見した事として話していて、手柄をもっていかれてました。

 

それ、一度だけ指摘してみたんですが

これまた、え、だから何?って感じでしたが。
 




しかも前に書いた通り、まさかの

 

あたしはあなたより若い!的な表現を
一生この先も言われ続けるのかと思ったら
なんかもう、なんだろう、兄弟って意味ありますかね?



先に生まれたり後に生まれたりって何が悪いんでしょう?


特別問題あるんでしょうか。

それが自然の摂理であり生きとし生けるものの姿でしょ。

 

 

目の前にいる人より自分が若いとか年寄りだとか
そんな次元のことあほらしくて言いたくないです。

宇宙からみたらゴミです、ゴミ。


どんな人でも細胞が年を取っていって
誰もが死ぬんです、平等に。

どんな金持ちでも有名人でも

死ぬんです、

 

生まれるところと死ぬところだけは平等ですから。

 


そこで自分は何年何か月先に生まれてるとか

早生まれだから同級生より若いとか


そんなんどーでもよくないっすか。

 

誰かにとっての年上は、

他の誰かからは年下です。

 

ワタシより若いと自慢してみても

あんたより若いヒトから見たらあんたが年寄りなんだわw

 

 

 

次元が低すぎて、なんていったらいいのか・・・なんとも。


残念ながらこの「若さ至上主義」も毒母譲り。




もう今後ずっと

姉妹の年齢が入れ替わることは宇宙の摂理でありえません。


一生彼女より年上という事実は変わらないですよね。

 

それを尊重するどころか、

(すでに尊重と尊敬の意味もはき違えてるようですが)

 

この先ずっと、
50代になったら「私はまだ40代だから!」って言われ
60代になったら「私はまだ50代だから!」って言われ
70代になったら「私はまだ60代だから!」って言われ

そういうマインドを根底に持ってる人と
どうやって対応したらいいのかワタシにはわかりません、

 

ワタシ自身が重要視している見えない大事なものと完全に違うからです。

 

 


 

 

皮肉なことに

ワタシの周囲にはたまたま

似たような年齢差の姉妹の友達が何人もいます。

 

彼女たちを見てると本当に微笑ましく

羨ましい限りです。

 

 

妹さんってのはどの家でもエキセントリックな自由奔放キャラ、

っていう場合が多くて、とても面白い女性が多いのですが

 

お姉さんの方はやはりしっかりされてる人ばかりで

妹さんのことが心配でよく面倒を見てるのがわかります。

 

とてつもないことをやりだしたり、

非常識な発言をしてお姉さんをひやひやさせてて

外野はつい笑ってしまいますが・・

 

 

だけど共通してることがひとつだけあって、

妹さんたちはどの人もみな、

お姉さんを尊重していて愛情があることがわかります。

 

どんだけ自由奔放にふるまっていても

あまえても、

一定の距離でお姉さんを尊重し

信頼していることが見て取れるんです。

 

お姉さんのことはとても大切にしている。

そしてその存在に感謝している。

いつもそばにいてくれてありがとうという気持ちが

言葉ではなく行動で伝わってきます。

 

 

ここがうちと決定的に違うんだな、といつも思います。

 

使い捨ての便利屋みたいなワタシとは大違い。





ここまで書いておいてフォローするわけではありませんが
全ての時間が無駄だったとも思わないし楽しい時もありました。

 

だけど未来は見えません。

 

ワタシには少なくとも、見えません。

 


みなさんなら

こんなに世話をしても
(向こうからしたらお前が勝手にやったんだ、ですが)
色々教えたり協力しても心を砕いても心配しても

(勝手にお前がやってたと言われたらそれまで)
誕生日におめでとうの一言も言わない人と

(つまり生まれてきてくれてありがとうとも思ってない人)
いつまでも笑顔でつきあっていけますか?


存在に感謝することもなく

いてくれてありがたいとも思われない


愛情や親切、配慮、思いやりにあぐらをかいて感謝しない

恩を感じてくれることもない

この先何をやっても尊重されない

 

何を言ってみても

言われた事柄と真摯に向き合ったりはせず

 

「でもあなただって〇〇じゃない!」

「あなたなんかこれこれこうだった」

 

みたいな感じでとにかく反論しか返ってこないとしたら

この先一体何を話せば??

 

 

でも、だって、という枕詞みたいなものが毎回くっついてくるとしたら、

だとしたら、みなさんは
一生この先もまだ機嫌をとりながらうまくやっていきますか。

 

 

 

 

ワタシはもう疲れ果ててしまいました。

 

 

 




短い人生、そして残り少ない人生ならなおさら、

愛情を持ってくれる人と生きていきたいじゃないですか。

 

信頼しあえる人とつきあっていきたいじゃないですか。

 

 

関心を持つのはワタシがもたらす情報やアイデアのみ。

ワタシ自身が何を考えたり何を頑張っているかなどには興味なし。

 

それって存在がないのと同じです。

 

お前には価値がないと言われているようなものです。

 

 

そんなむなしいのはご免です。

 



別に卑屈になって「ああ、あたしって可哀そうな人!」
みたいに思っているわけではないんです。

ただ自分が残念だったな
色々なことが残念だったなとは思います。


人生でこれほど報われないことはなかったな
と思ったという話です。


報われませんでした。


妹に限らず、
あの家ではなにをやっても結局報われなかったです。


毒母、毒父、妹、三人全員に言えることですが


ワタシを使い倒すだけで

利用するだけで


誰も、
誰一人大事にしてくれる人はいなかったなと。

 

心配もしない、配慮もしない、大切にもしない、
しかも利用してるという自覚もなく
上から目線で当たり前だと思いながら使われていましたから

(それに抵抗できなかった自分にも口惜しいです)

 

それだけでもう今生では十分です。





そして
彼らに変わってほしい、などと思ってはいません。

 

というかこの手の人たちは変わりません。

 

 

この三人は書物も一切読まないし、

人付き合いも最小限しかないので

他者から違う意見を取り入れてくることもなく

自分を客観的に見るチャンスを持っていませんから

 

そしてあるラインを越えるほど親しくならない限りは

意外とうまく周囲とやっていくし

外から見ていたら普通の人に見えるので誰も意見などしません。

 

なので誰かに忠告を受けることもありません。

 

もちろん受けたとしても耳をふさいでしまいますけどね。

 

というか

え、あの人のどこが悪いの?いいヒトじゃない?

と味方になってくれる人が何人か現れると思います。

 

その時こちらは無力です。

 

ある一面を知っていてもその反対側は誰にもわからない。

それを人様に説明し、わからせるのは容易ではありません。

 

 

 


こんな柔軟性のない人たちが

自分を振り返って反省して変わったりするわけがないのです。

 

自分がすべてのスタンダードなんですから。

 

そして妹はその

毒母毒父の悪いところや癖、言い方などを

3Dプリンターで完全にコピーしたように

同じような反応を繰り返します。

 

 

そうか、自分では気づけなかった、良くなかったな、

反省して変わらなきゃいけないんだ、という風に考えて

 

努力して自分を変えていこう!

 

なんてことは絶対に永遠に死んでも起こりません。

 

そういうタイプの人たちです。

 

 

彼らは自分から何か行動を起こすということはありません。

 

もちろん水漏れしたら修理を呼びますが

そういう生活に必要だったり困りごとには動きますが

人間関係に関して彼らが自主的に動くということはありえません。

 

 

「だってしょうがない」

「仕方ないこと」

 

というのも彼らの常套句です。

 

悪い意味で「去る者は追わず」を実践しているので

友だちが去っても兄弟が去っても子供が去っても

彼らから何かをすることはありません。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中ワタシだけが違うタイプの人間でした。

3人が似ていて、ワタシだけが異質。

 

 

外の世界に出てみたら、

ワタシだけが松岡修造さんだった、みたいな感じ。笑

 

こういう熱量がある人はワタシだけでした。

 

 

 

 

 

 

ただただ、

 

次にまた人生があるのなら
あの中に生まれてきたくない。


どこか他の

自分を少しでも大切にしてくれる家族に生まれ出たいなあ

と思います。

お互いに大切にしあえる、信頼関係を持てる家族。

 

協力したり助け合える家族。

 

こうして

お盆や正月に楽しく集まってみんなでワイワイできるような

何でもないことをわかちあえる家族。

 

世界中が自分を非難しても

この人たちだけはかばってくれる、助けてくれる

と思えるような家族。

 

 

 

ワタシだけがいつも嫌な思いをして

嫌なことを押し付けられ

裏で悪口を言われ馬鹿にされ

罵られ頑張っても評価されず

 

それでいていいように利用される

都合の悪いことは隠し平気でうそをつき

黙ってればわからないから、とごまかす

 

 

この家庭のサンドバッグでした、

ワタシ。

 

 

 

 

こんなの家族じゃないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 


話を聞いた友人知人、

皆同じことを聞いてきます。

 

 

そりゃあ腹が立つでしょう?

 

怒り心頭じゃない?

 

自分なら悲しいわ~

 

これだけ色々妹さんにやってあげたり可愛がってきたのに

酷い扱いじゃない?

 

 

・・・と。

 

 

でも実は

ワタシはひとっつも怒ってなどいないんです。

 

 

怒る

という行為は、その人に関心があるからこその行動です。

愛情があるから人を叱るのです。

 

それに怒るにもパワーが必要です。

 

もう今の自分はどんな感情も体力も持ち合わせていません・・・

 

 

 

 

 

これはただ、

そういう人だった、というだけのお話。

 

 

ワタシ1人が違う軸で回っていただけです。

 

 

こういう人たちもいるんです。

 

誰が悪いとか良いとかではなく

ワタシとは違う軸の人たちだった、

同じような気持ちの人ではなかった、

 

 

それだけです。

 

誰かにとっての真実は

別の人から見ればフェイクです。

 

 

 

だから残念だったな、と思うだけです。

 

 

 

 

 

 

こんな、

家族が一堂に集まるような時期に言いたくないですが

 

 

10代の頃、

毎日のように毒母から

 

「ああ、早くあの人(←旦那、ワタシの毒父)死んでくれないかしら。」

 

と言われ続けました。

 

「人には言えないけどホント、早く死んで欲しいわー」

と何度も聞かされました。

 

 

 

 

確かに奴(毒父)は最低なやつですが

 

あんたとそいつから生まれてんだわ、ワタシ。

 

 

 

父親に死ね、死ね、という母親を毎日見てて

 

皆さんなら幸せになれますか?

 

一応家族であるはずの関係性の人が

家族に対して死んでくれと願ってる

 

そんな家にいて幸せをかみしめられますか?

 

 

 

 

それを一ミリも知らずに

自分は愛されてると思ってのほほんと

毒母に甘えたりしてる毒父を見てて

 

「この人、毎日あなたに死んで欲しいって言ってますよ?」

 

ってチクることが果たして当時のワタシにできたでしょうか。

 

 

 

しかも

「なぜ妹にはこの話をしないのか?

死んで欲しいとなぜワタシにだけ言い続けるのか?」

とある時聞いたら、

 

「だって死んで欲しいなんて聞いたら

あの子ショック受けちゃうからダメよ~。」

 

 

ときた。

 

 

 

みなさんきっとここでツッコんでくれますよね?

 

あ、あたしは?って。笑

 

 

 

 

 

何も知らない妹は、

毒母の愛情たっぷりに甘やかされて

わがまま放題に過ごし

 

いつも不満だらけで眉間にしわを寄せ

常に機嫌が良くありませんでした。

 

彼女は果たして幸せだったのか否か

 

ワタシは本人じゃないからわかりません。

 

 

でも彼女は生涯、

ずーーっと実家(もしくは実家から5分の距離)に

住み続けています。

 

実家の毒母の部屋には

彼女が不要になった粗大ごみ的なものが

たーーくさん積み上げてあります。

 

別宅というか、倉庫代わりですね。

 



 

よく毒母は「お父さんがあなた(ワタシ)を追い出したのよね」

と言いますが

そして妹も多分そう思っていますが

 

 

ワタシを居づらくし一人暮らしをしろと促して

札束までよこして外に追い出したのは毒母です。

(もちろんこちらからも願ったりですが)

 

ワタシがいると浮気してることをチクられるかも

という心配があったからです。

 

逆に

戻ろうと仮に思っても

その居場所をなくさせたのは妹です。

 

 



 

 

 

 

 

誰かが、

「自分は今こう感じている。」

 

と発言したら、

 

そうなんです。

 

それがその人の感じていることなんです。

 

 

 

誰が何と言おうと、その人はそう感じているのです。

 

 

 

 

例えば

「あなたのその行動でワタシは傷つきました、

とても嫌な思いをしました、」と言ったとしましょう。

 

 

 

しかしあの三人が必ずこう、ワタシに言います。

 

 

「そんなはずはない」

「それは違うでしょう」

「誤解している」

「こちらはそんなつもりじゃない」

「そっちの思い込み」

「あなたは自分が正しいと思っている」

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの中にいるワタシは

 

今そう感じているのならそれが自分の気持ちなので

彼らにこう言われるとその気持ちを飲み込むしかなくなります。

 

 

 

 

 

 

でもそれは違う。

 

 

 

 

ワタシが思っていることが

ワタシが思っていることなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと前のですが・・

 

すみっコぐらしとゴディバのコラボ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

印刷(印刷って言っていいものかw)がすごくきれいで

どうやってこんな繊細な絵の色付けをしたんだろう?

 

っていうくらい綺麗にプリントされてました。

 

 

 

チョコはもちろん美味しいけど・・

 

 

 

 

ゴディバと言えば、

こういうのって悪評になるのか?わかりませんが
いや、別に個人の感覚だし宣伝料もらってないしw

 

自分のSNSにホントに思った感想書いてもいいんですよね?

 

 

 

ここで出してるアイスがありますけど

以前いただいたらどの味も全然美味しくなかった・・・笑

 

 

チョコだけに専念しとく方がいいかとw

 

 

ショコリキサーは美味しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想で思い出した。

 

 

 

 

うちの毒父、毒母、妹のそっくりな共通点があるんですが

彼ら、

 

 

 

 

「読書感想文が書けない。」

 

 

のです。

 

 

 

 

まあ、読書一切しないんだから書けないのも当たり前ですがw

 

 

この三人、

まず書物、文章を読むことがないのはさておき

物語や映画、ドラマ、舞台など見ても感動とかしません。

 

無表情。

 

 

 

どうだった?って聞いても無駄です、

「うーん、まあ・・」

 

みたいな答えしか返ってきませんwww

 

 

感想がないんですよ。

 

何かを見聞きして心揺さぶられるとか

ハートに訴えられるとか

そういうのがないんだな。

 

 

 

何を見ても

「へえ~」

 

くらいで終わり。

 

 

だから感想文が書けるはずがないのです。

 

 

 

これが悪いとかいいとかっていうんじゃなく

ただ

そういう人もいるんです。

 

 

どんだけ素晴らしい芸術を見ても

終わったら忘れてしまう、くらいな感じ。

 

そういう人もいるというだけ。

 

 

 

 

病気ではないそうですが

若干の心療内科事案というか

 

 

要は、

他者の立場になってその人の気持ちになる

 

っていうことが苦手な人たちだそうです。

 

 

 

 

HSPのワタシとは宇宙くらい違う世界の生き物ですw

 

てか

どうしてそんな無感想の人たちから

ワタシみたいな繊細でドラマチックで

心の豊かな人が生まれたかw

 

 

やはり橋の下で拾われた説

が有力か。笑

 

 

 

昔ワタシ、絵を描いていましたが

 

美術館に行くと

好きな絵の前で1日過ごすことができました。

 

ずーっと見てるだけで幸せなんです。

(海外の美術館は無料のところがあり、追い出されない)

 

 

 

映画やドラマには感情移入しすぎるので

見る前にホントによく情報を得てから

良いものだけを見るようにしてます。

 

そうしないと毒されてしまうので・・・

 

 

舞台もライブも、

何でも大好きです。

 

人が誰かのために一生懸命歌ったり踊ったり

パフォーマンスをしてるというだけで

ワタシには感動以外のなにものでもありません。

 

 

 

ディズニーリゾートなんて

入口入る前から感動して泣きますw

 

 

 

ワタシは誰かにサプライズとかするの大好きで

この人たちのことも相当喜ばせましたが

 

まるで喜びませんw

 

 

そしてワタシがやってもらったことは一度もありません。

 

 

 

 

 

なんでこういう淡々とした人たちの中に

ワタシだけ送りこまれてしまったのか。

 

 

 

 

米国にいる時が一番、

自分らしく生きられていたように思います。

 

 

 

 

もう

病気で

若くして亡くなってしまったのですが

 

LAで、盲目でピアノを弾く友達ができました。

 

 

一緒に教会へ行って連弾したことは一生の思い出です。

 

目が見えてるワタシの方が下手くそでしたから・・

 

 

 

 

そんな子が

ワタシに、

 

「マハちゃんのピアノは、僕の心に響いたよ」

 

と言ってくれました。

 

 

 

 

見えないのに

「泣かないで」

 

と、ワタシが涙を流してることに気づきます。

 

 

 

 

 

なぜ彼が生きられなかったのか

 

神様は惨酷です。